第1433話 少しだけレインドルフさんの人となりがわかりました



 懐かしそうに話すエルケリッヒさんによると、レインドルフさんはエッケンハルトさんに似て無頓着なところがあるらしい……どころか、それ以上みたいだ。

 今は綺麗に髭を剃っているエッケンハルトさんだけど、出会った当初は無精髭をそのままにしていたっけな。


「お爺ちゃんね、白いお髭が立派だったよー。こうやって、自分で撫でてた!」

「そこまで伸ばしていたのか、あ奴は。誰も注意する者がいなかったからだろうが……」


 リーザが真似するように、レインドルフさんが自身の髭を撫でる仕草をする。

 それを見て、溜め息交じりのエルケリッヒさん。

 リーザの仕草は、顎のかなり下まで撫でているようだった……白い髭っていうのは年齢からかもしれないが。


 頭に浮かんだのは美髭公……は黒かったか、魔法使いのお爺ちゃんが一番近いかもしれない。

 まぁ剣を下げていたり、武器の扱いに長けていたらしく体格もしっかりしていたみたいで、お爺ちゃん魔法使いと美髭公が頭の中で混じっていたりするけど。

 ただそこまで伸ばすと、物凄く邪魔になりそうだけどなぁ。


「ははは、まぁ貴族っていうのは見た目も大事な部分があるからね。屋敷で過ごすだけならともかく、対外的な事をこなさないといけない事だって当然あるし」


 ずっと引きこもってはいられないのが貴族様。

 クレアも、別邸にいる時は定期的にラクトスへ行っていたみたいだし、俺やレオが来てからは行く機会も増えたからな。

 いやまぁ、クレアはいつも身だしなみをしっかり整えて、綺麗にしているけど。


「とにかく、そんなドルフとは不釣り合いで目立つ鞘を持っていたから、聞いてみたんだけど……詳しくは教えてくれなかったんだ」

「ドルフが、閣下にすらですか? 閣下の事も、ワシやハルト程でなくとも知っていたはずですが……」


 エルケリッヒさんが話す内容から、レインドルフさんは少なくともユートさんの身分については知っているみたいだけど、ギフトとか異世界からというのは知らないみたいだ。


「そうなんだよねぇ。まぁ何度も会ううちに、お互い身分だとかこれまでの事とかは無視して、旅で出会った知り合いくらいの関係としていたんだけど。ほら、袖すり合うも他生の縁みたいな?」

「いや、それは身分とかはあまり関係ないと思うんだけど。むしろ、過去の関係を気にしている方の言葉だと思う」

「そうだっけ? じゃあ……旅は道連れ余は情け?」

「助け合うとかって意味もあるから、完全に間違っているとは言えないけど……それじゃ一緒に旅をしている関係かな」


 袖すり合うも――は、出会いは偶然じゃないとか、前世からの因縁があるとかそういった意味で、過去とは無縁でただ知り合っただけという関係に使う言葉じゃない。

 それに、旅は道連れ――の方も、旅の同行者とか助け合おうとする言葉だからな。

 ユートさんの言わんとしている事はわかるけど、レインドルフさんとの関係性を示す言葉としては、間違っていると思う。


「むむぅ、おぼろげな記憶だから難しいね……」

「無理に、諺に当てはめようとしなくていいと思うけど。ほら、皆にも伝わっていないし」


 長く生き過ぎているから、諺の意味とかあまりよく覚えておらず、なんとなくで使ったのかもしれないけど。

 とりあえず、日本出身じゃないリーベルト家の人達やリーザは、キョトンとして何を話しているのかわからない様子で、俺とユートさんを見ていた。

 諺とか、日本人でもよくわからないのもあるのに、聞いた事がないはずの人達にとっては、そうなるのも当然だよな。


「おっと、そうだった。ごめんごめん、つい楽しくて。えっとそれじゃ、ドルフに詳しく教えてもらえなかったってところだよね」

「は、はぁ」


 俺以外の人達に笑いかけながら、話を戻すユートさんに、よくわからないながらも一応返事をするエルケリッヒさん達。

 日本の言葉を思い出し、俺と話せて楽しかったのかもしれないけど、それは今じゃなくて他の機会にして欲しい。

 別に俺も、日本を懐かしんで話す事を嫌がっているわけじゃないし、むしろ話したいくらいだから。

 ……ほとんどは、記憶がかなり薄れているユートさんに、俺が話して思い出させるようになりそうだけども。


「その時は確かドルフは……」


 鞘が気になって聞いた時の事を思い出しつつ、ユートさんが話してくれる。

 ただ詳しい事は教えてくれなかったため、とにかく大事な物だという事。

 他の物が失われようとも、決して鞘だけは失うわけにはいかない……という様子だったみたいだ。

 それから……。


「何かの証明、みたいな事を言っていたかなぁ。なんの証明なのかは、絶対教えてくれなかったけど」

「鞘が証明……そのような事があるのでしょうか?」


 証明と言ったユートさんに、よくわからないと言った表情のエルケリッヒさんが聞き返す。

 エッケンハルトさんやクレアも、エルケリッヒさんと同じような表情になっていた……俺も、多分似たようなものだ。

 育ててくれたレインドルフさんの話しなので、よくわからなくてもニコニコして尻尾を揺らしているリーザだけは別だけど。


「わからないなぁ。例えば、この国では国章とは別に、貴族ごとに紋章を決めているでしょ? まぁこの国だけじゃないけど」


 貴族紋とかだろう。

 公爵家の貴族紋は見せてもらった事が何度かある。

 国章はシルバーフェンリルを模していて、公爵家の貴族紋はそこからさらに爪や牙を加えたものになっていた。

 その貴族紋を掘ってあるレリーフなどが、身分の証明に使われているはずだ。


「紋章が彫り込まれているなら、何かしらの証明と言うのもわからなくはないのですが……鞘に彫り込むような事は、例を私は知りません」

「そうだよね。それに鞘にも、紋章のような物は彫られていなかったと思うし。――タクミ君やクレアちゃんは、近くで見たんだよね? リーザちゃんも何度か見た事あるだろうし、それらしいものはあった?」

「いや、そういったのは何もなかったと思うけど……」

「うーん、リーザもわかんない」

「……紋章が彫られたりはしていなかったはずです」


 ユートさんに聞かれたけど、俺やリーザ、クレアも首を振る。

 豪奢な装飾が施されていたのは間違いないけど、紋章のようなものはなくどちらかというと宝石が散りばめられている、といった感じだった。

 特に何かを証明するような、特徴があったようには思えない。

 それらの事も、クレアと一緒にユートさんやエルケリッヒさんに伝えた――。



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