第1408話 部屋内での粗相は阻止しました



 身振り手振り、鳴き声も加えたレオの説明によると、なんでもトイレに行きたくなったついでに、馴染みのないこの場所で縄張り主張のマーキングをしようとしていたらしい。

 ついでにってお前……これまでそんな事していなかっただろうに。

 そりゃ、マルチーズだった頃にどうしても我慢ができない時とか、イタズラ心と思われる時に、レオ用のトイレシート以外でやっちゃった事はあるけど。


 ちなみに、その時お漏らしは云々で俺が注意したから、さっきの同じ言葉に反応したみたいだ。

 以前の事はともかく、屋敷の仲間でフェンリル達は入って来ないけど、周囲に人間以外が多くいる事で縄張り主張をしたくなったらしい。

 まぁ自分の領域を定めるのは、大事なのかもしれないけど……。


「しかしレオ、そんな事今までやってなかったじゃないか。シルバーフェンリルになってからもそうだし。ん、そういえば前に伯父さんの所で……」

「ワ、ワフゥ……」


 どうして今更やって来なかったマーキングなんて、と思ったところでふと思い出した。

 元々室内犬だったし、雌はあまりしない場合が多いマーキング……犬種や個性によって違うらしいが。

 ともかくレオはそれをしない、とは必ずしも言えなかったのを思い出した。


 俺が思い出した事を、同じくレオも思い出したのか、気まずそうにして再び視線を逸らした。

 いやまぁ、昔の事で今更もう一度叱ったりはしないんだけど。


「しばらく帰れないからって、預けていた時に伯父さん達の所でやっちゃっていたなぁ。慣れない場所でトイレを失敗したんだろう、と笑って許してくれたけど……」


 あれは俺が高校の修学旅行に行く時だったか、数日家に帰れないためレオを置いておけるわけがなく、伯父さんに頼んで預かってもらった。

 それまでにも、俺の様子を見に来てくれたりしていて、レオも懐いていたから大丈夫と思ったんだけど……知らない場所でのストレスからか、いつも使うトイレシートとは別の場所にお漏らしする事が多かったんだよなぁ。

 それでそのお漏らしに関してだけど、詳しくてすぐに区別がつく程じゃないが、マーキングの時は通常より臭う事がある。

 それによって縄張りやまぁ……発情期、などの主張をするのだから当然とも言えるけど。


 つまるところ、伯父さん達はレオがしっぱいしただけだと言っていたけど、あの時のは知らない所での自分の居場所を主張するためのマーキングだったんだろう、と俺は思っている。

 あの時は当然ながらレオとはっきり会話ができなかったが、今の反応を見ていると間違いないようだ。


「はぁ……レオ、ここには俺だけじゃなくリーザやライラさん達、使用人さんも来るんだ。もしレオがマーキングしたら、掃除が大変だろう?」

「ワウゥ……」


 俺の注意に、しょんぼりするレオ。

 臭いもそうだけど……大理石っぽい床なら、拭けばそれである程度はいいかもしれないが、絨毯の上だと大事だ。

 洗うのも一苦労だし、場合によっては取り替えないといけなくなるかもしれない。

 それに、掃除をすれば結局マーキングの臭いは消える事になるわけだから、レオのしている事は無駄になるんじゃないか?


「ワフワフ、ワウ」

「ちょっとだけでも残っていれば大丈夫? レオ達にはわかるから? そうは言ってもさすがになぁ」


 人間にはわからない程度に少しだけでも臭いが残れば、聴覚の鋭い相手ならわかる……とレオは言うが。

 でもなんとなく臭いが残っているというのは、ちょっとなぁ。

 マーキングはともかくとして……犬だけでなく猫とか、とにかく動物と一緒に暮らしているとこういう臭い問題は必ず発生するけど、だからといって放っておいていいわけじゃない。


「本当に駄目だからな? リーザが真似……はさすがにないと思うけど、変に影響されたらどうするんだ」

「ワゥ……」

「はぁ、とにかく中庭に行くぞ? トイレは今回もこれから先も、あそこでだ」

「ワフ」


 リーザの名を出すと、レオは渋々ながらも納得した様子で小さく頷いた。

 ママと呼ばれて慕われているからな、変なところは見せたくないんだろう……だからリーザがいないうちにと思ったのかもしれないが。

 それにシェリーにも影響が出て、クレアが困ってもいけない。


「それにしても、どうしてここでなんだ? 別邸……前にいた屋敷の方ではやらなかったじゃないか」

「ワフ、ワフワフ」


 部屋を出る前、ふと疑問に思って聞いてみたら別邸にいた時はそれどころではなかったとの事だ。

 まぁこちらの世界に来て色々あったし、レオなんてマルチーズからシルバーフェンリルだもんな……他の事が気になっていたからなんだろう。

 あと、シェリーを森から連れて帰るくらいで、別邸がようやく暮らす場所と考えたらしく、その時には既に俺やレオの匂いが付いていたから、とも言っていた。

 マーキングじゃないけど、数日でも暮らしていたら匂いが付いていてもおかしくないか。


「まぁ本能とか野生とか、そう言うのに関係するんだろうけど……そういう部分は気にしないよなぁ、レオって。この世界に来てすぐは重いって言ったら怒ったのに」

「ワフゥ?」


 溜め息交じりの言葉に、気にする必要があるの? というように鳴くレオ。

 女の子なのに……重いとかは気にするのに、トイレは気にしないのか。

 種族とかの違いと言われればそれまでだけど。


「あら、タクミさん?」

「キャゥ?」

「あ、クレア?」

「ワフ?」


 部屋を出たところで、同じく部屋から出てきたクレアやシェリーとばったり会う。

 寝る直前だったのか、以前にも見た事のあるネグリジェ姿のクレアはなんというか、邪な気持ちが湧き上がるのを抑えるのが、中々の難敵だった。

 クレアもあの時と違うのか、少し恥ずかしそうにしていたけど、シェリーの鳴き声に応じて俺やレオと一緒に中庭へ。

 どうやら、レオと同じくシェリーをトイレに連れて行こうとしているところだったらしい。


 マーキングについて話しをしてみると、シェリーも似たような感じで俺の部屋のある方の壁に向かって、足を上げたところでクレアが慌てて止めたのだとか……危機一髪だ。

 シェリーは雌だけど、一部の犬はマーキングの時に足を上げるらしい。

 まぁフェンリルだから、犬と同じに考えるのはどうかと思うが――。



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