第1412話 お散歩は村の外周を走りました



「さて、リーザも大丈夫そうだし……準備はいいかい、テオ君?」

「は、はい!」


 宿の話をテオ君に聞いた後、村の入り口でレオに俺とテオ君が乗り後ろから支える。

 リーザはリルルに乗ってもらっていて、フェリーとフェンはいつでも走り出せるよう尻尾を揺らしながら構えている。

 朝の散歩として、レオやフェリー達に村の周囲をぐるりと走って、ちょっとだけ運動をしてもらうつもりだ。

 思い付きだから、フェンリル達を全部連れて行くのは多過ぎだし、村の周囲がどうなっているか一度回って確かめるにはこれくらいがちょうどいいだろう。


 一応、ライラさん達には伝えてあって、ハンネスさん達にも伝えるようお願いしてある。

 まぁレオ達が村の外を走る分には、怒られたり注意されたりする事はないだろうけど。

 屋敷を出てすぐの頃、レオが特に期待して大きく尻尾を振っていたのはこれのためだな。


「レオ、フェリー、リルルもいいか? あまり勢いはつけすぎず、軽く走るだけなのは注意してくれ?」

「ワフ!」

「グルゥ!」

「ガウ!」

「ガウゥ!」


 レオ達にも確認し、念のための注意はしておく。

 速く走り過ぎたら周囲の確認もあまりできないし、初めてレオにのるテオ君がいるからな。

 まだあまり慣れていないようだから、怖がらせてしまってはいけない。


「テオ君は、馬に乗った事は?」

「あ、あります。馬に乗る事もあるので……」


 馬車に乗っての移動ばかりかと思ったら、馬に乗る事もあるようだ。

 というより移動手段の多くは馬だから、乗れる人の方が多いのかもしれないな……俺もいずれは馬に乗れる練習した方がいいかもしれない。

 レオがやきもちを焼きそうだけど。


「わかった。それじゃ、馬が走るより少し遅めがいいかな、初めてだし。――レオ、それで頼むよ」

「ワフ!」


 馬なら大丈夫でも、レオに乗るのは初めてだから念のため遅めでとお願いする。

 まだレオに対しての恐怖心があるみたいだから、控えめの方が慣れやすいだろう。


「それじゃ出発だ。散歩だから、村の周辺を走るくらいだぞー!」

「ワフ。ワフワフ?」

「グルゥ?」


 レオやフェリー達に声をかけ、俺が後ろから支えているテオ君が体を硬くするのが伝わってくる中、いざ出発!

 と思ったけど、レオ達は頷いただけで首を傾げて鳴いた。

 何やら、合図は? と言っているようだ、レオだけじゃなくフェリー達もだな。

 合図、必要なのか?


「わ、わかった。それじゃ……レオ、フェリー、フェン、リルル、走れ!」

「ワッフー!」

「グルゥ~!」

「ガウ~!」

「ガウゥ~!」


 多分、俺からのコマンドが欲しかったんだろう、左手でテオ君を支えつつ右手を前方に伸ばし、村の仕切る壁に沿うように示しながら声を発して合図を送る。

 すると、嬉しそうな鳴き声を上げながら走り始めたレオ、それからフェリー、フェン、リルル。

 リルルの背中に乗っているリーザも、俺の真似をして両手を前に伸ばしている……落ちたら危ないから、片手だけでもリルルを掴んでおいて欲しい。


「ひっ……!」

「大丈夫。ほら、一人で馬に乗って走るより、遅いでしょ? まぁ馬より上下はするけど、お尻はレオの毛が受け止めてくれて、振動や揺れは実際そこまで大きくないから」


 走り始めた直後、短く悲鳴を上げるテオ君……俺は後ろにいるからわからないけど、前から見たら顔を引きつらせているかもしれない。

 それはともかく、安心するよう背中から声をかける。

 馬にはブレイユ村に行く時、フィリップさんやニコラさんに乗せてもらったから、レオとの違いがよくわかる。

 レオの方が上下には大きく振られるんだが、背中の柔らかい毛で受け止めれているおかげなのか、振動や揺れを馬程感じない。


 馬は長時間乗っていたらお尻が痛くなって、乗り物酔いなどもしそうなくらい……それこそ車よりも揺れるし振動が体に直接伝わる。

 けどレオやフェンリル達にはそれがほとんどない……毛が振動とかを吸収してくれているのかもと思うけど、馬にも毛はあるからなぁ。

 速度が遅く、レオ達が走る時に気を遣ってくれているおかげなんだろうけど。

 走っている時に感じるはずの前方からの風を防いでくれているのもあって、レオ達は馬に乗るより快適だ。


 まぁリーザが時折、風がほとんど来なくて不満そうにしていたり、風を切って走る事が好きな人にとっては、良い事ばかりではないのかもしれないけど。

 ともかくこれなら、馬に乗った事のある人はレオに乗るのがどれほど快適か、すぐにわかってくれるはずだ。

 テオ君もすぐに気付いて、緊張が解けてくれるはず……と思っていたんだが。


「馬より遅い……? これでですか? いつも僕が馬に乗る時よりも、速く走っていますけど」

「え?」

「馬はこれ以上速く走れるのですか? いえ、馬車を曳いている馬は確かにこれくらいの速度は出ていたと思いますけど……あれは特別な馬なのでは」

「いや、馬車と人が乗る馬はそれぞれ専用とかは、あるかもしれないけど……特別というわけじゃないと思うよ」


 おかしい、俺が考えていた認識とテオ君の認識にズレがある。

 フィリップさん達に乗せてもらった時の馬は、今レオが走っているよりも速かったのは間違いない。

 というより、クレア達と乗る機会のある馬車も、今よりも速いはずだ。

 それなのにテオ君が乗る馬は、ここまで速く走れないと言う。


 馬車を曳く馬が特別というわけではないのは間違いないし、テオ君が乗る馬が特別遅い馬という事もないだろう。

 王太子様……面倒だから王子様でいいか……その王子様の乗る馬が走れないわけないし、むしろどちらかと言えば優れた馬を用意するはずだとも思う。

 うーん、まだテオ君が幼いから危なくないように、ハフリンガーやゴトランドのような小さめの馬を用意してとかだろうか?


「もしかしてテオ君の乗った事のある馬って、他の馬……えっと、馬車を曳く馬と違って小さかったりしない?」

「い、いえ。そんな事は……さすがに、軍馬程大きな馬じゃないですけど、馬車を曳いている馬と大きさは違いませんでした……」


 軍馬は見た事ないけど、軍馬と言うくらいだから体格や大きさも他の馬とは異なるんだろう。

 それはともかく、特別小さな馬というわけでもないのか……成長しきっていない体に合わせて、小さな馬に乗ったとかではないようだ。

 だとしたらどうして……? 気分良く走るレオの背中で、体を震わせつつもちゃんと俺との受け答えをしてくれる、けなげなテオ君を支えつつ考える。

 というかこれ、一旦止めた方がいいかな?



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