第13話 ハードボイルド・キャット

 今日も日課のパトロールに出かける。

 街は一見平和だが、何が起こるかわからない。

 それが人生というもの。一寸先は常に闇なのだ。


 俺様の名前は「コゲ」。

 ふざけた名前だが、任務に失敗した俺様を迎え入れてくれた人間たちの元で暮らす以上、この名前を受け入れなければならない。

 それがたとえ烙印であったとしても、だ。


 突然、静かな街並みに響き渡る悲鳴。

 今まさに誰かが人生の闇に飲まれようとしているのだろう。

 だが……俺様の縄張りでそんな悲劇は起こさせない。

 俺様は悲鳴の方向へ走り出した。



 そこには一人の真っ白なレディが悲嘆にくれて泣き叫んでいた。

 一体どうしたって言うんだ。あんたに涙は似合わないぜ。


 聞けば、少し家を空けた隙に大事な子供たちがいなくなったという。

 誘拐事件か、こいつは許せない。


 俺様はレディの家を調べる。

 このささやかな幸せを土足で踏みにじったやつは、きっとどこかに証拠を残しているはずだ。


 ほどなく俺様の鼻は犯人の臭いを嗅ぎ当てる。

 少し待っていな、レディ。子供たちは必ず助け出す。

 俺様は犯人の臭いを辿って走り出した。



 ついにたどり着いた犯人の隠れ家は、堅牢な壁に囲まれた要塞のようだった。

 だがそんな壁ごときで俺様を阻めると思ったのなら大間違いだ。

 俺様は壁を軽く飛び越えるとその内側へと侵入する。


 壁に囲まれた内側にはきれいに整えられた庭が広がっている。

 悪党ほど金を持っているとはよく言ったものだ。

 そして庭を超えた向こう側には犯人の隠れ住む屋敷がそびえたっていた。



 さて、子供たちはどこにいるのか……。

 ここからは慎重に事を運ばなければ。

 下手を打てば子供たちを危険にさらすことになりかねない。


 注意深く観察していると、ひときわ大きな窓の向こうに子供たちが。

 あの白い毛並みは間違いない、レディの子供たちだろう。


 俺様は窓に忍び寄りそれを開けようと試みるが、窓はびくともしない。

 窓の中の子供たちが俺に気付いて寄ってくる。

 くっ、どうすれば……!


 俺が手をこまねいていると部屋の奥のドアから人間の子供が二人、その母親らしき人間と一緒に現れた。


「あー、くろいねこがいるー!」

「こねことあそんでるよー」


「あら、ホントね。どこの猫かしら?」


 しまった、ここは一旦退散しよう……!


 あの屋敷から子供達を助け出すのは一筋縄ではいかないだろう。

 俺様だけでは手が出ない。助けが必要だ……。




 ジャーフィンに事情を話すとジャーフィンはまずレディの家を訪ね、彼女を連れだした。

 なにをする気だ?


 それから誘拐犯の要塞へ向かう。


「んで、ここがその家なの?」


「ああそうだ。悔しいが俺様の力ではどうにもならない……。ジャーフィン、頼む」


「うん、まあ話をしてみる」


 ジャーフィンは正門脇のチャイムを鳴らす。

 まさか、正面突破か!?


『はい?』


 インターホンから声が聞こえる。

 どうやらここの住人のようだ。


「こんばんは。ジャーフィンですけど、今日キイちゃんとサトちゃんが子猫を拾ってきたと思うんですが、その子たちについてちょっとお話しが」


『あら。ちょっと待っててね』



 しばらく間をおいて、さっき見たこの家の母親らしき人物が玄関から出てきた。


「こんばんは、ジャーフィンちゃん。いつもうちの子たちと遊んでくれてありがとうね。それで、子猫の話よね。なにかしら?」


「はい、実はこの子がその子猫たちのお母さんで……」


 そういうとジャーフィンは抱きかかえていたレディを持ち上げて見せる。


「子猫たちがいなくなって探してたんです」


「あ……ら、そうなの?」


 戸惑う母親をよそにレディが子供たちを呼んだ。

 すると奥が騒がしくなりレディの子供達が五人、わらわらと玄関先まで走ってくる。


「あら、あら……」


 それに続いて誘拐犯たちも現れる。

 レディの子供達を渡すまいとでも言うのか……。


「清美、聡美、あなたたちお母さん猫はいなかったって言ってたよね」


「だってー」

「いなかったもんー」


「お母さん猫が子猫ちゃんたちを探してたって。子猫ちゃん、お母さんに子に返してあげよ?」


「やだー!」

「やだやだやだ!」


「しょうがない子達ねぇ……」


 母親はジャーフィンの方を見る。


「ジャーフィンちゃん、そのお母さん猫って、あなたの?」


「いいえ、この子は野良です」


「そう……。じゃあ、その子もうちで引き取っていいかしら?だいぶ大きくなっているから居着いてくれるかわからないけど、五匹も六匹も変わんないだろうしね」


「はい、それがいいと思います」




 レディをその一家に引き渡すと、俺様とジャーフィンは誘拐犯の屋敷を後にした。

 俺様にできるのは、レディとその子供達の幸せを祈ることだけだ。


「ところでおのお母さん猫とあんたって、どういう関係?もしかして彼女?」


「バカを言うな。俺様みたいなやつの世界に、あんなレディを引き入れちゃいけないんだよ」


「ふーん。……あの子猫の父親って、もしかしてあんた?」


「だから違うと言ってるだろう」


「別にいいじゃん、教えてよ」


「しつこいやつだな」


 夕焼けが消え、街灯が点々と家路を照らす。

 そうさ、俺様に愛は似合わない。


「俺様は一匹狼なんだ」


「いや、あんた猫でしょ」

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