第1437話 クレアのお婆さんについて聞きました



 食事をしつつも、俺が宣言をして合図をすると一斉に、というのはなんというかむず痒いような、慣れない妙な感覚があるなぁと少し落ち着かない気分。

 けどこれからも同じ事……差し当たっては今日の夕食時にもあると思うから、慣れないとな。

 そんな事を考えながら、折角用意してもらった料理が冷めないよう、俺も手を付け始めた。


 まぁ、ラーレやコッカー達の紹介で、すでに少し冷めてしまっていたけど。

 ヘレーナさん達料理人さんには、申し訳ない。

 でも、多少冷めても十分過ぎるくらい美味しいです。


「そういえばお爺様、他の話しばかりになってしまっていましたが、お婆様はどうなされているのですか?」

「む、うむ……げ、元気でやっておるぞ? うむ」


 食事がある程度進んだ頃、クレアが質問を投げかけたが、エルケリッヒさんの方は何やら視線を逸らす……というか泳がせている。

 話す時間がなかったわけではないけど、フェンリルの事やレオの事など、会ってからも話題に事欠かなかったから、クレアも聞きそびれていたんだろう。

 クレアのお婆様、つまりエルケリッヒさんの奥さんは話にも出て来ていたけど、ご健在な様子。

 レオの事を知ったエルケリッヒさんが、別邸に急行するのを止めたらしいから……なんというかイメージとしては、結構な気丈夫なお婆さんで固まっているけど、そのあたりはどうなんだろう?


「お爺様……もしかしてとは思いますが、お婆様に何も言わずここまで来たなんて事は……?」

「い、いや、話はしたぞ? ハルトが本邸を空ける用があるのだから、私が行かねばなと」


 目を細めて聞くクレアに、エルケリッヒさんが焦りながら答えている。


「……それって、お爺様がお父様の代わりに本邸に行く、と言っているだけではありませんか?」

「そう聞こえる事も、あるようなないような……?」

「ないような、ではありません。そうとしか聞こえませんよお爺様……はぁ……」


 額を押さえて溜め息を吐くクレアは、騙すような事をしてはと続けてエルケリッヒさんを注意し始める。

 話に加わっていないエッケンハルトさんは、そんなクレアを見て苦笑しているだけだ。

 多分、巻き込まれるのを恐れての事だろう。

 ……エルケリッヒさんの話した内容を考えると、エッケンハルトさんとも打ち合わせみたいな事をしていたように思えるから。


「仕方ありません、お婆様には連絡を差し上げないと……お婆様の事ですから、既に知っているとは思いますが」

「えっと、クレアのお婆さんってどんな人なのかな?」


 溜め息交じりに言うクレアに、ちょっとだけ重くなった空気を軽くするため、お婆さんについて聞いてみる。

 クレアに注意されたからか、項垂れてしまったエルケリッヒさんは、さっきまで豪快に食事をしていたのに今はちびちびと食べているだけになったしまったからなぁ。


「そうですね……お婆様は公爵家の当主だったお爺様を、ずっと支えていた方です」

「母上は、一言で言うなら女傑だな」


 女傑……クレアに続いてエッケンハルトさんの言った言葉に、なんとなくで浮かべていたイメージが合致する。

 それはともかく、どうでもいい事なんだけどエッケンハルトさんが「母上」というのは、なんとなく違和感がある。

 いやまぁ、エッケンハルトさんだって人の子だし、母親がいて当然で、父親のエルケリッヒさんの事を父上と呼んでいるのなら、母親の事を母上と呼ぶのも当然なんだけど。

 なんとなく、粗野な印象も受ける事があるエッケンハルトさんが口にしただけで、違和感というのは失礼だろうし、本当にどうでもいい事なんだけど。


「妻はそうだな……ワシよりも貴族家の当主に相応しいのではないか、と思うくらいではあるな」

「エルケリッヒさんよりですか?」


 自分が責められる話題が逸れたためか、復活したエルケリッヒさんが話しに加わる。

 俺を見て、視線で何かを訴えかけているようでもあったから、話を変えた事に対してお礼を伝えたいのかもしれない。


「ワシは、ハルト同様どちらかと言えば、体を動かす方が得意でな……意外かもしれんが」

「私が言うのもなんですが、父上を見て意外と思う者はほとんどいないのでは……」


 エッケンハルトさん程ではないけど、俺より身長が高く大柄で、服越しながら筋肉質に見えるエルケリッヒさん。

 まだまだ背筋も真っ直ぐだし、体を動かすのが得意だと意外に思う事は……エッケンハルトさんの言う通りないと思う。

 本人は、自分の事をどういう風に見られていると思っているのだろうか? 単なる冗談かもしれないけど。


「とにかくだ、妻は対外的な事をこなすのが得意でな……いわゆる、政治に強いというところだろうか。現在も公爵領が安定している事や、他領とある程度良好な関係を築けている事なども、妻のおかげと言って過言ではないだろうな」

「そうなんですか……」


 あれ、さっきエッケンハルトさんが言った、女傑という言葉と俺が勝手に思い浮かべていたイメージからどんどんかけ離れて行くぞ?

 いやまぁ、武力や気概だけでなく政治などの世界でも女傑と言える人は、いるんだろうけど。


「領内の施策についても、妻がいてくれたおかげで実行できたし、内容についても良き相談相手だった。むしろ、私ではなく妻が当主になっていたら、公爵領はもっと良くなっていたのではないかと思う程だ」

「そんなに、ですか」

「商才という意味では、ハルトの方が優れているのだがな。リーベルト家の財政は、ハルトに受け継いでからというもの、大いに潤っている」


 そういえば、以前クレアとセバスチャンさんから、エッケンハルトさんの商才のおかげで贅沢ができる、みたいな事を言われた気がする。

 見た目は大柄、豪快な気質と相まって、戦場で武勇を振るうタイプに見えるけどその実、商売に関しても非凡な才があるようだ。

 そうじゃないと、かなり低いらしい税率で大きな屋敷を複数と、大量の使用人を維持できないか。


 税率に関しては、他領を知らないのでなんとも言えないけど……少なくとも日本よりかなり低いのは間違いない。

 エルケリッヒさんの体を動かすのが得意、というのよりもエッケンハルトさんの商才の方が、見た目で判断した場合はよっぽど意外だ……と思ってしまった――。



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