第1434話 鞘の謎は解けませんでした



「うーん、宝石の配置とか形。種類などで符丁をつける事も、あるにはあるけど……僕はわからなかったなぁ」

「ならば、鞘である意味があまりありませんな。いえ、鞘も合わせてという事ならば別でしょうが」


 顔を見合わせて考えている、ユートさんとエルケリッヒさん。

 散りばめられた宝石や配置、形にまで話が及ぶともうお手上げ状態だ。

 わかりやすくなんらかの紋章が掘られているとか、何かが彫り込まれているならそこに注目すればいいけど、そんなものはなかった。


「まぁ、怪しめばどんな事でも怪しく思えてしまいますから」

「何かあるとしても、誰かが見てすぐにわかるような事じゃないんだろうね……」


 結局、レインドルフさんの持っていた鞘に関するなぞは一切解けず、ユートさんはレオの所へ戻った。

 またフェヤリネッテを探すつもりのようだ……本当、諦めないな。


「どうしてなのかはわからんが、とにかくその鞘を一度見てみたいな」

「そうですな」


 見た事がないエルケリッヒさんとエッケンハルトさんの二人は、鞘に対して興味津々。

 まぁエルケリッヒさんの方は、亡き友人の形見とも言えるからだろうけど。


「リーザ、あの時は置いておくって言ったけど……動かしても、大丈夫かい?」


 鞘を見つけた時は、あの場に置いておいた方がいいかなと思えたけど、レインドルフさんの事を知ってからはむしろ持って来ておいた方がいいんじゃないかと感じた。

 リーザに聞いて見ると、思い出はあれど実際にあの場所にレインドルフさんやリーザがいるわけでもなく、構わないとの事。


「お爺ちゃんが大事にしていた物だから、大事にしてくれるならだけど……」


 と言っていたのを、エルケリッヒさんが絶対に粗末に扱わないと約束。

 クレアやティルラちゃんに向けるような視線を、リーザに向けて請け負ってくれた……もしかすると、鞘だけでなくリーザをレインドルフさんの忘れ形見みたいに感じているのかもしれない。

 と思ったらほぼ正解だったようで、エルケリッヒさんはリーザにお爺ちゃんと呼ばれたがっていた。

 まぁ、お爺ちゃんは一人だけ……とリーザが言ったら、寂しそうに項垂れていたけど。


 ただリーザ、父方の祖父と母方の祖父というのがあるように、お爺ちゃんが二人いてもおかしい事じゃないんだぞ?

 という事は、鞘を取りに行く話になったので、後でリーザに伝えようと心にしまっておいたけど。


「お父様、ラクトスのスラムであの密偵達が、使っている場所です」

「うむ、クレアとタクミ殿は接触しているのだったな。それらの報告は聞いている。すぐに、取って来させるよう伝えるか……」


 鞘を持ち出すのなら、そこを使っている密偵に言えば手っ取り早いだろう、とクレアとエッケンハルトさんが話す。

 誰かが取りに行くのでもいいんだけど、場所がスラムなだけにあまり身分の高い人が出入りするのはな。

 俺はランジ村に来たばかりでしばらく離れられないし。


「ふむ……そういえば、ティルラがラクトスのスラムについて、独自に考えているのだったか?」


 話を聞きつつ、考えていたエルケリッヒさんがクレアに聞いた。


「あ、はいお爺様。お父様には報告として伝えてありますが、以前ちょっとした事があって。それから、関わろうとしています。やはり……止めた方がいいでしょうか?」


 スラムへとラーレに乗って、という事件はエッケンハルトさんには既に伝わっている。

 そこからエルケリッヒさんにも伝わったんだろう。

 場所が場所のため、まだ幼いティルラちゃんが関わるのはクレアとしても心配な様子を見せながら、エルケリッヒさんに窺う。


「いや、それは構わん。好きにさせろとは言わないが、公爵領の街での事だからな。これから先、絶対に関わらないわけにはいかないし、無関係でもいられないだろう。だったら、ある程度は関わって知っておいた方がいい事でもある。もちろん、危ない事はさせないようにな」

「はい、わかりました。お爺様がそう仰るなら……セバスチャンが中心となって、アロシャイスもスラムに詳しい者として、ティルラと話し合っているようです」


 セバスチャンさんもアロシャイスさんも、元々スラムの出身……同じスラムではないけど。

 とにかく、この二人なら熟知しているだろうしティルラちゃんに危険な事はさせないはずだ。


「アロシャイス、本邸から別邸に向かわせた使用人だな」

「えぇ、タクミさんはティルラの近くにいる方がいいと」

「アロシャイスさんから、公爵家の使用人になる話を聞きました。俺やクレアは、このランジ村にいてラクトスに近いのはティルラちゃんです。スラムと距離が近いので、その方がいいかなと思ったんです」


 エッケンハルトさんから、俺が雇う使用人候補として本邸からきたアロシャイスさん。

 決してアロシャイスさんの能力が不足しているとかではなく、スラムとの関わりや物理的な距離を考えてティルラちゃんと別邸にいた方がいいだろうとの判断だ。

 実際に、ティルラちゃんが俺達とスラムに入った時、物乞いに施しをしようとしてクレアと一緒に止め、事の重大さを教えていたからな、信頼できる。


「であるなら、少々ティルラの話も聞いてみたいところだ。それからでも、鞘をどうするのかを決めるのは遅くないだろう」

「まぁ、そうですね。鞘の事は急ぎではありませんから」


 何故ティルラちゃんの話が関係あるのかはわからないけど、エルケリッヒさんなりに考えがあるんだろう。

 わからないけど、またの話となった。

 急いで決めなければいけないわけでもないからな。

 密偵さんに持って来てもらう事になったとしても、連絡を取る必要もあるし。


「では、可愛いティルラを呼んで、話をしてみ……」


 顔を綻ばせて言うエルケリッヒさんの言葉を遮るように、客間の扉が外からノックされた。

 ……エルケリッヒさん、ただこの場にいないティルラちゃんと話したかっただけなのかもな、リーザにはお爺ちゃんと呼ばれるのを断られたし。


「失礼します。昼食の準備が整いました」

「中庭の用意もできておりますので、そちらに……」

「わかりました、すぐに向かいます」


 クレアが許可を出すと、例をしながら入ってきたのはライラさんとジェーンさん。

 昼食の報せに来てくれたみたいだ……結構、話し込んでいたみたいだな。

 時間は十三時、いつもより昼食の時間が遅くなっているけど、レオの散歩に行く前に俺が頼んだあれのせいだな。


 昼食には間に合わないだろうけど、夕食には間に合って欲しいとお米を託したため、臼などの使い方も含めて色々忙しかったんだと思う。

 手間を掛けさせてしまったヘレーナさん達や、お腹を空かせていたフェリー達には、申し訳ない――。



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