第11話 トラブル発生
『ご休憩』が終わる頃には日はすっかり落ちていた。
ジャーフィンに帰りが遅くなると連絡するのを忘れていた俺は、ホテルを出る前に自宅に電話をかけてみたが何故かジャーフィンは出ない。
外出中だろうか?こんな時間に?まあジャーフィンのことだから心配はないと思うけれど。
俺と湊夏さんは余韻に浸りながら家路に着いた。
アパートの前まで来て玄関脇の窓から明かりが漏れていることに気がつく。
ということはジャーフィンは部屋にいるはずだけれども、だったらなんで電話に出なかったんだろう?それとも戻ってきたのだろうか?
玄関のドアには鍵が掛かっていなかった。
「ジャーフィン、いるのか?」
居間に入るとテーブルの上に黒猫が前足を揃えて座っていた。
やはりジャーフィンの姿はない。
「なあ、305、何か知らないか?」
だが触れようと手を伸ばすと305はその手をさっと避けて脇をすり抜け、玄関の扉の前で立ち止まって振り返り、開けろとでもいうように一声鳴く。
「外に出たかったのか」
俺が玄関を開けてやると305は玄関前の通路に出て立ち止まり、振り返って再び一声鳴いた。
「もしかして、付いて来いって言ってる?」
それが聞こえたのか305は玄関前から姿を消した。
慌てて追いかけると、階段のところでまた立ち止まりこっちを見ている。
「どうやらそのようですね」
ジャーフィンに何かあったのだろうか。
俺と湊夏さんは305の後を追った。
305が向かった先は、あの丘のある公園だった。
もしジャーフィンが林の中にいたら、夜の間は見つからないかもしれない。
「大悟は下を探してください。私は林の中を探します」
「わかった……、気をつけて」
丘を覆う暗い林の中に湊夏さん一人で行かせるのはやはりためらわれるけれど、かと言って俺が代われるかといえば……どうにももどかしい。
湊夏さんと別れて公園内をぐるっと見て回る。
芝生が整えられた広場にはいない。
砂場や滑り台の設置された遊具エリアにもいない。
日除けのついたスペースのその屋根の上に座り込んでいる人影を見つけた。
間違いない、ジャーフィンだ。最初にあった時にしていたケープも身につけている。
それにしてもあんなところ、どうやって登ったんだろう?
「ジャーフィン、どうしたんだ一体?」
ジャーフィンは立ち上がりこちらを見ていう。
「どうした、ですって!?あんたこそどうしたのよ!暗くなっても連絡もせず!」
ジャーフィンが鼻息荒くまくし立てる。
「遅くなるならなるで連絡ぐらいしなさいよ!」
それは悪かったと思ってるよ……。
「ゴメン、悪かったよ」
「どうせ私のことなんか忘れて、どこかで遊んでたんでしょう!?」
困った、全く否定できない……。
しかし怒っているのは心配したからじゃなくて、疎外感からか。
てことは、こんなところにいるのは拗ねてるからなのか?
だとしたら今のジャーフィンの精神年齢、意外に低い。普段はそんな感じはないのに。……いや、むしろこの方が外見相応なのか?
「俺たちは、今朝ジャーフィンがデートしてくればって言ってくれたから……」
「じゃあどこへ行ったのか、教えなさい!」
「え、えーと、病院で検査して、食事して、映画見て、ゲームセンターへ行って、それから……」
「それから!?」
あ、やば。これはジャーフィンにはまだ早いやつじゃないか?
「なんなの!?私には教えられないの!?」
「いや、その……」
どうしよう、いい説明が思いつかない。
「……ジ、ジャーフィンにはまだ早いところだよ!」
「何よそれ、バカにしてんの!?」
ジャーフィンは日除けの上から俺の目の前に飛び降りると俺の胸ぐらを掴んで引き倒した。
一瞬のこととは言え、小学生にいいようにされる自分が情けない。
地面に倒された俺の喉元にジャーフィンの手裏剣が突きつけられる。
「ジャーフィン、おちついて!」
「いいから質問に答えなさい!」
冷たく鋭い感触が喉元に触れる。
「ら、ラブホだよ!」
「?ラブホってなによ?」
説明を求められた。
俺、小学生にラブホの説明するの?別の意味でピンチだ!
その時ジャーフィンが何かに気付いて飛び退く。その直後、林で覆われた丘の方から飛んできた長い槍……いや、これは長さ2メートルほどの棒だ。がジャーフィンのいた位置に突き刺さった。
丘の方を見据えてジャーフィンが身構える。
彼女の視線の先から俺の目の前に湊夏さんが飛んできて、俺とジャーフィンの間に見事な三点着地を決めたのはその直後だった。なに、今の?林からジャンプしてきたの!?
そして湊夏さんは着地と同時に刺さっていた棒を引き抜くと流れるようにジャーフィンに対して構える。
「大悟、大丈夫ですか?」
湊夏さんが構えたまま俺に確認した。
「大丈夫だよ、ありがとう」
ほんと、いろんな意味でピンチを脱することができました。ありがとう。
「ジャーフィン、あなた大悟に何をしていたの!?」
湊夏さんが詰め寄る。
「別に。あんた達が今日なにをしていたのか聞いてただけよ」
「それは……あなたには関係ないでしょう……」
その言葉に反発してか、ジャーフィンは湊夏さんを睨みつけた。
「そうよね、あんた達がどこでなにをしてようが、あたしには関係ないわよね!もういい……私が邪魔ならそう言えばいいでしょ!あんた達のところなんか、出て行ってやる!」
「ジャーフィン、そんなこと言っても行くところなんてないでしょう」
「うっさい!このメシマズ女!」
「なっ……なんですか、それは!」
「メシマズ女!メシマズ女!メシマズ女!メシマズ女!」
なんて言うのか、言ってることはゆるゆるな子供の喧嘩みたいだけど、尋常でない殺気を感じる。
「……口で言ってもわからないのですか?」
あれ!?湊夏さんもそこでキレちゃうの!?
「そ、湊夏さん、おちついて」
みんな仲良くしようよ。
それに日も落ちて人がいなくなっているとはいえ、どこに目があるかわからないし、アニメキャラみたいなバトルはまずい。
でもそんな俺の願いは届くことはなかった。
ジャーフィンが手裏剣を放つのと湊夏さんが間合いを詰めて突きを繰り出すのはほぼ同時だった。
湊夏さんは棒を使って突きや払いを次々と繰り出しジャーフィンに反撃する隙を与えない。
対するジャーフィンも湊夏さんの攻撃を巧みにかわし続け散発的に手裏剣を投げて反撃するが、湊夏さんに見切られてダメージを与えられない。
戦いは一向に進展を見せない……はずなのだが何か嫌な予感がする。
「ふふふふふ……」
その時突然なぜか足元から不敵な笑い声が。見るとそこには305がいた。
「うわっ、305、いたのか!」
「ふふふ……、湊夏は果たして今のジャーフィンに勝てるかな」
305がしゃべった!
この黒猫、ただの猫じゃないと思ったら、妖怪だったか!
「ふふふ、ジャーフィンは俺様の催眠で潜在能力を100%引き出しにゃっ!?」
もしかしてこいつが黒幕なのか?なんかドヤってて隙だらけだし、とりあえず捕まえておこう。
「お前が原因なのか?」
「ふふふ……その通り!俺様の催眠でジャーフィンの精神は幼児化しており、理性よりも感情が勝った状態なのだ!そのため普段なら無意識的に行なっている加減が今はない、いわばリミッターが外れた状態なのだ!」
こいつペラペラよく喋るなぁ。猫だからか?猫の頭だからあまり深く考えてないのか?
しかし確かに言われてみれば初戦では湊夏さんが圧倒していたはずなのに、今回は拮抗しているように見える。
「こいつめ!さっさとジャーフィンを元に戻すんだ!」
「無駄だ!俺様はトリガーを引いたにすぎん!発射された弾丸が銃に戻ることはないのだ!」
なにハード目な世界観のセリフを吐いてやがるんだこの化け猫め!
こうなれば実力行使だ。俺は305の後ろ脚をつかんで逆さづりにし、上下に激しくゆする。
「にゃー、動物虐待だー!いろんなところからクレームが来るぞー!」
「黙れよこの化け猫!何か方法はあるはずだろう!」
「強いショックを与えられれば催眠は解けるかもしれんがな!」
強いショック?
そんなことを言われても、何をすれば……?
湊夏さんとジャーフィンの間の戦いは相変わらず拮抗しているようで、俺が手を出す余地が全く見えない。
でも何か変だ。湊夏さんはともかくジャーフィンの持っている手裏剣には限りがあるはず。このまま続ければジリ貧になるのはジャーフィンにもわかっているだろうに、なんの手を打つ様子もない。
まさか……何か狙いがあるのだろうか?
俺がそれに思い至った瞬間、ジャーフィンが手裏剣をまた一本放った。
手裏剣は湊夏さんには躱され、その背後で地面に打ち込まれる。
するとそれまで放たれ地面に打ち込まれていた手裏剣を頂点に光の線が一瞬で走り図形が描かれる。これは……魔法円!?
そして湊夏さんはその瞬間に円の中心に立っていた。
さっきまで逃げの一手で散発的に手裏剣を放っていたのはこのためだったのか!
この時になって俺はようやく思い出した。
彼女たちのバトル設定の基本になっている『暁の女王』は妖術バトルものだったって。
ジャーフィンが描いた円は青白い電撃を放ち、誘い込まれる形でその中央に立っていた湊夏さんはそれに打たれ悲鳴をあげその場に崩れ落ちた。
湊夏さんは立ち上がろうともがくばかりで身動きできずにいる。
勝利を宣言するかのようにジャーフィンが言う。
「まだ生きているなんて、たいしたものね。今楽にしてあげる」
ジャーフィンは湊夏さんを見据えて胸の前で両手のひらを向かい合わせに構える。
すると手のひらの間に放電が起こった。
その放電はジャーフィンが意識を集中するにつれ激しさを増し、やがて一点に収束し始めると雷の塊とでもいう光る球体を形作り始める。
まさかジャーフィン、あれを湊夏さんにぶつける気じゃないだろうな!
俺は考えるよりも先に湊夏さんとジャーフィンの間に割って入っていた。
馬鹿げた自殺行為、でもこの状況で俺にできることが他に何かあっただろうか?
ジャーフィンの手から放たれた雷球はまさに雷の轟音を伴って俺を直撃する。
痛みはなかった。多分そう感じる暇もなかったんだろう。
視界が一瞬で真っ白に染まり……すぐになにも感じなくなった。
最後に聞こえた気がした叫び声は湊夏さん?それともジャーフィン?
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