第1442話 皆に販売用の新しい薬の紹介を始めました



 クレアの新しい執事長であるヴァレットさんは、別邸では裏庭で実験していた簡易薬草畑の管理をやってくれていて、よく知っている執事さんの一人だ。

 セバスチャンさんからは、有望な執事だと聞いているし、口数は少ないながらきびきびとした印象を受ける人だから、納得の人選だ。

 ちなみに、クレアやセバスチャンさんに付いて別邸に行く前、本邸にいた頃はアルフレットさんとよく一緒にいて仲が良く、友人だとか。


 ヴァレットさんの方が少しだけ年下らしいけど、同年代で話も合ったんだろう。

 それはともかくだ、確かヴァレットって日本語にすると従者とかって意味じゃなかったっけ? 偶然だとは思うし、こちらではそんな意味はないんだろうけど。


「……以後、お見知りおきを」


 ヴァレットさんが皆にそれだけ言って、後ろに下がる。

 あまり多くを語らない人なのは、別邸の頃からだけど……アルフレットさんが、もう少しなにかあるんじゃないか? と訴えかける視線を送っていたりした。

 それも、ヴァレットさんは涼しげな顔でスルーしていたけど。

 とりあえず、執事長二人、メイド長二人という四人態勢のちょっとだけ異例な紹介を終え、次はミリナちゃんの成果発表。


 成果といっても、少し前別邸にいた時に作っていた、石化回復薬、体力回復薬、傷薬が完成した物だ。

 ミリナちゃんとしては、まだ改良の余地があるかも……と考えているようだけど、体力回復薬で問題になりそうな眠くなってしまう事に対しての処置もできたので、三種類とも販売可能とした。


「石化回復薬は、一つの販売価格としては少々値が張りますが……これまでの薬草を使い続けるよりも、結果的に安価になります」


 コカトリスなど、魔物の特殊能力による石化は薬草で簡単に治す事ができる。

 薬草も貴重な物ではないため安価で、一つが銅貨十枚程度だけど、一か所に受けた石化に対し一つ使用。

 石化回復薬は、粘性のある液体の塗り薬が瓶詰されており、一つ銀貨一枚程度で販売予定だけど、使用回数としては二十回以上といったところだ。

 つまり薬草二十個だと銀貨二枚になるのに対して半分のコストになるわけだ。


 まぁ、石化能力のある魔物によって強さが違うらしく、使用量も変わるから多少は回数が前後するだろうけど。

 でも薬草だけで済ませるよりは最終的に安価だし、瓶詰なので衝撃にさえ気を付けておけば持ち運びもしやすい。

 価格に関しては、財政担当になりつつあるキースさんと相談して決めた。


 もちろん他の薬も、販売費や卸値も決めてある……場所によっては運送費などを上乗せしないといけないので、流動的ではあるけどな。

 他の薬草なども決めないといけないと、急かされてもいるんだけど、一般的に販売されている物はそちらの価格を参考にするつもりだ。


「ふむ、商隊などが重宝しそうだな。兵士もそうだが、魔物と遭遇する商隊だと数人が一度にという事もあるだろう」


 石化回復薬の入った瓶を持って中を覗き込みながら、感心するエルケリッヒさん。

 エッケンハルトさんも、顎をさすりながら唸っているようだ。

 作ったミリナちゃんは、二人の様子に恐縮しきりだ。


「とはいえこれは限定的な物なので、目玉商品とまではなりません」

「そうだな、売れるだろうが数はそう出ないだろう。街や村から出ない者達は、そもそもに石化能力を持つ魔物と遭遇する事はないし、商隊にしても頻繁にあるわけでもない」

「はい。まぁコッカー達の抜け毛……抜け羽毛? いらなくなった羽根の再利用できたらと考えての物なので」


 エッケンハルトさんの言葉に、俺も頷く。

 実際、飛ぶように売れるなんて事は期待していないし、俺もキースさんもそれでいいと考えている。

 そもそも大量に売れてしまったら、原料になるコカトリスの羽根が不足してしまいそうだし。

 コッカー達だけじゃ限界があるから。


 とはいえ、リサイクルとは少し違うけど、ほとんど元手がかからない物なので売れれば売れる程高い利益が出る。

 『雑草栽培』で作ってそのまま売る程ではないけど、高利益率の物としては悪くない。


「ははは、面白いな! さすがはタクミ殿だ。いや、作ったミリナを褒めるべきか。捨てるだけの物を利用しようとは……つまりこれは、売れなくても良し。売れればそれだけ利益が出る商品というわけだ」

「そうですね。ただ、まったく売れなかったら在庫になってしまうので、少しくらいは売れて欲しいですけど」


 大きく笑ったエッケンハルトさんは、凄く楽しそうだ。

 新しい商品を見たからだろうけど、商才があるらしいからこういった話はエッケンハルトさん自身も好きなのかもしれない。

 とはいえ、在庫を抱えすぎるのは問題だから、売れなくても良しなんて事はないんだけど。


「しかも、コッカーとトリースか……草木に付いた虫を食べる仕事をしているのに、さらに自分達の食い扶持を稼ぐと考えると、また面白い!」

「ははは、コッカー達にその意識はあんまりないと思いますけどね」


 コカトリスは雑食らしくなんでも食べるから、好みはあれど食べ物は用意している。

 けど、別邸だけでも草木がある範囲は広いので、そこにいる虫などを食べて生きられるから、食い扶持を稼ぐとは考えていないだろう。

 利益はコッカー達に還元するけど、そもそもが勝手に抜け落ちた羽根の再利用だからな……薬を作るのに協力はしてもらったが。

 当のコッカー達は、楽しそうに過ごしているようだからそれでいいだろう。


「そ、それでは次に……傷薬になります」


 そろそろ次の話に、と目で示すとミリナちゃんが緊張しながら、用意されたテーブルに置いてあるいくつかの瓶、それの一つを持った。

 


「ふむ。これは? いや、効能に関してはそのままなのだろうが……ありふれている物でもあるぞ?」

「これはロエを使った薬ですけど、効果を薄めてあります」


 傷薬の効果、販売目的などをミリナちゃんと一緒に、大広間にいる皆に説明。

 高価な薬草であるロエを使っている聞いて皆驚いていたけど、その意味を知って一応納得はしてくれた。

 もったいない……と考えていそうな表情の人が大半でもあるけど。


「つまりこれを売る事で、タクミ殿の『雑草栽培』から目を逸らすのが狙いか」

「一番はそれですね。あとロエだと手が出ない人も多いでしょうし、小さな怪我くらいは日常でもするものですから」



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