第9話 初デート

 それからしばらく、松葉杖の煩わしさを除けば公私ともに平穏な日々が続いた。


「だから!これじゃあしょっぱすぎるのよ!いいから大さじを離しなさいよ!」


「しかし大悟は濃いめの味付けの方が好きなはずで……」


「限度ってものがあるのよ!」


 ジャーフィンと湊夏さんは週末の朝から二人とも仲良くやっている。

 湊夏さんの料理の練習はそれなりに成果を上げているようで、ジャーフィンの評価もだんだん辛すぎるとかしょっぱすぎるとか言った食べ物の味を表す用語が使われるようになってきていた。

 彼女の味覚が先に狂ってきていなければ、だけど。


 俺は立ち上がって玄関へ。


「大悟、出かけるのですか?」


「今日は受診日だから。病院へ行ってくるよ」


「あ、じゃあ私も」


「ありがとう、でも一人で大丈夫だよ?」


「そういうわけにはいきません。転んだりしたらどうするんですか?」


 俺は大丈夫だと繰り返したが、結局湊夏さんに押し切られてしまった。


 湊夏さんにはずっと頼りっぱなしで、最近は着替えも手伝ってもらっている。

 見栄っ張りだと言われて頼れるときはそうするようにしているけれど、やっぱり甘えているような気がしてしまう。

 いつかちゃんと返せるようになりたい。


 ちなみにジャーフィンは留守番するんだそうだ。


「ついていくほどヤボじゃないわよ。どうせならデートでもしてくれば?」


 だって。まったく。



 家から駅まで徒歩で約10分の道のり。

 隣を歩く湊夏さんはどこか楽しげだ。


「楽しそうだけど、なにかあったの?」


 すると湊夏さんはくすっと笑って言った。


「そうですね……『べ、べつに大悟と一緒にいるからじゃ、ないんだからねっ』……っていうのは、どうですか?」


 湊夏さんの新属性、発見。

 それはともかく、俺と一緒にいるだけで楽しいと言われて、それだけでなんだか幸せな気分になっている俺がいる。


 そういえば湊夏さんと一緒に人の多いところに出るのって、初めてじゃないかな。

 俺と湊夏さんって、周りからはどんな関係に見えるんだろう?

 湊夏さんは俺よりだいぶ年下に見えるし、父親と娘?

 いや、さすがにそれはないか。


 でも湊夏さんはちゃんと俺の嫁に見えるだろうか?

 そういえば入院中に見舞いに来てくれた上司夫婦の夫婦っぷりは板についた感じだったなぁ。

 俺と湊夏さんも、いつかあんな感じになれるのかなぁ?

 

 電車に揺られる15分ほどの間、そんなことをぼんやりと考えていた。


 駅に着くと湊夏さんの助けを借りて改札を抜け、またしばらく歩いて病院へ。


 受付で手続きを終えレントゲン室へ向かう。

 撮影を終えると、待合室で診断待ちの間、一息つく。


 やがて順番が来て呼び出され、診察室に入る。

 経過は順調で予定通り来週には脚を固定しているギプスを取ることができるそうだ。


 

「これで一安心だ~」


 病院からの帰り道、もうすぐギプスから解放される安堵感で少しテンション上がり気味。

 家へ帰ったら何をしようか。


「大悟……」


 突然湊夏さんに呼び止められて立ち止まる。

 湊夏さんの顔を見ると何やら深刻そうな面持ちだ。


「……ど、どうしたの、湊夏さん?」


「このまままっすぐ家に帰るのですか?」


 えっ、急にどうしたんだろう?


「えーと、なんか予定とかあったっけ?」


 だが湊夏さんは黙ったままだ。


「ねえ、湊夏さん……?」


「私は……私はいつも……頑張っている……と、思います」


 何を突然?


「そりゃあ、もう。湊夏さんにはいつもお世話になりっぱなしだし」


 いつもははっきり物を言う湊夏さんが、なぜか口ごもりながら喋っている。

 なんだ、どうしたんだ?


「だから……が、ほしいです」


「え、なんて?」


「ご褒美……」


 湊夏さん、おねだり下手ですか。


 でもどうしよう、突然ご褒美と言われても何がほしいんだろう?


「わかったよ。それで湊夏さん、何がほしいの?」


「だ、大悟が決めてください」


 そう言われてもなぁ。

 でもここまではっきり言わないってことは、もしかして口にしづらいことなのだろうか。

 うーん、もしや……。

 

「あの……もしかしてご褒美って、エッチなこととか」


「えっ……?……!!ち、ちがっ……!」


 しまった……。

 二人の間に気まずい沈黙が。


 湊夏さんが俺の服の裾を引っ張って伏目がちにして言う。


「普通に、遊びに行って……デートしたいだけです……」


 で、ですよねー!?


「じ、じゃあとりあえず食事でもしようか?」


「はい……」


 歩いていて見つけた中華料理屋へ入ってとりあえず昼食。

 食べながらスマホで今上映中の映画などを調べる。


 ちょうど某世界的有名スタジオによる新作が公開中だったので聞いてみると、湊夏さんも乗り気だ。


 昼食を済ませた俺たちは早速映画館へ向かった。

 な、なんとかデートらしくできてるかな?



 セブンマーセナリーズは話題の映画で人も多かったけれど、なんとか隣同士の席が取れたのは幸いだった。

 売店でいくつかのグッズを買うと座席に向かう。

 席は後ろの方でスクリーンからはちょっと遠目だけれども、周囲に騒がしい客もいないようで落ち着いて見られそうだ。


 映画が始まると湊夏さんはすっかりスクリーンに釘付けになっていた。

 考えてみればこれが湊夏さんにとってこの世に生まれて初めての映画になるんだろうか?


 映画よりも湊夏さんをずっと見ていたいとも思ったが、そこはさすがの世界的スタジオ作品、俺自身もいつの間にかスクリーンに向かって前のめりになっていた。


 立場の違う七人の主人公たちがぶつかり合いながらも互いを認め合い巨悪に立ち向かうなかなか熱い展開。

 王道といえばその通りだけど、観客を釘付けにする作品作りは見事というほかない。


 映画を見終わった後は、近くのゲームセンターへ行くことにした。

 アクション映画を見た後ってなんか自分も強くなった気がするよね。


 そんなわけで格闘ゲームの対戦台へ。でも実際には強くなっているわけもなく、あっという間に敗退してしまう。

 後ろで湊夏さんも見ていたのに、カッコ悪いなぁ。


 対戦台を離れて他のゲームを探していると、湊夏さんが俺の服の袖を引っ張った。


「何かやりたいゲームでもあった?」


 プライズゲームでぬいぐるみでも取りたいのかな?


「あれをやってみたいと思います」


 湊夏さんが指差す方にあったのは……大型筐体を備えたガンシューティングゲームだった。


「湊夏さん、これやったことあるの?」


 いや、そんなはずはないよな……。

 すると湊夏さんは、


「ありません、でも大丈夫だと思いますよ」


 なにやら自信ありげだ。

 どういう意味だろう?


 コインを投入してゲーム開始。

 ステージ序盤、敵が五月雨に登場するウォーミングアップ部分を手早く確実にクリア。

 やがてゲームのテンポが上がっていき複数の敵が同時に出現したり物陰から飛び出して不意打ちをするようになっても、湊夏さんは難なく対応していく。


 本当に初めてなの?


 そのままボス戦に突入するも、弱点に精確に弾丸を撃ち込みあっという間に倒してしまった。

 ステージのリザルトはパーフェクト。命中率100%の上、最速のタイムを叩き出す。


 俺はあっけにとられていたがそれでは終わらなかった。


 ステージ2の開始に合わせてさらにコインを投入しプレイヤー2側のガンコントローラーを手にすると、今度は二丁拳銃でステージをパーフェクトにクリアする。


 その頃には周りをギャラリーが取り囲んでいた。

 湊夏さんが華麗な銃さばきで難局を鮮やかにクリアするたび歓声が上がる。


 やがてゲームは進み最終ステージ。

 複雑で障害物も多い難関も危なげなくクリアするとラスボスもまたあっさり葬り去る湊夏さん。

 イニシャルを入れると取り囲んでいた観客から拍手が起きた。



 ちょっと騒ぎになってしまったこともあって、ゲームセンターを後にする。

 通りに出ると空はすっかり薄暗くなっていた。


 それにしても湊夏さん、あの腕前は一体。

 二人並んで適当に歩きながら話す。


「すごかったね、初めてだったんだよね?」


 すると湊夏さんは


「大悟の浮気っぽさのおかげですね」


 と、やけにニコニコしながら答える。なにそれ、どういうこと!?


「え、えーと?」


「新しい属性です」


 うん、それはわかるけれど……。


「どういうこと?」


「私が新しい属性を得るということは、その属性を持っていたキャラクターに大悟が心惹かれたってことですよね?」


 た、確かにそういうことになるのかな……?

 そういえばさっきの映画の主人公のうち一番印象に残った一人は凄腕の女ガンスリンガーで、その強さにトキメキのようなものを感じました。

 えーと、だから、つまり……。


「……ごめんなさい」


「わかればいいんです」


 うーん、厳しいなぁ。


 と、歩きながら話していたせいか、いつの間にか街灯も少なめな裏通りへ入り込んでいるのに気がつく。

 近くにあった煌々と灯る看板には『ご休憩』だの『ご宿泊』だの。


「あ、あれー、どこだここ?」


 わざとじゃないんです。誓って。


「変なところに来ちゃったなぁ。も、もどろうか」


 とりあえず元来た道を戻ろうと振り返ると、湊夏さんが服の裾を引っ張って呼び止めた。


「なに?どうしたの?」


 湊夏さんは目をそらしがちにしながら答える。


「あの時は、デートしたいだけって言いましたけど……」


 え?


「したくないわけじゃないですよ……」


 そして消え入りそうな声で付け加える。


「エッチなこと、とか……」

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