第1432話 鞘を見た事のある人が他にもいました



「鞘? それはワシもわからんな……剣が折れて使い物にならなくなった、とかではないのか?」

「剣の方はどうかわかりませんが、鞘だけを持っているというのもおかしな話かなって。まぁ、なんらかの理由で失くしたか折れた剣を、買い替えたり修理したりしようとしていたのかもしれませんが……」

「あの鞘ですね、タクミさん。お爺様、私も見ましたが……あれは誰もが持つような鞘ではありませんでした」

「お爺ちゃんはね、あの鞘をとっても大事な物だって言っていたよ」

「タクミ殿やクレアも見たのか。大事な物……となると鞘だけを指しているのかもしれんな。むぅ、どういう事だ?」


 リーザが言う、レインドルフさんが持っていた鞘について、話しが移る。

 俺とクレアは見たけど、何故鞘だけなのかはわからず、エルケリッヒさんも不思議そうにしていて、わからないようだ。

 エッケンハルトさんは何も言わないけど、首を振っているので同じくわからないんだろう。


「剣と鞘なら、わからなくもないんですけど……いえ、高価そうな鞘だったので、それに見合う剣となるとまた不釣り合いかもしれませんが」


 スラムには不釣り合いな程、装飾が綺麗だった鞘。

 それに見劣りしない剣がセットだったら、もっと不釣り合いになっていただろう。

 ただ、少なくとも鞘だけという不自然さはなかったはずだ。

 なんで鞘だけなのか……レインドルフさんの素性を考えると、意味があるような気がしてしまう。


「ドルフが持っていた鞘でしょ? 僕も見た事があるけど、確かに不思議だったね」

「ユートさん?」

「閣下も、見た事がおありなのですか?」


 不意に話に入ってきたのは、さっきまでレオに隠れたフェヤリネッテを探していたユートさん。

 いつの間にか、俺達のすぐそばに来ていた……フェヤリネッテを探すのは諦めたらしい。

 話はある程度聞いていたみたいだ。


「ユートさんも見た事が……? あぁ、合流する前にスラムに行った時とかに見かけたのかな。今はあそこに置いてあるから……」


 ラクトス近くで合流する前は、街の中で過ごしていたらしいし、スラムにも行ったと言っていたからその時か。

 エッケンハルトさんの放った密偵が使っている、リーザが元居た場所に安置してあるし、ユートさんなら入れるだろうし。

 密偵に身分を明かしてか、コッソリか、はたまた強引にかはわからないけど。

 と思っていたら、ユートさんは笑いながら顔の前で手を振った。


「いやいや、違うよ。ドルフから直接見せてもらったんだ。随分前だけどね」

「っ! 閣下は、あれ以後のドルフにあった事が!?」

「まぁね。これでも長年国内をブラブラ放浪しているわけだから……」


 レインドルフさんと直接会って見せてもらったらしいユートさん、エルケリッヒさんの驚きに苦笑しながら経緯を教えてくれた。

 実質的な追放はされたけど、国の外には出られないレインドルフさんは、ユートさんと同じく国内を放浪していたとか。

 同じく放浪をしているユートさん……年数で言えば、ユートさんの方が倍どころでは済まないくらい長いみたいだけど、それはいいとしてだ。

 お互い放浪していれば、旅先のどこかで会う事だってある。


 レインドルフさんは平民としての身分になったし、ユートさんは基本的に必要がなければ貴族だと明かさずに旅をしているから、そういった事もあるんだろう。

 どちらかが貴族としての身分を使っていれば、使う施設や店がかち合う事はほとんどなかっただろう、とも言っていたけど。

 ともあれ、そうして何度か偶然出会う事が何度かあったんだとか。


「あれはいつ頃だったかな……? 少なくとも五年以上は前かな、十年は経っていないと思う。そのくらいの頃に偶然会ったら、普段使いの剣とは別に鞘だけを腰から下げていたんだよ。しかも、鞘だけだっていうのに厳重でね。使い古した馴染みの剣よりも、大事そうに、奪われたり落としたりしないようにしていたくらいだ」

「リーザが、大事にしていたと言っているのと同じだ」

「うん。お爺ちゃんね、いつも絶対離さないようにしていたよ」


 五年以上前……正確な年数はわからないけど、リーザを拾う前後くらいか。

 リーザが今七歳くらいで、赤ん坊だったのを保護したのだから七年前くらいになるだろうけど。

 そしてその時ユートさんと会ったレインドルフさんは、使い慣れた剣よりも鞘を大事に持っていたと。

 リーザの話しとも合致する。


「その前……さらに何年か前に遡るけど、その時には持っていなかったのは間違いないよ。で、鞘だけ持っているなんて気になるじゃない? 面白そうな理由がありそうだし」

「ユートさん……」


 ニコニコとそんな事を言い放つユートさんに、俺は少しだけ頭痛を覚えて額を抑えた。

 ここにルグレッタさんがいれば、「閣下の思う面白さなどどうでもいいのですが」くらい言いそうだけど、生憎といない。

 そういえば、いつも一緒にいるルグレッタさんはどこだろう? まぁ、屋敷の中は安全だし護衛の必要はないと思って、別の場所にいるんだろうけど。


「うぅん、僕としては放浪しているのも、半分くらいは面白そうだからで十分色んな理由になって大事なんだけどね」


 まぁ、たかが二十年しか生きていない俺には、想像できないくらい長生きをしているユートさんだから、そういった面白さは大事なのかもしれないけど。

 とにかく、レインドルフさんの鞘の話だ。


「長年旅をしているから、綺麗好きな僕と違って粗野な所があるドルフは、みすぼらしい恰好をしていたんだけど……」


 綺麗好きなユートさん、というのも微妙な違和感を感じたけど、この世界での基準で考えると日本からきた俺やユートさんは、潔癖症ではなくとも綺麗好きな方と言えるのかもしれない。

 お風呂自体が多くの家庭にあるわけでもないし、毎日入れるわけでもないからなぁ。

 貴族などの例外を除いて、服も着られればいいとか寒くなければいい、くらいに考えている人もいるらしい。

 ……使用人さん達も含めて、身近にはいないけど。


「……ドルフは、あまり自身を着飾る事や、綺麗な服を身に纏う事には興味がありませなんだ」

「そこで、なんで私を見るのか疑問なのですが……父上?」

「いやなに、ハルトを見ていると少し似ている部分もあるなと思ったのでな。だが、ドルフはそれ以上だったか。髪や髭は伸ばし放題、家令が整えるよう進言しても、逃げ回っていた」

「お父様以上、というのは想像できませんね……」



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