第7話 そして夜は更けていく
「事情はわかったけど、それで夕飯はどうするのよ。あたしお腹空いたんだけど」
「ああ……」
確かにどうしたものだろう。思わず俺は考え込んでしまった。
もともと大したものが作れない上に松葉杖が邪魔で料理が難しい俺。
メシマズキャラ属性獲得で見た目はともかく味が壊滅的な湊夏さん。
だめだ、まともなものが食べられる気がしない。お湯を入れて3分待つか?
「しょうがないわね」
ジャーフィンは立ち上がると台所へ向かった。
「ねえ、踏み台とかないの?ちょっと高すぎるんだけど」
ジャーフィンが台所に立つとすぐに米を研ぐ音、包丁で食材を切る音、鍋で茹でる音が聞こえてくる。
見た目は小学生だが、料理する姿はなかなかどうして様になっているじゃないか。
ほどなくテーブルにカレーライスが三皿並んだ。
香りも見た目も当たり前のカレーライス。
だが、今朝のこともあって若干警戒しながら口をつける。
「おお、これ美味しいよ」
「本当、美味しいですね」
「ふふん、あたしを誰だと思ってるの?こんなの当然よ!!」
ジャガイモがちょっと大きめなキャンプ料理風とでもいうワイルドさはあったけれど、基本をそつなく抑えて美味しく仕上がった、なかなかのカレーライス。
俺たちが喜んで食べているのをみて、ジャーフィンも鼻高々だ。
「よし、ジャーフィン、君は食事担当だ」
「異議はありません」
「何言ってんのよ、あんたたち」
夕飯は終始和やかだった。
湊夏さんとジャーフィンの間にあったものも溶けていくのを感じた。
食後は順番に入浴タイム。
風呂場が狭すぎて一度に一人しか入れないので、順番に入ることに。
いや、別に広かったら一緒に入りたいとかそういうことではない。本当だってば。
……うん、嘘だよ。頭の中では妄想がいろいろ膨らみまくってるよ。
でもそれを口に出さないのが大人ってものだ。
食事担当の功績からジャーフィンが一番風呂の権利を獲得した。
案の定、絶対覗くな!と釘を差される。
湊夏さんが隣りにいるのに、そんな事するわけないじゃないか。
……まてよ、じゃあいなかったらするのか、俺?
これは俺の中の紳士が試されているっ……!?
ジャーフィンが風呂に入っている間、湊夏さんは洗い物。
俺は……座っていることしかできない。
いや、そうなのか?
こんな俺でも何かできることはあるはずだ!
「湊夏さん」
「なんですか?」
「何か手伝えることは……」
「怪我をしているのだから、気にせず休んでいてください」
なにもないらしい……。
かと言って一人でなにもせずただTVを見ているのも亭主関白じゃあるまいし。
だいいち虚しい。
……なぜこんなことを思うんだろう?
もともとTVなんて一人で見ていたのに、二人で過ごすのがもう当たり前だと思い始めている。
我ながら、はまりすぎじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちに洗い物を終えた湊夏さんがやってきて俺の肩ににもたれかかるように座る。
しばらくふたりとも無言で互いの体温を感じていた。
そして湊夏さんが口を開く。
「大悟は意外と見栄っ張りなんですね」
「え……、そんなことは……」
「怪我をしていて自由が効かないのに、自分にもできることがあるはずってあれこれ悩んだりしてましたよね」
「う、うん…まあ…」
「それって、できないことを認めたくないってことじゃないですか?」
そう……なのかな?
「今は無理せず、怪我を早く治すことだけ考えてください」
「はい…」
亭主関白どころか、どうも手綱をしっかり握られている気がする。
「お風呂空いたよー」
ジャーフィンが髪を拭きながら風呂から戻ってきた。
洗うためにお団子を解いたからか、少し癖のついた髪は肩にかかるぐらいの長さになっている。
「では、先に入りますね」
湊夏さんは立ち上がろうとして少し考え、そして俺の耳元で囁いた。
「覗きに来てもいいですよ?」
「湊夏さん!?」
上ずった声で叫んでしまった俺を尻目に、湊夏さんは笑いをこらえながら風呂に行ってしまう。
……誓って覗きに行ったりはしないぞ!
というかジャーフィンがいるので怪しい動きをしたら何を言われるかわからないしね。
それでも一つ屋根の下で誰かが風呂に入っている音が聞こえるというのは、なんかこう、表現に困るものがある。
思わず聞き耳を立ててしまう。
今どこを洗っているんだろうとか考えてしまう。
その姿を思い描いていると……TVを見ているジャーフィンが見透かしたようにいう。
「絶対変なこと考えてる」
そういう汚いものでも見るような視線を向けるのは、やめて……。
やがて湊夏さんが風呂から上がってきたので、次は俺の番。
「大丈夫ですか?手伝いましょうか?」
湊夏さんが心配そうに声をかけてくれた。
だがちょっと迷ったけれど辞退する。
やっぱり俺は見栄っ張りなのかな。
狭い脱衣所兼洗面スペースで足のギプスに手こずり服を脱ぐのにも悪戦苦闘。
湊夏さんの申し出を断ったのを早くも後悔しながらなんとか風呂場に入ると、その様子に目……いや、鼻を疑った。
何、この匂い……。
風呂場の湯気に混じって立ち上ってくる独特の匂い。
どことなく甘いようなこの匂いはもしかして、いわゆる『女の子の匂い』ってやつなのか。
やばい、ぼーっとしてると頭の中が妄想で一杯になりそうだ。
俺は可能な限り迅速に、体を洗うことだけに集中した。
それでも油断すると匂いが脳の中にまで侵入してきそうで、ヤバイ。
なんていうか、ヤバイ。
どんどん語彙力がなくなっていく。
体を洗い終えると俺は湯船にも浸からず退散した。
脱衣所で体を拭いて寝間着に着替えるのにもやっぱり悪戦苦闘。
どうする?明日からは湊夏さんに手伝ってもらう?
プライドとか、羞恥心とか、いろいろなものが天秤の上に乗ったり降りたりする。
なんとか着替えて居間に戻ると風呂上がりでホカホカの石鹸の香りのする女の子が二人、寛いでTVを見ていた。
これはなんだ?地上の楽園か?今ここに世界は完成した。
「あんた、絶対また何か変なことを考えてるでしょう」
ジャーフィンが訝しげに俺の顔を覗き込んでくる。
「そ、そんなこと、ないですよ」
やばい、つい目を逸らしてしまった。
「どうだか……。ところであたしはどこで寝るの?」
そうか、全員がベッドで寝るには狭すぎる……ていうか、それはマズすぎる!
「そうだなぁ、まあ一応予備の敷布団と毛布ぐらいはあるからそれを敷いて……」
「わかった、じゃああたしはそれを使うね」
えっ?
「いや、君と湊夏さんがベッドを使ってよ。俺は布団で寝るから」
だがこの提案は……。
「それは嫌」
「私もちょっと……」
二人口を揃えて却下された。
えー……。わだかまり完全解消とは、まだ行かないのか。
「いいじゃない、あんたと湊夏でベッドを使えば」
う……、まあそれも考えないでもないんだけど……。
「……」
どうしたの、湊夏さん?
「もしかして、嫌なんですか?」
湊夏さんがちょっと上目遣いで拗ねたように言う。
ずるいよそういうの。それ、選択肢ないやつじゃん。
結局俺と湊夏さんがベッドで、ジャーフィンは下の布団で寝ることになった。
「じゃあ電気消すよー」
壁のスイッチの音が聞こえると部屋が暗闇に沈む。
そしてその暗闇の中でジャーフィンが寝床に潜り込む気配がした。
俺はベッドの中、隣に湊夏さんの体温を感じながら天井を見上げていた。
うーん、寝られない。
湊夏さんはどうしているんだろう。
少しずつ暗さに目が慣れてきたので湊夏さんの方を見てみると、彼女と目が合い、湊夏さんも俺を見ているのがわかった。
「眠れませんか?」
「うん……ちょっとね」
「痛みますか?脚」
「いや……こんなふうに誰かと一緒に寝るのは……慣れてないから」
実際緊張しっぱなしだ。
湊夏さんは少し笑って、そしてじっと俺を見た。
再び湊夏さんが沈黙を破る。
「大悟の選択は……正しかったと思います」
「選択?」
「ジャーフィンをここに呼んだことです」
「そう……そう言ってくれると嬉しいよ」
湊夏さんが体を動かしてこちらを向いたのがわかる。
「私は」
湊夏さんは少し考えて続けた。
「私はこの世界で一人だけ。大悟がいなければ私の行き場はどこにもありません。それはジャーフィンも同じ。」
「それは俺が能力で生み出したから」
彼女は小さく首を振る。
「責めているわけではありません。私や彼女が生まれた理由はたぶんどうでもいいんです」
湊夏さんは言葉を選びながら続けた。
「私は自分が作られたことを知っています。それが嫌だったわけではないけれど、そういうものだとしか思っていなかった。大悟と一緒にいる理由はそう作られたからだと」
「今は……違うの?」
少し微笑んで湊夏さんは続ける。
「今は違う……違ってきていると思います。大悟はジャーフィンに声を掛けたり、変わってしまった私に変わらず接してくれたり……。」
そして彼女は真剣な声でさらに続ける。
「多分これからも私は変わっていくと思います。良いことも悪いことも含めて。それでも大悟のそういうところは変わらないでくれると、そう思えたから。」
湊夏さんの瞳がまっすぐ俺の目を見ている。
「だから私はここに居たい。私がそう作られたからではなく、私がそう望むから。だから……」
湊夏さんは一瞬目を伏せ、再び目を合わせると顔を寄せる。湊夏さんは目を閉じ、その唇がそっと俺の唇に触れた。触れ合うだけの淡いキス。
再び俺の目を見つめて湊夏さんは言った。
「これからもずっと私がここにいる理由でいてください」
そうだ。湊夏さんがここにいるのは俺がそう望んだから。だから俺は湊夏さんに応えなければいけない。
「約束するよ」
湊夏さんが目を閉じ、今度は俺の唇が湊夏さんの唇に触れる。
そこへジャーフィンの咳払いが割り込んでくる。
「ちょっとー、うるさくて眠れないんですけどー?」
俺と湊夏さんは、ベッドの中で苦笑い。
隣の布団でジャーフィンがフンと鼻を鳴らして毛布を頭までかぶる気配がした。
二人同時に吹き出してしまう。
俺たちは布団の中で互いに手を繋ぐ。
「また明日」
「また、明日」
そして眠りに落ちた。
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