第1531話 なんとか緊張状態を脱出しました



「ワッフ。ワウワフ!」

「あ、ちょっとレオ!」

「レオ様?」


 全身の水気を飛ばして満足したのか、俺とクレアにごゆっくりと言うように鳴いて、レオはのそのそとお風呂場の出口へ向かった。

 呼び止めるけど、無視された。


「えっと、タクミさん。レオ様は?」

「外に出て行ったね」

「そ、そうなんですか……」


 俺に背中を合わせているクレアは、レオがどこへ行ったのか見えなかったんだろう。

 ゆっくりとお風呂場の出入り口に向かったレオは、そのまま前足の爪か何かで端をひっかけて、片引き戸になっている扉を少し開き、顔を滑り込ませて押しのけるように開け、出て行った。

 ご丁寧に、外に出た後振り返って閉めるのも忘れない……意外と丁寧なんだな。

 扉が閉まる直前、レオがこちらに向けた顔がジト目ではなかったけど、何とも言えない表情になっていたのを俺は忘れないだろう。


「え、えっと……どうしましょう?」

「そう言われても……」


 レオすらいなくなり、完全に二人きりになったお風呂場。

 先程までは大胆に俺をくすぐっていたクレアも、正気に戻ったのかなんなのか、再び恥ずかしさが沸き上がってきたみたいで、声も戸惑っている。

 くっ付いているクレアの背中が、もぞもぞと動いている感覚があるが、動こうにも動けないらしい。


「「……」」


 黙ってしまうと、水滴が落ちる音がよく聞こえる。

 お風呂の外から、リーザやティルラちゃんなど、子供達の笑い声も聞こえる。

 はっきりとは聞き取れないけど、振るわせて水けを飛ばしたとはいえ、それでもまだ濡れているレオの体が一回り小さく見えるのを、皆で楽しんでいるようだ。

 ふわふわな毛のレオより、泡で遊んでいた時のフェンリル達の方が乾いている時と濡れている時の差は大きかったんだけど、それとこれとは違うらしい。


 フェンリル達の毛は、ふわふわと言うよりもモコモコだし。

 まぁ、存分にフェンリル達と遊んであちらには慣れていたんだろう。

 それはともかくだ、レオがいなくなって薄れかけていた照れや恥ずかしさが改めて沸き上がってしまった、この状況をなんとかしないといけない。

 クレアも同じらしく、水をかぶった後ももじもじしつつ動けないし、声を潜めている感じでもある……さっきまであんなに大胆だったのに。


「と、とりあえず俺達も上がろうか? レオも出て行ったのに、俺達が出て来なかったら何事かと思われちゃうし」


 打開策というか、結局この状況をどうにかするにはお風呂から出るのが一番手っ取り早い。

 そう考え、背中越しにクレアへと話しかけた。


「そ、そうですね! はい、上がりましょ……あ……」


 俺の提案に同意し、ザバッと音を立てて勢いよく立ち上がったクレア。

 だけどすぐに、再び音と波を立てて俺の背中にくっ付いてきた。


「クレア、どうし……」

「タ、タクミさん! そ、そのまま、そのままで!」

「え、あ、うん……」


 何かあったのか、と思って振り返ろうとしたら大きな声で止めれられてしまった。

 背中も強く押し付けられているし……どうしたんだろう?


「その……服は着ていますけど、濡れていますので。なんとなく、このままを見られるのは恥ずかしくて……」

「な、成る程。そういう事……か」


 濡れてもいい服はつまり、薄着。

 以前レオをお風呂に入れる流れを教えた時の教訓からか、透けるような服ではないみたいだけど……当然濡れれば肌に張り付く。

 まぁ俺が勝手に想像しているだけだけど、服が濡れて体に張り付いた自身の姿が恥ずかしくて、見られたくないってところだろう。

 ……想像し過ぎると、クレアに失礼だと思ってとりあえず頭を振って脳内の考えを振り払った。


「っ! タ、タクミさん?」

「ごめん。そ、それじゃあ俺が先に出るよ。そうすれば、クレアは後からゆっくり出られるでしょ?」


 俺が体を向けている方に、お風呂場の出入り口があるので、先に上がればクレアを見てしまう事はない。

 本心を言えば、邪な考えが頭をよぎって振り向いてしまいたいとかはあるけど……あるけど! でも、恥ずかしがっているクレアに、これ以上恥ずかしい思いをさせちゃいけないからな。

 ……大胆な行動で、むしろ俺が恥ずかしい思いをさせられた気はするけど、それはそれ。

 いずれ他の事で少しずつ返していこうと思う。


 あと、このままお湯に浸かっていると、さっきレオドリルで水をかぶったり、お湯の温度が下がっていたりしたとしても、のぼせそうだし。

 主に恥ずかしさと照れくささで。


「は、はい……すみません。あ、もちろんタクミさんの方も、私は見ませんので!」

「あ、ありがとう」


 まぁ男の俺は見られても平気なんだが……いや、クレアにと考えるとそれはそれで恥ずかしいな。

 なんだろう、ライラさんとか他の女性に見られると考えても全く恥ずかしくないとまでは言わないけど、裸じゃないんだしあまり気にならないのに。

 クレアを女性として、意識しているからなんだろうな……いや、好きな女性を意識していないなんて事は、あり得ないだろうけども。

 そんな、相変わらず混乱しているような脳内思考を抱えつつ、ゆっくりとクレアから背中を離して立ち上がり、誘惑に抗(あらが)って絶対に振り向かないように気を付けながら、浴槽を出た。


「ワフーン、ワフワフ~……ワウ?」


 脱衣場に出ると、レオが気持ちよさそうに鳴きながらライラさん達にブラッシングされていたが、俺に気付いてもう出てきたの? と言って首を傾げた。

 レオなりに、俺とクレアを二人にしてくれて気を遣ってくれたのかもしれない……いや、本当に気を遣っていたらドリルして水を掛けたりしないか。


「旦那様、お着替えをお持ちしました」

「あ、はい。ありがとうございます」


 レオに何か言おうか少しだけ考えている俺に、サッと近付いて上にタオルを乗せた畳まれた服を渡してくれるライラさん。

 最近、ライラさんが静かに事を済ませてくれて、助けてもらっている事が多い気がする。

 もしかしたら、メイド長に指名した事への意気込みというか、これまで以上にお世話をしてくれるという気概の表れかもしれない。

 ありがたいのは間違いないんだけど……。



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