第12話 妄想嫁との新婚生活は命がけ

 ふわふわする。

 痛みとかはないから……いや、またここか。


 俺自身は見えるが他には何も見えない真っ暗な空間。

 広いのか狭いのか、果があるのかもわからない。


 じゃあ、俺はまた死んだのか……。


「其方にはずいぶん苦労をかけたようじゃのぅ」


 相変わらず姿は見えないが、どこからともなくあの声が聞こえてくる。


「すいません……また来ちゃいました」


 思わず低姿勢をとってしまう。

 こんな短期間に二度も死ぬやつなんて、珍しいよね。


「事情はわかっておるよ。其方も大変じゃったろうて」


 前もそうだったけど、どうもこの神様はゆるいんだよなぁ。


「それで、またここに呼ばれたということは転生ですか?もう期が変わったんですか?」


「いやいや、今回はそういうわけではないのじゃ。なんと言うか、アフターケアみたいなものかのぅ」


 アフターケア?どういうことだろう?


「それってどういうことでしょう」


「まあそもそもの問題は、どうも其方の希望を儂が勘違いしておったことのようじゃからのぅ」


 た、たしかにそれはあるかもしれない。


「そうですよ、俺が欲しかったのは理想の嫁で、何かにつけて属性が増える嫁じゃありません」


「本当にすまなかった。其方の思いに従って特徴が更新されれば、ずっと理想の嫁でいられると思ったんじゃがのぅ」


 ああ、あれはそういう事だったのか……。


「そこで提案なのじゃが……」



 神様の提案は簡単に言えば能力のクーリングオフだった。

 俺は能力を失い、湊夏さんも普通の人間になる。


 悪くない提案だと思った。

 俺はもちろん結果的に湊夏さんもこの能力のせいで振り回されていたのだし。


 ……。


 でもこういうのって、結論は決まってるよね。



「大悟!大悟!」


 湊夏さんが呼ぶ声が聞こえる。

 声が震えている。泣いているんだろうか?

 目を開いてみると彼女の顔が目の前にあった。近っ!

 でもやっぱり泣き顔も、どストライクだなぁ。


「ごめん、湊夏さん。大丈夫だよ」


 彼女は俺の胸に顔を押し当てて声を上げて泣き始めた。


 周りを見回すとまださっきの公園にいるようだ。

 湊夏さんは俺にしがみつくようにしているし、ジャーフィンもすぐ側に立っている。

 どうやら戦いは終わったらしい。


「湊夏さんこそ、大丈夫なの?」


「少し……火傷をしてしまいました」


「そうか。帰ったら手当てしないとね」


「はい」



 そういえばあの化け猫はどうなったんだろうと見ると、バツが悪そうにしたジャーフィンが305を抱えている。

 俺が305を抱えたまま湊夏さんとジャーフィンの間に割って入ったから、巻き添えを食らったのか、305の毛並みが少し焦げて縮れているようだ。


「悪かったわよ、こんな奴に操られるなんて、あたしも修行が足りなかった……。でも、同じ失敗はしないわ」


 そうか、ジャーフィンも元に戻ったんだな。


「それよりもあんた!なんであんな馬鹿なことしたのよ!今回は運が良かったけど、普通なら死んでるのよ!?」


 うん、そうだね。確かに死んでた。


「あんたが死んだら……あたしはどこへ行けばいいのよ」


「ごめん、気をつけるよ」


 3回目は多分ないだろうなぁ。


「それはそうと、こいつどうする?」


 ジャーフィンは抱えていた305を見て言った。


「ふん、好きにしろ。もはや組織に与えられた当初の任務も達成不可能だろうしな」


 相変わらずセリフの世界観が違う奴だなぁ。


「喋る猫なんて、高く売れそうじゃない?」


「くっ」


 ジャーフィンのあんまりな物言いに305は呻いた。

 でもこいつも俺の妄想の産物なんだよな。


「まあどうせこいつも行き場はないんだろうし、うちにいればいいんじゃないかな」


「大悟、またそんなことを!」


「そうよ、こいつは危険よ」


 これには湊夏さんにもジャーフィンにも猛反対だ。

 確かにそうかもしれないけど……。


「ごめんな、二人とも。でもやっぱり追い出すことはできないよ。305も組織なんて本当は存在しないってわかっているんだろ?」


「ふん……ああ、そうだ。組織なんて存在しないし、任務だってまがい物の記憶に過ぎん。だがそれでも、それは俺様の存在理由だったんだよ」


 305の目はどこか悲しげだ。


「だから一緒に暮らそう。きっと新しい理由も見つかるよ」


「だが俺様は敵だぞ」


「そんなのただの設定だよ」


「……ふん、とんだお人好しだな」


 305は呆れたような目で俺を見た。


「じゃあ飼うからには名前がいるわね」


 ジャーフィンがどこか楽しげにいう。


「なんだと?」


「だって、305なんて可愛くないし。そうね……毛が焦げているから、コゲでいいんじゃない?」


「おいふざけるな!どうせ付けるなら、もっとちゃんと考えてつけろ!」


「いいのよ、こういうのはフィーリングが大事なんだから」


「まったく……おい、お前ら何か言ってやってくれ!」


 湊夏さんも何か思いついた風だ。


「では、『ねねねね』でどうですか?」


「はぁ!?なんだそりゃ!?」


 湊夏さんの提案は全くの予想外……というか的外れ?名前と言うにはあんまりだった。

 305の気持ちもわかる。


「ねぇ」


 湊夏さんとジャーフィン、二人が同時に俺に詰め寄る。


「どっちの名前がいい?」


 俺に聞くのか……。


「ど、どっちかというと……コゲ……かなぁ……?」


「やった」


「そんな……大悟の裏切り者……」


 ああ、湊夏さんごめんなさい。でもさすがに『ねねねね』はないと思う。


「それよりも、もう部屋に帰ろう。さすがに疲れたよ」



 家路の途中、湊夏さんにまた神様に会ったことを話した。

 能力の返却について提案されたことも。


「なぜ能力を返さなかったのですか?」


「それは……湊夏さんと過ごしたこの一ヶ月を否定したくなかったというか……」


 それを聞いてジャーフィンが呆れ顔で言う。


「なにそれ、馬鹿じゃない?」


 それはちょっと酷くないか!?


「それに湊夏さんが普通の人間になったら、ジャーフィンや……コゲも消えてしまったかもしれないしね」


 俺が『コゲ』と呼んだからか湊夏さんは少し頬を膨らませている。


「ふーん……」


 ジャーフィンはよくわからないといった感じだ。


 実際ジャーフィン達が消える可能性はあったと思う。

 ジャーフィンとコゲが湊夏さんのキャラ設定を成立させるために作り出されたのだとすれば、湊夏さんが普通の人間になってその設定が消えたなら、設定の一部として一緒に消えるかもしれないのだから。


 もちろん消さないように神様にお願いした上で能力を返上する選択もあったかもしれないけれど、短い間でも積み重ねてきたものが消えてしまうのは嫌だった。

 それに何より俺自身がこの状況を楽しんでいるのだと思う。


 良くも悪くも湊夏さんはこれからも変わっていくだろうし、その結果はたぶん他の誰も経験したことのない、俺と湊夏さんだけのものになるに違いない。


 その一方で俺たちはそんなに特殊でもないのかも、とも思う。

 始まりは普通じゃ考えられないものだったけれど、誰でも一緒にいれば相手の『意外な一面』というのは見つけるものだろうし、そう考えれば俺と湊夏さんの関係も他とそんなに違わないんじゃないか。


 結局それも含めて湊夏さんという人なのだから。


 さて、部屋に帰ったらどうしよう。

 三人で夕飯の支度をしようか。

 食後はTVでも観ながら、今後のことを少し話そう。

 部屋が手狭になったことだし引越しについても考えたい。

 明日は日曜日だしちょうどいい。

 みんなで出かけよう。

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