第1428話 エッケンハルトさんと奥さんの馴れ初めを聞きました



 クレアの疑問に、エルケリッヒさんが首を振りながら答える。

 それを受けて、何やら小さな声で呟くクレア……エッケンハルトさん達には聞こえていないみたいだけど、すぐ隣にいる俺にはバッチリ聞こえていた。

 確かにそのまま上手くいってとんとん拍子にクレアが生まれていたら、戦争が三十年以上前だからかなり年が離れる事になる。

 今はほぼ同い年だったはずだけど。


 そうなると……俺がこちらの世界に来た時に出会う事がなかった可能性も高いし、そもそもに他の誰かと結婚していたかもしれない。

 年齢的にはそうなっていてもおかしくないからな。

 他の誰か、と考えて嫌な気分が胸のうちに広がるけど、とりあえずクレアのお母様がエッケンハルトさんの突発的な求婚を断った事に、グッジョブと想像でサムズアップする事で振り払っておく。

 あと、さらに小声で「それだけ年が離れていたら、タクミさんが私の事を見てくれないかも……」なんて呟いていたのも聞こえていたりする。


 だけどクレア、俺は多分年齢に関係なく出会えればきっとクレアに恋をしていたと思う。

 恋愛に年の差なんて関係ないし、年齢でクレアを好きになったわけじゃないからな……あとでちゃんと伝えておこう。

 とりあえず、何かがズレていたら出会わなかった可能性ではなく、出会った場合の事を考えるクレアがかわいいとだけ、心に刻んだ。


「あいつは、男のあしらい方が上手かったからな。私に対して最初は冷たかったが……」


 クレアの呟きや、俺の考えている事には気付かず、エッケンハルトさんが思い出すようしながら続けた。

 初対面で求婚したエッケンハルトさんは、断られても諦めきれずその後もアピールを続けて、大分後になって受け入れてもらえたらしい。

 ちなみに、口説くだけで本気で手を出す事はなかったらしいけど、それまで色んな女性に粉をかけてきたエッケンハルトさんは、求婚をした後からぱったりと止め、一筋になったとか。

 その事に関しては、エルケリッヒさんもエッケンハルトさんを褒めていた……というか、女性の方を遠回しに褒めていた感じか。


 あ、そうそう、初対面でエッケンハルトさんが断られる時に、「なぜ初めて会った貴方の妻にならなくてはいけないのでしょうか? それとも、私を保護するのはそのような目的が? そんな人質のような扱い……リーベルト公爵家は、国内でも代々評判の良い貴族と窺っておりましたが、違っていたようです。そのような場所で過ごすよりは、必死で国のために戦っている領民と共にいた方がマシです!」と言われたらしい。


 エルケリッヒさんが、その時の事を思い出したのか大層面白そうに教えてくれた……その後は大変だったらしいけど。

 エッケンハルトさんは居心地が悪そうだった……最初は冷たかった、とエッケンハルトさんが言っていた理由がよくわかる。

 体が弱かったらしいけど、心は強い人だったんだろうな。

 あと、確かに非難の名目できた公爵家のはずなのに、そこの息子にいきなり結婚を迫られたら、冷たく突き放されるのも無理はないと思う。


「さて、話は大きくそれてしまったが……獣人についてだな」

「あ、はい……」

「ほっ」


 散々エッケンハルトさんをいじるように、奥さんとの馴れ初めをエルケリッヒさんが覚えている限りで話したあと、獣人の話に戻す。

 というか、まだ続いていたんだ。

 エッケンハルトさんは、ようやく解放されるとなって安心したように息を漏らしていた。


「獣人に関して、大まかなところは知っているようだが、セバスチャンにも聞いたという事は獣人の決まり……いや、習性というべきか。それらは知っているかタクミ殿」

「獣人の掟ですね。なんとなくは……」


 曰く、食べ物に釣られて知らない人について行かない。

 曰く、耳と尻尾を気軽に他者へと触れさせない……などだな。

 前者は子供のしつけ、後者は獣人である事の証明とも言える耳と尻尾が大事であるという教え、みたいなものだ。

 他にもいろいろあるらしいけど、似たり寄ったりの内容だとか。


「うむ。その中で問題となるのが、耳と尻尾に関してだな」

「本人が認めていない者が、耳と尻尾に触れないようにですね」

「許可もなく触れると、獣人の国では敵対行動となるのだ。例え獣人どうしても、故意に触れれば殺し合いにまで発展する程のな」


 微笑ましかった獣人の掟が、急に殺伐とした印象になった。

 そんな、耳や尻尾を触ったくらいで殺し合いなんて……と思うが、それは人間としての感覚。

 人間だって、絶対に触れられたくない部分があったりもするし、それこそ同意なく女性の体を男性が触れるなんて事をしたら、手が後ろに回ってしまうからな。


「そんなにですか……リーザは、希望した人には触らせてくれますけど。まぁ敏感な場所なので、触れ方には気を付けて欲しいみたいです」


 そういえば、ブレイユ村で男の子に触られるのを嫌がって逃げ回っていた事もあったな。

 あれは、女の子として成長したから……ではなく、単純に興味が勝った男の子が荒っぽく触ろうとしたからだろう。


「子供の頃は、あまり重要視されない事柄でもあるようなのだがな。子供の無邪気さを、掟で縛って完全に制御できるものでもあるまい」

「それは確かに」


 子供同士だと、結構気軽にじゃれ合ったりするからなぁ。

 ランジ村や孤児院の子供達にも、リーザが耳を触らせているのを何度か見た事がある。

 もちろん、嫌がっていたら止めるし、尻尾は断っているみたいだけど。


「それをな、破った者がいるのだ。人間で……というより、この国の者なのだがな」

「え……もしかして、それが原因で?」

「そうだ。かの国との関係が悪化し、戦争へと発展した。掟と言われるほど、重要な事柄をこちらの国の要人が向こうの国の要人に対して行ったのだから、当然とも言えるかもしれん」


 お互い、どれだけの要人かはぼかされているのでわからないけど、それは関係が悪化してもおかしくない……のか?

 言ってみれば、他国の大使をこちらの国の王様に近しい誰かが、侮辱したようなものかもしれない――。


「今でこそ、戦争後に周知されたが……当時は獣人の掟をよく知らない者が多かったのだ。言い訳になるがな。あの頃詳しかったのは、ユート閣下くらいではなかろうか? 不幸にも、その場にはおらずかなり後になって知らされたようだが」



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