第6話 嫁、変身
目を覚ますといつの間にかベッドの上で横になっていた。
すでに窓の外は明るい。
何かの匂いがする……台所を見ると湊夏さんがなにか作っているのが見える。
「目が覚めたのですね、おはようございます」
俺が起きたのに気がついた湊夏さんが微笑む。
「おはよう……ございます」
思わず緊張。
そりゃそうだ、今まで縁のなかった美少女が朝起きたら台所に立ってるんだもんなぁ。
すぐに湊夏さんが作ってくれたオムライスが居間のテーブルに並ぶ。
二人並んでの朝食。
同時にいただきますを言って同時に一口目を食べる。
その時異変は起こった。
舌に触れた瞬間しびれるような妙な感覚。
一噛みで染み出てくる甘いような辛いような苦いような名状し難い味。
湊夏さんを見るとどうも状況は同じらしい。
これはいったい…!?
口の中のものを意を決して飲み込んだ湊夏さんは、やや涙目になりながら謝罪の言葉を口にしている。
「ごめんなさい……何か、失敗してしまったようです」
でも昨日のパスタはあんなに美味しかったのに、なにをどう失敗したらこんな惨劇が起きるんだろう?
湊夏さんを見るとまるで全てを失った人みたいに落ち込んでいる。
「きっと昨日夜更かししたから疲れてたんだよ」
なんとかひねり出した慰めの言葉も湊夏さんの笑顔を取り戻せない。
今にも泣き出しそうな湊夏さんの手を取って俺は近くのファミレスへ行くことにした。
もう時間も遅いし朝食というより昼食だな。
何か食べて満腹になれば、気分も晴れるさ。
道中、落ち込む湊夏さんをどうやって励ますか、歩きながら考える。
原因について考察するか、からかっていじってみるか、気にしないよう励まし続けるか……。
だがどれも傷をより深くえぐりそうでためらわれる。
そんなふうに態度を決めかねていると、突然背後で聞きなれない女の子の声がした。
「見つけた!覚悟しなさい、この裏切り者!!」
振り返るとそこに立っていたのはグレーのケープを羽織ったお団子頭の小学生5~6年生くらいにしか見えない少女。
睨みつけるような目と、きつく結んだ口元は気の強さを感じさせる。
そして足元には黒猫を侍らせて……魔女?
いや、年齢的に魔女っ子?魔法少女?
「君は誰?」
突然のことに驚きつつも、声をかけてみるが……。
「あんたには用はないの。あたしが用があるのは湊夏だけ」
な、なんて連れない……。
侍らせた黒猫もフンと鼻を鳴らしまるで俺をバカにしているようだ。
それにしても湊夏さんに用だって?どう言うことだろう?ましてや裏切り者とは?
「少しお借りしますね」
突然現れた魔法少女を因縁ありげに睨み付けながら、湊夏さんは俺の持っている松葉杖に手をかける。
湊夏さん、松葉杖なんてどうするの?
杖を受け取った湊夏さんは魔法少女の前に立ちはだかり、それを構えた。
「そんな武器でいいの?舐められたものね」
魔法少女が挑発する。
「あなたにならこれで十分です」
湊夏さんも挑発で返す。
ち、ちょっと二人とも、やめようよ、仲良くしようよ……。
だがその瞬間魔法少女が何かを投げ、それを湊夏さんが杖を素早く振って打ち払った。
弾かれた何かが俺の足元に突き刺さる。
え?なにこれ、ナイフ?いや、もしかしてこれは棒状手裏剣てやつ?
ていうか、地面はアスファルト舗装だよね!?なんで刺さるの!?
一方、手裏剣を打ち払った湊夏さんは間合いを一瞬で詰め、反撃の隙も与えず魔法少女の喉元に松葉杖の先を突きつけていた。
相手の急所を押さえて勝負あったということなんだろうか。相手は微動だにできない。
と、湊夏さんが突きつけた杖を下ろすと同時に魔法少女の肩を軽く手で押すと魔法少女はそのまま倒れて尻餅をつく。
「あなたでは私は倒せません。さっさとここから立ち去りなさい」
湊夏さんの言葉に魔法少女は後ずさり、立ち上がって言う。
「きょ、今日のところはこれで許してあげるわ!」
そして猛然とダッシュ。
「覚えてなさいー!!」
どこかで聞いたような捨て台詞を残して魔法少女は去っていく。
黒猫も捨て台詞のように一声唸ると、彼女の後を追った。
「あの子は何者なの?」
「彼女はジャーフィン。私が属していた組織の刺客です」
刺客?組織?
それ、昨夜見たアニメ『暁の女王』の設定みたいだ。
「属していたって?」
「……はい。ちょっと不思議な感じですが、今の私にはそういう記憶があるのです」
湊夏さん自身はその不思議な感じを理性的に受け止めているようだ。
「もしかして……アニメで見た設定が湊夏さんに取り込まれてる?」
「そう言うことのようですね」
「じゃあ湊夏さんが突然メシマズになったのも……」
「おそらく、大悟が心惹かれたキャラクターの特徴が私に付与されるのでしょう」
そ、そんな……。
「だとしたらあの子……ジャーフィンは……?」
「バトルアニメのヒロインにはライバルが必要、ということではないでしょうか……」
そんなばかな……。
いや、それよりも!!
「まさかそれじゃ、謎の組織も作っちゃったの、俺?!」
「いえ、それはないと思います。私同様、彼女も組織の刺客という記憶だけ持って創造されたのでしょうから」
なんだその世界五分前仮説もどきは。
というか謎の組織ができなかったのはもしかし て俺がそこまで考えなかったからかも?だとしたら今回は妄想力の無さに救われたことになる。なにが幸いするかわからないもんだ。
それにしてもそんな実力差のある子を刺客に選ぶなんて、謎の組織もかわいそうなことをする……。
でも謎の組織に実体はないし、ジャーフィンを創り出したのが俺なら、一番酷いのは……俺?
しかしそう言うことだとすると、これからもいろんなキャラの特徴が追加されていくのだろうか。
見るアニメは選ばないとなぁ。
それでも湊夏さんの外見が変わらなかったのは、俺の理想とするところのビジュアルにはブレがないということらしい。
まあまあ偉いぞ、俺。
想定外のハプニングで遅くなったものの、無事ファミレスに到着し食事もできたし、料理の失敗の原因も分かったので湊夏さんの機嫌も直ってくる。
ついでだからと少し遠回りをして商店街で買い物をした帰り道、大きな公園の前を通りかかった俺達は湊夏さんの提案で少し休憩していくことにした。
慣れない松葉杖で歩く俺を気遣ってくれているのかな。
大きな丘を中心にしたこの公園は、この辺りの住宅地を造成した際に、もともとあった丘を残す形で作られたようで、丘全体を多くの太い雑木が覆っている。
丘の周りにあるベンチに座った俺たちは、公園を吹き抜ける風に癒されながら一休み。
丘の中からは子供たちがはしゃぐ声が聞こえてくる。
この中で走り回って遊ぶのは楽しいだろうな。
そんなことを考えていると、丘の上から子供が一人降りてきた。
その子はグレーのケープを羽織って、黒猫を侍らせて、……ってジャーフィンじゃないか!
彼女は手に水筒を持って、俺たちには気がつかないままトコトコと公園の水道まで歩いて行き、水を汲み始めた。
水筒はレジャー向けのカラフルなものではなくかなり本格的なミリタリー風の実用一辺倒なものに見える。
想定外に早い再会に戸惑いつつ、ふと湊夏さんを見ると、今にもバトルモードに入りそうな厳しい目つきになっている。
これはまずいな……。
やむなく俺は先手を取ってジャーフィンに声をかけることにした。
「や、やあ」
何ともマヌケな切り出し。
「……!?」
こちらに気付いたジャーフィンは何とも言えない表情になる。
ていうか湊夏さん、睨むのやめてあげて…。
「こんなところで、何してるんだい?」
「……」
消え入りそうな声。
「え?」
「水を汲んでいるのよ!見てわかんないの!?」
それは見ればわかるのだけど……。
「それってまさか……野宿しているとか……?」
「なによ……。そうよ、ここを拠点にしているのよ。悪い!?」
ああ、やっばり。
「いや、女の子が公園で寝泊りってのはまずいよ」
女の子でなくてもまずいけど。
「あ、あたしだって好きでこんなことしてるんじゃないわよ!でも組織の支援はないし、ホテルも大人が一緒じゃなきゃ泊めてくれないし、泊めてくれる知り合いもいないし、どうすりゃいいのよ!」
なんかかわいそうになってきたな。
「なぁ、そういうことなら……うちに来る?」
「!?大悟、なにを言って……」
ゴメン、湊夏さん。でも……。
「だってしょうがないよ、この子がここにいるのも結局俺のせいなんだから」
「……」
湊夏さんは心底嫌そうだ。
設定だけとはいえ敵だもんなぁ。
「……なによそれ、まさか変なこと考えてないでしょうね」
ジャーフィンの疑いの視線が俺に突き刺さる。
そんなことないってば!
「違うってば。そもそもこうなったのは俺のせいだから責任は取らなきゃいけないし、それにほっとけないじゃないか」
ジャーフィンはため息混じりに呟くように言った。
「……わかったわ。いつまでも野宿するわけにもいかないしね」
ジャーフィンと合流した後の帰り道、湊夏さんはずっとそっぽを向いている。
彼女のこと、勝手に決めたのは悪かったけど、どうにか機嫌を直してくれないかなぁ。
「ねぇ、湊夏さん……」
呼びかけてみるも返事なし。困った。
ジャーフィンの方はといえば、我関せずといった感じで後をついてくるだけ。
俺は湊夏さんに話しかけ続けたけれど、とうとう一言も返事をもらえないまま部屋についてしまう。
そして部屋に入ると湊夏さんはそのまま台所に立った……って、え!?ちょっとまって……。
「ねぇ、湊夏さん?」
「座って待っていてください」
は、はいっ。
居間でジャーフィンと二人でテーブルを囲む。
「あ、あのー、湊夏さん……?」
恐る恐る声をかけてみるが、湊夏さんは完全無視で料理を続ける。
怖い!ものすごく怖い!
やがて皿が一つテーブルに出される。
皿の上にあるのはオムライス。
見た目はとてもおいしそうだ。
見た目は。
湊夏さんは俺を睨みつけながら無言でスプーンを差し出す。
顔が引きつり嫌な汗が出てくる。
食べろって、事、だよね?
スプーンを受け取るために手を伸ばそうとするが、蛇に睨まれた蛙の如く身体中の関節がこわばって動かない。
今朝の惨状が、あの……味と呼んでよいのかわからない味が頭をよぎる。
額から噴き出た汗が顔を伝って膝に落ちた。
「ねえ、あんたそれ食べないの?」
出されたオムライスに手を付けようとしない俺を不思議そうに見ていたジャーフィンが割って入る。
「あたし、お腹空いてるのよね。食べないんだったらあたしがもらうね」
言うが早いかジャーフィンは湊夏さんの手からスプーンを奪い、オムライスを口に運んだ。
「あ、待って……」
だが彼女は一瞬でスプーン一杯にすくい取ったオムライスを頬張っていた。
「!!!!!」
遅かった。
ジャーフィンが声にならない叫び声を上げ、台所の流しへ走り、それを見た湊夏さんはテーブルに顔を伏せて肩を震わせている。
とうとう怒りが頂点達したのか……。
だが突っ伏した湊夏さんから次第に声が漏れ始める。これは……笑い声?
そして突然ひっくり返ると足をバタバタさせながら、声を上げて笑い始めた。
湊夏さんがあんまり笑うものだから、それは俺にも伝染して思わず吹き出してしまう。
「笑い事じゃないわよ!なんてもの食べさせるの!」
ジャーフィンが涙目になって戻ってきたがそれでも笑いは止まらず、むしろそれがさらに笑いを加速してしまった。
こんなに笑ったのは、久しぶりだ。
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