第1471話 少しだけ一人で落ち着く時間が必要でした



「でもね、クレアにだけそうさせるのはどうかなって。もちろん、俺にはどうにもできなくてクレアを頼らないといけない事もあると思う。逆に、クレアにはどうしようもなくて俺を頼る事だって。だけど、できるなら俺は、どちらか片方だけじゃなくて一緒に乗り越えて行けたらなって思うんだ。俺の勝手な考えだけど、クレアと一緒にいられれば乗り越えられると思うから」

「タクミさんと一緒に……」

「うん。どちらか片方じゃなくて、どちらも一緒に」


 男の意地や見栄を出してしまう事もあるけど、クレアと共に歩んでいくのなら、一緒にが一番いい。

 これは、以前とある女性から言われた事で「男は頼りになるように見せるために、一人でやろうとする事が多いけど、お互い好き同士なら一緒にの方が女の子は喜ぶんだよ。覚えておいてね」と言われた事からだ。

 まぁ、そう言われた時は男への愚痴を聞かされていたから、本当に重要なのかその時の俺にはわからなかったけど。


 でもこうして、クレアと話して、触れあって、今になってその言葉の意味や真意というか……考えさせられる言葉だったんだと思う事ができた。

 言った本人は、そこまで考えての事だったかは疑問だけど。


「だからこうして……何かに立ち向かわなきゃいけない時は、二人でね?」


 クレアの手に指を絡ませ、恋人つなぎというやつをしてみる。

 両手を俺の両手で包み込んで……というのでも良かったんだけど、立ち向かうのならこうして手を繋いで並んでいた方がいいからな。

 さっきので十分かもしれないけど、きっとクレアがいてくれれば、トラウマのような精神的なものは大抵乗り越えられる気がするから。


「は、はい……二人で……」

「うん」


 さっきまでのように、また顔の赤みを増したクレアが少しだけぼんやりとしながら、こくんと頷く。

 それを見て、照れ臭さや恥ずかしさを一旦放り投げて、微笑みかけるように俺も頷いた。


「はぁ……ちょっとやり過ぎたかも……」


 クレアと話し、部屋を出るのを見送り、執務室に俺一人だけ残って息を吐く。

 後悔はしていないけど、格好つけすぎたり、恥ずかしいところを見せたりと、盛沢山だった。

 書類仕事をするだけのはずだったのに……。


「レオ達を待たせてしまって悪いけど、俺も少し落ち着いてから行った方がいいな。セバスチャンさんとか、エッケンハルトさん達にからかわれそうだし」


 お米は早く食べたいけど、もう少しだけ執務室で落ち着く時間が欲しい。

 深呼吸をしてから椅子に座り、なんとはなしに書類を眺める……もちろん内容は特に見ていない、ただ落ち着くために文字や数字を眺めているだけだからな。

 書類を片手に、ライラさんが淹れてくれていたお茶を飲む。

 冷めているけど、熱を持った体にはちょうどいい。


「あ、そういえば」


 クレアには二人でと言ったけど、レオもいてくれるんだよな。

 特に魔物とか、物理的というかなんというか……戦いの面においては間違いなく頼る事になると思う。

 まぁ相棒だしな……クレアにはシェリーがいるし、これからも色んな事があるのは間違いないけど、皆で乗り越えて行こうと心を改める。


 そうして、数分程度落ち着く時間を設けて、体の熱が引いて赤くなっていた顔が元に戻ったのを確認してから、中庭に向かった。

 クレアと顔を合わせたら、また赤くなってしまいそうだけど……頑張ろう。



 落ち着くのが思っていたより時間がかかり、アルフレットさんが呼びに来てくれてから大体三十分くらいしてから、中庭に出た。

 そこでは、食堂にあるような大きなテーブルが用意されており、クレアを除いてエッケンハルトさんやユートさんを始めとした皆が揃っていた。

 屋敷に住む従業員さんも、村の方に住む従業員さんや児童館の子達もだ。

 ちなみに、大テーブル……横に長い長方形のテーブルは、常設される事になっている。


 これからも、中庭で食べる事が多くなるだろうからな、フェンリル達もいるし、人数も多いからわざわざ出し入れしていると使用人さん達が大変だし。

 ……使わない時は布などをかぶせて、汚れないように管理するんだけど、出し入れとどっちが大変かは微妙なとこかもしれないけども。


「おぉ、遅かったなタクミ殿! む、クレアはどうした?」

「あー、ちょっと遅れると。すぐに来るとは思いますが……」


 中庭に出てきた俺を見つけて、手をブンブン振りながら迎えてくれるエッケンハルトさん。

 クレアと一緒だったというのは、アルフレットさんから伝わっているんだろう。

 お腹を空かせて今か今かと待っている様子のテオ君やオーリエちゃん、ティルラちゃんやリーザもそうだし、エッケンハルトさん達も待たせてしまって申し訳ないと思う。

 けどそれよりも、クレアとちょっとした事……? かなり大きな事があった直後に、父親と祖父であるエッケンハルトさんやエルケリッヒさんと顔を合わせるのはなんとなく気まずいな。

 悪い事をしたわけではないし、したとも思っていないけどそれでもな。


「ワフ、ワフワフ!」

「パパー!」

「おっと。レオ、リーザも、楽しかったか?」

「うんー! 皆といっぱい遊べたよー! 犬ちゃん? が沢山いて楽しかった!」

「ワフ!」

「そうかそうかぁ」


 なんとなしにエッケンハルトさん達から視線を逸らしつつ、椅子を引いて待っているライラさんに会釈して座ると同時、レオとリーザが楽しそうな雰囲気を纏って俺の所にきた。

 リーザは、俺の足に抱き着くようにしているな……それだけ、子供達で遊ぶのが楽しくて今もその喜びが続いているんだろう。

 楽しかったというリーザの頭を片手で撫で、レオも主張していたのでもう片方の手で寄せて来ていた頬を撫でる。


「あ、それとだリーザ。犬ちゃんじゃなくて、ワンちゃんって呼ぶといいぞ?」

「ワンちゃん……? ワンちゃん! ワンワン!」

「そうそう」


 ランジ村にいる犬にもそれぞれ呼び名があるかもしれないけど、総じて呼ぶにはそっちの方が可愛い。

 そう思ってリーザに言うと、繰り返しワンワンと吠える声を真似ていた。

 うむ、やはりリーザは可愛いな。


「ワフワフ!」


 レオも、自分も! と言うように主張していたけど、既にワンワンではなくなっているからなぁ。



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