第1525話 クレアのおかげで和みました



「そんな、タクミさんが情けないなんて……私は思いませんよ?」

「クレアはそう言ってくれるだろうけどね。でも、ありがとう。気にかけてくれるとわかるだけでも、嬉しいよ」

「もう……でも良かった。タクミさんが平気そうで」


 少しだけ頬を膨らませた後、クレアはほっとした様子で微笑んでくれた。

 あぁ、ユートさんが変な道に引きずり込もうとしていて、ささくれ立っていた心が癒される……。

 いやちょっと大げさで、別に腹が立っていたとかそういう事は全然ないんだけど、精神的になんとなく疲れを感じていたのが、溶けてくように感じられた。

 もちろん、話し合いで緊張していた心が解れてくれているのもあるんだろう。


「うん、俺にはやっぱり、レオだけじゃなくクレアも必要なんだと強く思うよ」


 さっきまで、レオを撫でて和みたい……とか考えていたのに、今クレアの優しい微笑みを見ると、それだけでいいやと思っている自分がいる。

 レオはレオで、クレアはクレアだから代替えとかそんなんじゃ絶対にないけど。


「タ、タクミさん!? そ、そう言って下さるのは嬉しいのですけど……急には困りますっ」

「あー、うん、ごめん。でも、素直にそう思った本心だよ」

「そ、そうなのでしょうけど……タクミさんが、私に嘘を吐くとは考えていません。冗談を言って、からかったりはしますけど……」

「それも、クレアの反応が可愛いからなんだけどなぁ」

「また、もう……タクミさんったら……」


 すぐに赤くなるクレアの反応は、見ていて楽しい。

 今だって、頬を膨らませたり恨みがましい目で見たと思ったら、柔らかく微笑んだり……口を尖らせたすぐ後には、口角を上げて見せたり。

 コロコロと表情が変わるから、飽きる事はない。

 ……クレアみたいな美人で優しい女性に飽きるなんて事を考えたら、罰が当たりそうだから表情とか関係なく、絶対に飽きたりはしないけども。


 ともあれ、からかい過ぎは良くないな。

 クレアが気を悪くしてしまってはいけないから……やらない、とは考えないけど。

 ごめん、クレア。


「でも、本当に心配してくれてありがとう。前に話したように、クレアのおかげで今は平気だよ。完全に大丈夫になった、とまではさすがに言えないけどね」


 あの時、抱き締められてクレアに掛けられた言葉は、今でもすぐに思い出せるくらい記憶に刻まれている。

 まぁ思い出して、恥ずかしくなったりもするけど……それだけ、俺に安らぎや癒しを与えてくれたんだと思う。


「でも、タクミさんはよく強がってしまうみたいですから」

「う……」


 クレアは本当によく俺を見てくれている。

 トラウマに関する話をした時も、俺は強がって大丈夫と思わせられるように話していた。

 他にも色々と……誰かに心配されるのは嬉しくても、心苦しいと思う事があって、心配させないよう平気だと振る舞う癖が付いているのかもしれないな。


 全部、クレアには見抜かれているっぽいけど。

 でも本当に、今回は大丈夫だ。


「クレアの前では、もうあまり強がらないようにしてるよ。強がっても、見抜かれちゃうみたいだし……怒られたくないからね?」

「怒ったりしませんよ……でも、ふふ。タクミさんの事は私が見ていますから。無理しそうな時は、ちゃんと止めますね? もちろん、タクミさんも私が無理をしそうな時は、止めて下さい」

「それはまぁ、もちろん止めるよ。でも、俺は鋭い方じゃないからなぁ……なんとか、頑張ってみる」

「ふふふ、期待しています、タクミさん」


 自分の事は、自分よりも周囲で見ている人の方がよくわかる、という事は往々にしてあるからな。

 場合によりけりだけど……でも、平気だと自分に言い聞かせて装っていても、クレアが見ていてくれるなら安心だ。

 鋭い方ではない自覚はあるので、俺もしっかりクレアを見ていないといけないけど。

 まぁ近くにクレアがいる時は、大体視線がそっちに行ってしまうんだけども……クレアと何度も目が合ったりもする。


「頑張るよ」

「えぇ。……本当に、今回は無理していないようですね。安心しました」

「話していても、ずっと窺っていたの?」

「もちろんです。タクミさんは見ていて飽きませんから、私はずっと見ていたいくらいです。そのついでに、ちょっと無理をしていないか窺っていただけですから」

「あー、うん、そうなんだ……」


 からかう事のある俺に対する仕返しのつもりでもあるのか、いたずらっぽく笑うクレア。

 恥ずかしくなって、思わず目を逸らした。

 まさか、さっき自分で考えていた内容と同じ事を、クレアも考えていたとは。

 そしてそれを真っ直ぐ伝えられるとは思っていなかった。


 なんというか、同じ事を考えているとわかるのはそれがお互いに対する思いだからこそ、通じ合っている気がして嬉しい。

 それ以上に、気恥ずかしさが込み上げてきてしまうけど。

 俺も、まだまだ修行不足だな……なんの修行かは謎だが。


「んっ、タクミさん!」

「……おっと!」


 俺が目を逸らしたままにしていると、何を思ったのかクレアが飛び込んできた。

 とはいっても、さすがに勢いは強くないくらいに加減してくれているけど。

 ドンッ、ではなくポフッといったくらいか。


「……安心してこうしたくなりました」

「そ、そうなんだ。でも、うん。俺もこうしたかったよ……」

「ふふ、タクミさんと同じ気持ちでした」


 受け止めた俺を上目遣いで見るクレアに対し、さらに照れが加わってしまったけど、グッと我慢して微笑みかけ、腕を回してしっかりと抱き締める。

 微笑み、俺の胸に顔をうずめるクレアに、言葉では言い表せない程の愛しさを感じつつ、しばらくそうして抱き合っていた。

 レオ達の所へ行くのは遅くなってしまうけど、もう少しだけこのままで――。



 クレアとひとしきり抱き合って、いろいろと堪能して精神的に癒された後は、レオ達の様子を見に二人でお風呂場へ。

 脱衣場の外にまで、子供達のキャッキャと遊ぶ楽しそうな声が聞こえてくる。

 その声に、クレアと顔を見合わせて微笑み合いながら脱衣場を抜け、お風呂場に入ってすぐ目に入って来たのは……。


「なんで、レオ以外は泡だらけなんだ……?」

「レオ様は、端の方にいますね?」


 レオ以外に、フェンリルが三体程、子供達によって全身泡だらけにさせられた姿だった。

 いや、フェンリルだけでなく子供達やライラさん達も、泡だらけだな――。


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