第1523話 かけうどんは難しそうでした



「とはいえ、本当に合っているかどうかは今のところわからない。でもまぁ、一応頭に入れておいてほしいかなってね」

「確かに……人がって可能性は、無意識のうちに除外してた。魔物が相手だったし……」


 ヴォルグラウの事や、ユートさんが潰したウルフと無理矢理従魔契約していた集団の事もある。

 こちらの世界では、魔物を何かしらの方法で利用するというのも、一つの可能性として考えておかないといけないのか。

 俺自身も、レオが一緒にいてくれるし、駅馬の事だけでなくフェンリル達には色々手伝ってもらっているし、手伝ってもらう予定でもある。


 これも利用しているとも考えられるからな。

 まぁフェンリル達には、無理矢理ではなくちゃんと話して納得してもらったうえで、だけど。


「タクミ君や僕が元々いた世界には、魔物はいなかったからね。そこを人と繋げて考えるのは、慣れないといけないかな。こちらでは魔物は身近な存在……危険もそうだし、他の事でも色々と」


 ユートさんの言う通り、魔物と遭遇したら襲われる事からの命の危険はもちろんある。

 それは、何度かレオ達が打倒しているのを見たし、俺自身もオークと戦ったりもしていたからわかる。

 それ以外では、昨日のニグレオスオークやカウフスティア、ブレイユ村でのサーペントやアウズフムラだってそうだったように、食材としての利用だってあるわけで。

 だったら、他にも魔物を何かしらの方法、手段で利用する事があってもおかしくはない。


 さらに、俺はまだ見た事はないけど、一部の魔物は人が扱う道具の素材にもなるとか。

 ……シェリーの牙を使った剣とかも、その一つなんだろう。


「教えてくれて良かった。やみくもに調査して、原因がわからない事だってあるだろうし……一つの可能性として頭に入れておくよ」

「うん、それがいい。確証はないから、あくまでもしかしたらっていう事だね。まぁタクミ君には今日のお昼にうどんを用意してもらったから。そのお礼みたいなものだよ」

「……また、小麦粉を取ろうとしてぶちまけられたらいけないからなぁ」


 本日の昼食は、ユートさん待望のうどんだった。

 醤油だけでなく、出汁醤油などをもらってありがたく使わせてもらった事もあり、味に関しては少しだけバリエーションが増えたりもした……特に、ヘレーナさんが喜んでいたけども。

 またユートさんが小麦粉を盗もうと考えたり、ぶちまけられて危険な事にならないよう、ヘレーナさんが頑張ってくれた。

 うどんの麺を作るのは手間だからな。


 お米は大量に処理しておけば、しばらく保管しておけるので暇な時に作業すればいいだけなんだけど、麺を打った後しばらく保管するのは難しいため、食べたいならその日に作る必要があるから。

 冷凍うどんという物があるように、冷凍して保存すればと思って一度提案した事があるけど、やってみたら麺がボロボロになってツルッとしたのど越しや、コシのある歯ごたえが一切なくなってしまった。

 まぁそれでも一応食べられるんだけど、やっぱりヘレーナさん達料理人としては、一番美味しい状態で食べて欲しいようで、冷凍保存は不採用となった。


「肉うどん、美味しかったなぁ。提案した甲斐があるよ。できれば、かけ出汁が欲しいけど……」


 肉うどん、というのは肉ぶっかけうどんみたいなものだ。

 大根おろしに、甘辛く煮た肉……オーク肉を乗せてしょうゆを垂らしたんだけど、少し味を薄目にしたやつはうどんがあまり好きじゃないレオや、フェンリル達にも好評だった。

 オーク肉が、日本で食べた事のあるチェーン店の肉うどんよりも高級な肉のようで、上品ではあったけど。

 ヘレーナさんが試食用に、昨日狩ってきたばかりのニグレオスオークの肉も使ってみたりしたけど、こちらは微妙に合わなかった。


 黒豚っぽいお肉だからだろうか……? 黒豚は日本でもほとんど食べた覚えがないので、よくわからないが。

 それにしても、かけ出汁か……いわゆるかけうどん、多くの人がうどんと聞いて思い浮かべるスタンダードなやつだな。


「……かけ出汁はちょっと難しいかなぁ。似たようなのは作れるかもしれないけど、多分想像したような味にはならないと思う」

「えー……」


 確かかけ出汁とあるように、鰹節や昆布から出汁を取っていたはず。

 出汁を取る、というだけなら難しい事じゃないしヘレーナさん達もやっているから、近い味かはともかくうどんに合うスープは作れると思う。

 けど、ユートさんが考えているかけうどんとは別の物になりそうだ。


 さすがに海産物を使う何か、というのは難しいし代替えが利かない。

 いやもしかしたらあるかもしれないけど、俺は料理に詳しいわけじゃないし、わからない。


「あまり、タクミ様に我が儘を言ってはいけませんよ、閣下」

「わかっているんだけどね。ついつい、同郷となると価値観が共有できるのが嬉しくて。特に、うどんで記憶が刺激されたからねぇ」


 俺の答えに口を尖らせたユートさんを、ルグレッタさんが注意する。

 信じられないくらい長く生きているユートさんは、日本にいた頃の事など、昔の事への記憶は薄いらしいし普段は思い出さなくなっているとか。

 だけど、俺と話したり何かを食べたりとかで、記憶を刺激されると思い出す事もあるみたいだ。

 人間ではユートさんだけが使える魔法で、不老になったらしいけど……もしかすると記憶に関しても、なにかしらの効果があるのかもしれない。


「それで、作り方もわからないうえ似ている別の物を取ろうとしたというのは……はぁ……」

「お、溜め息吐かれたね。ほら、あの目だよタクミ君。あんな目で見られるとゾクゾクするよね?」

「いや、全然。というか、俺をそっちの道に引きずり込もうとしないで……」


 溜め息を吐き、憐れんでいるに近いような……なんとも言えない視線をユートさんに向けるルグレッタさん。

 そこで楽しそうにするのはいつも通りだし、個人の趣味だからあれこれ言わないけど、俺を同じ趣味仲間にしようとするのは止めてほしい。


「むぅ、タクミ君はクレアちゃんがいたっけ。だったら、クレアちゃんに頼んでさ……!」

「絶対、そんな事は頼まないから!」


 不満そうに言った後、明暗を思いついた様子でユートさんから言われたけど、本当に俺はそんな趣味ない。

 クレアからは、軽蔑するような目で見られたりするよりは、笑いかけられた方がいいに決まっているからな――。



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