第1438話 先代当主夫妻の施策について聞きました



「貴族が潤うと、民が飢える事もあるけどね。でも公爵家はそこのところよくやっていると思うよ。決して自分達だけが潤うだけで済まさないとか。僕が国内を見て回っている時に感じたけど、他領に比べて民が豊かで飢える事がほとんどない。そして治安もいいってこと」

「……急に称賛されているようで、不意打ちを食らったようですが……治安に関しては、母上と父上の功績でしょう」


 口をモゴモゴさせながら話に参加するユートさんに、エッケンハルトさんが恥ずかしそうに頬を染めながら照れている。

 あまりこうして、面と向かって褒められる事は少なくて慣れていないんだろう、気持ちはよくわかる。


「治安が良くなったのは、やはり妻の功績だろうな。ワシの代になるまでは、ユート閣下が言われる程の治安の良さはなかった。他領よりはマシかもしれない、という程度だな。魔物に対しては、対処をするようにはしていたのだが……」

「母上は孤児院を整備し、子供の成長を促した。そうしながら、街や村からあぶれた者が集まるような箇所にも、改善を促したのだ」

「孤児院と……あぶれた者が集まるというのは、もしかしてスラムの事ですか?」

「うむ。妻はな……」


 エルケリッヒさんやエッケンハルトさんから、クレアのお婆さんに関して話を聞く。

 クレアも知らない事がそれなりにあったらしく、俺と一緒に驚いていたり、スラムと聞いてティルラちゃんが真剣に聞いていたり、リーザが耳を動かしていたりもしたけど。

 ともかく、お婆さんがやった事……正式には、エルケリッヒさんが助言を得て施策として実行したらしいけど、その中で孤児院に関して。

 孤児院自体は、国にとって子供を守るのは将来の国家としての安定を担うため、との考えからユートさん主導でずっとあった物らしく、そして貴族の義務でもあった。


 けど、その孤児院を援助して子供達が住みやすく、受け入れる人数も増やす事で救われない子供を減らすようにしたのだとか。

 ちゃんとした教育を受けられるようにする事で、将来の国や公爵領にとってもいい影響が出るようにと。

 だから、公爵領にある孤児院には勉強のための書物が揃っていると……その中に、フィリップさんやニコラさんに影響を与えてしまった、ユートさんが回収しきれなかった内容の物もあるみたいだけど。

 世界を広げる、別の視点を身近に捉えるという意味で、本を読むのは大事だな。


 そうした中で当然出てくるのがスラムの問題。

 親がいない子供は、孤児院に入るかスラムに流れ着くか……他にも選択肢はあるかもしれないけど、大別するとどちらかの状況。

 孤児院で受け入れる子供を増やせば、スラムに行く子供も減るのだがゼロじゃない。

 そしてそのスラムは犯罪の温床になるわけで、治安への不安もあるし実際に色々あったらしい。


 治安を良くすれば、なくすとまではできなくとも孤児は減らせると考えて、スラムを縮小させようとした。

 そうして子供が孤児院で健やかに育ち、スラムの影響を減らす事で治安が良くなっていくという好循環を生み出したのだとか。


「全てのスラムを一気に潰す、というのは強行すればできなくはないが、強引さは反発を生む。それは場合によっては公爵家、公爵領を不安定にさせ兼ねない。少しずつ改善していくのが、妻の考えだったのだ」

「大奥様は、大旦那様ならそれができると判断されての事だったようです。私が執事として働き始める以前の事ですが。それらがあったおかげで、私がこうしてここにいられるのです」

「ははは、セバスチャンが屋敷に乗り込んできた時は驚いたな。何事かと思ったが、ワシのかけた言葉を信じて学び続けたと言うのだから、なお驚いたが」

「ほっほっほ、若気の至りというものです。ですが私は、大奥様と大旦那様には感謝しておりますし、後悔はしておりません」


 スラムの話になったくらいから、説明に参加していたセバスチャンさん。

 最後は、エルケリッヒさんとセバスチャンさんの二人が話しになっていた。

 前に聞いたけど……セバスチャンさん、エルケリッヒさんが乗り込んできたと思うくらい、唐突に公爵家を訪ねたのか。

 まぁ孤児院に入ってからは、エルケリッヒさんと連絡を取る手段がないからだろうけど。


 ちなみに、そのセバスチャンさんがいたスラムを取り締まるために、兵を率いたのもエルケリッヒさんだったそうだけど、その時一度くらいはそういった強行な姿勢を見せておくのも重要だと言ったのも、お婆さんだったらしい。

 全体ではなく、局所的にやって見せる事で大きな犯罪を犯したら、公爵家が乗り出して来るという認識を広めたかったのかもしれない。

 それから、スラムにいる人が全て悪いわけではなく、場合によっては孤児院に入る事を融通したりなど、全員を厳しく罰する事はないとも、考えていたとか。

 聞けば聞く程、それらを考えたお婆さんは凄い人だと思うし、実行してやり遂げたエルケリッヒさんも凄いと思う。


 どれだけすごい施策を考えられたところで、それを実行し後の影響を悪くせずにするのは、エルケリッヒさんあっての事だろう。

 エルケリッヒさんは自分よりも当主に向いていると言っていたけど、どちらかが欠けても難しく、二人がいたからなんじゃないかなという印象を受けた。


「お婆様は尊敬していますし、凄い方だというのは知っていましたがそこまで……私には、いえティルラにもですが、甘いだけの方だともっていました」

「父上も母上も、孫には甘いからな。クレアとティルラが可愛くて仕方がないのだろう。無論、私も娘達は可愛く思っているが……だが、もう少し私にも甘くして良いと思うのですが、どうでしょうか父上?」


 孫には甘いお爺ちゃんお婆ちゃん、というのは公爵家でもそうらしい。

 ただ息子のエッケンハルトさんに対しては、エルケリッヒさんもお婆さんも厳しかったようだ。

 クレア達が可愛いと思う事に同意しつつも、ちょっと情けなくも見える表情で、エルケリッヒさんに訴えかけるエッケンハルトさん。


「ワシの次代を担う息子だからな、少々厳しくなってしまうのは仕方あるまい?」

「それはそうかもしれませんが……特に母上は厳し過ぎる気がします」


 貴族、特に高位の公爵家の次期当主と考えていたからこそ、厳しくしていたんだろう。

 けど、エルケリッヒさんより厳しいのか……いずれ会う機会があるとは思うけど、その時がちょっと怖いな。

 クレアやティルラちゃんを可愛がっているから、その厳しさが俺に向いたりして……。



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