第1427話 エルケリッヒさんに獣人の事を聞かれました



「だが獣人か……タクミ殿は、獣人に関してどこまで知っている?」

「エッケンハルトさんやクレア、それにセバスチャンさんから聞いた事。それから、リーザと接していてわかった事くらいですけど……」


 エルケリッヒさんに聞かれて、獣人について知っている事を話す。

 三十年くらい前に北にある獣人の国と、俺が今いるこの国との間で戦争が起こった。

 公爵領は国の南側なので直接戦禍に巻き込まれたりはしていないけど、戦争中に流された噂によって、一部の人が獣人もオークのような、人間に危害を加える魔物だと認識している人もいる。

 実際には、大枠として人間も魔物の一部と考えられているようだけど、それはちゃんと教育を受けて知識を得られた人しかわからない。


 戦争という混乱の最中で、教育を受けている如何に関わらずその噂を信じる人が多かったため、戦後も国内では獣人を見る目が厳しかったとか。

 まぁ、それを利用してラクトスのスラムを牛耳っていたディームは、リーザを標的にする事で仲間を増やしていたようだったけど。

 いや仲間じゃないな……配下とか、利用できる人間ってところか。

 ともあれ、その噂の影響で戦争から長い時間が経った今でも、一部の偏見を恐れて獣人がこの国に入って来るのは稀になってしまっているとか。


 今では友好国として交易も行われているけど、国南部の公爵領で獣人を見る事はほぼない……リーザやデリアさんは例外中の例外だな。

 そういえば、ユートさんが獣人の国との戦争で色々と骨を折ったような事を言っていたっけ。

 こちら側が悪い事だから、全力で謝ったとかだったかな? その頑張りのおかげで、友好国と言えるくらいまで関係性が復活したのかもしれない。


「セバスチャンか、あれは使用人になった経緯の影響か知識を得る事にどん欲だからな。最近はその知識を披露する事の方に熱心なようだが、そのセバスチャンからであれば大体の事は知っていると言っていいだろう」


 セバスチャンさんは、エルケリッヒさんに恩を感じて必死で勉強して使用人になった、とか言っていたっけな……説明好きになったのは最近なのか。

 エルケリッヒさんがセバスチャンさんを語る口ぶりから、信頼を寄せているのが伝わってくる。

 

「タクミ殿の話しも、ほぼ間違いない事実だ。ワシが公爵家の当主であった頃の事だからな」


 実際に当主だったエルケリッヒさんは、その頃の事をよく知っているんだろう。


「とはいえ、公爵領は南の守りを任されているのもあって、直接関わらなかったため戦争に関しての多くは知らないが。あれは、発端が発端であり、ユート閣下が動いて下さったため短期間で決着がついた」

「そういえば、私もその辺りは詳しく知りませんな。気付いたら終わっていた、という印象です」


 直接関わらず、当主にもなってなかったエッケンハルトさんだけど、国同士の戦争で広く知れ渡る噂が流れる程だったのに、いつ終わったのか知らないのかぁ。

 当時の事を思い出すように首を傾げるエッケンハルトさんに、溜め息交じりでエルケリッヒさんが話す。


「国同士の戦争となれば、年単位で続いてもおかしくないものだが……あれは数カ月、三カ月だったか四カ月だったかくらいで終わったな。ハルトはその頃、興味の多くは女性に向いていたからな。次期当主になる事も正式に決まっていたというのに、あれでちゃんと務まるのかと、私がどれだけ気をもんだか……」

「おぉ、そういえばそうでしたな父上!」

「お父様……」

「ははは……」


 エルケリッヒさんのジト目もどこ吹く風、という感じでポンと手を打ち合わせるエッケンハルトさん。

 クレアまでジト目になった……俺は苦笑するしかないけど。

 戦争中となると直接参加しなくても緊張状態だろうに、女性に現を抜かす余裕があるエッケンハルトさんは大物なのかそれとも、大うつけなのか。

 ちゃんと公爵家当主様としてやれているみたいだから、大物なんだろう、多分。


「い、いや、そのだな、その頃があったからこそ、今こうしてクレアがいるのだぞ?」


 クレアにまでジト目をされたのに耐えられなくなったのか、こめかみからつつ~っと汗を伝わらせながら、言い訳をするように言うエッケンハルトさん。

 

「どういう事ですかお父様?」

「それは私も否定はできないか。――クレア、ハルトはその頃戦禍の及ばないであろう公爵領に、避難して来ていた貴族の娘を見初めてな」


 首を傾げるクレアに対し、エッケンハルトさんの代わりに教えてくれるエルケリッヒさん。

 何か気まずい事でもあるのか、エッケンハルトさんは視線を逸らしていた。


「まさか、とは思いますが……」


 クレアは貴族の娘、と言われて思い当たった事があるらしい。


「顔を合わせるなり、結婚を申し込むというたわけ者なのだ、この男は。少しはタクミ殿の誠実さを見習って欲しいものだ……はぁ」

「父上、さすがにその頃にはまだタクミ殿もいませんでしたから、見習う事はできませんが……」


 溜め息を吐くエルケリッヒさんにと、抗議するように言うエッケンハルトさん。

 初対面の相手に結婚を申し込むのはさすがに……多分一目惚れだったんだろうなと察する事はできるけど、強心臓というかなんというか。

 エッケンハルトさんらしいと思わなくもない。


「それくらいの思慮深さを持てという事だ。まさか預かった大事な娘に対して、屋敷に入って来たその場で求婚するとは夢にも思わなかったぞ。まぁ、美しい娘でハルトが見初めるのもわからなくもないがな。気立ても良く体は弱かったが、評判の娘だった」

「だ、だからこそですよ父上。もし機会を逸したら、別の男に掻っ攫われるのではないかと、焦っていたのです!」


 エッケンハルトさんが焦っているのは、今も同じだけど。

 俺やクレアの前で、自分の過去が暴かれるのが恥ずかしいんだろう。

 ともあれ、体が弱いというのは聞いていたけど、それなら戦争に巻き込まれないよう離れた公爵領に避難する、というのもわかるかな。


「お母様はそれを受けて、そうして私が生まれた……という事ですか?」

「いや、そうはならなかった。もしそのまますんなりと行っていたら、クレアはもっと早く生まれていただろうな」

「確かにお爺様の言う通りですね。もしもっと早く生まれていたら、タクミさんとの出会いも……年齢も離れてしまいますし……」



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