第1387話 皆に話す必要がありそうでした


 

「そうですね、いい案だと思います。私も、食事をするなら大勢での方が楽しそうだと思います。タクミさんやレオ様、シェリーやリーザちゃんが来て、それからフェリーやフェン達……どんどん増えていく食事が今も楽しいですから」

「クレアもなら、決まりだな」

「そうですね」


 笑って話すクレアは、皆での食事が楽しそう、楽しいと思ってくれているようだ。

 元々、人との間に壁を作らないからっていうのもあるのかもな。

 エッケンハルトさんが頷き、俺も頷く。


「あっさり決まったが、私やクレアに話すだけで終わりではないぞ、タクミ殿?」

「え?」


 表情を崩し、真面目な雰囲気を解いたエッケンハルトさんに言われ、首を傾げる。



「ハルトの所は、使用人とも距離が近いから大丈夫だと思うけど、タクミ君が言う皆の意見も聞いてみないとね」

「それは確かに、ユート様の仰る通りですね。使用人によっては、畏れ多いという人もいます……私は、一緒に食べたいのですが……」

「あー、成る程」


 ユートさんやクレアに言われて気付く。

 そうか……俺達というか、上から食べてもいいと言っても、引いてしまう人もいるわけだな。

 以前ハンネスさんが別邸にきた際、客として迎えてクレアや俺達は一緒に食事をするのを気にせず、むしろ歓迎する気持ちだった。


 けどハンネスさんの方は恐縮しきりで、ガチガチに緊張してしまっていたからなぁ……。

 使用人さんとは違うけど、貴族様だから何か粗相があったらなんて考えてしまう人もいるんだろう。

 

「セバスチャン辺りは、固辞しそうだな。反対はしないだろうが、一部は避けたがる者もいるだろう。我ら貴族や、タクミ殿やレオ様を、敬愛している者程その傾向が表れそうだ」


 セバスチャンは、特にクレアやエッケンハルトさん達と距離が近いし、新しい料理の味見などは一緒にするから、抵抗がないと思っていたけど。

 でも、長く仕えていているからこそ逆に、というパターンもあるか。

 真面目な人ほど、エッケンハルトさんが言うような考えをしてしまいそうでもある。

 ……リアネアさんやガラグリオさんとか、妙に俺に対して忠誠心的なものを示したがる人とかも、同じ食卓につくのは抵抗感があるかもしれない。


「急に言われて、はいそうですかと一緒に食べられないよね。僕も何度か、街の人達と一緒にお酒を飲む事があるけど、身分を知られたら嫌がる人も多かったし。まぁ、そんなときは樽酒を注ぎ込んで、引きづり込むんだけどねー」

「それはさすがに、どうかと思うよユートさん……」


 ユートさんの身分は大公爵の方だろうけど、そこらの街酒場で一緒に飲んでいたはずの気安い人物が、いきなり大貴族様だとわかったら……一緒に飲んでいた人達が可哀そうにも思えるな。

 引きずり込まれて酔ってしまえば気にならないかもしれないけど、でも無理矢理はちょっと。

 ルグレッタさんが、やり過ぎないよう監視してくれているとは思うけど。


 それに俺も、クレアが公爵家のご令嬢だってわかった時は、一緒にいていいのかとか失礼な事をしていなかったかとか考えたし。

 あ、成る程。

 親しくしてもらっていてあまり考えないようになっていたけど、使用人さんや護衛さん、それから街や村の人達、従業員さん達も、俺と同じように考えるかもしれないのか。

 そこをちゃんと考えておかなきゃいけなかったなぁ……。


「とにかく、タクミ殿のやりたいようにとは言ったが、相談をして意見を聞く事は忘れぬようにな」

「はい、気を付けます」


 多分、エッケンハルトさんはこれが言いたかったんだろう。

 人の上に立つ事について、俺と比べれば一日の長どころか数十年の差がある。

 ちゃんとこういった部分はありがたい助言として、受け取っておかないとな。

 ユートさんも、エッケンハルトさん以上に長く上に立つ立場な気がするけど、むしろ振り切って別の方向に行っているからなぁ……ちゃんとしている時は、ちゃんとしているんだけど、多分。


「タクミ殿のおかげで、これから面白いもの見られなかった光景が見られるかもしれんな。色々変わっていくのだろう。クレアも、タクミ殿から学べるよう、柔軟な考えを忘れないようにな」

「はい、お父様。タクミさんは、私達がこれまで培ってきた価値観とは、少し違う考えを持っていると分かっていますから。それは、別の世界からという事もあるのでしょうけど、目を逸らさずついて行きます!」


 エッケンハルトさんが言い、クレアが深く頷く。

 けど……価値観はまぁ、異世界とか文化の違いでわからなくもないが、意気込む程の事でもない気がするんだよなぁ。

 今回は俺の考えをクレア達が指示してくれたし、色んな提案を好意的に受け止めてくれるけど……郷に入っては郷に従えという言葉もある。

 こちらの世界、国でのやり方の方がいい時だってあるはずだ。


「だからこそ、相談し、意見を聞くって事か……」


 呟き、自分の中にエッケンハルトさんの言葉がすんなり入っていく。

 頭ではわかっていたが……成る程自分が正しい意見を言えると思うのではなく、皆と相談して意見を聞く事が大事なんだろうと納得できた感じだ。

 それが、独善的になってしまわないための手段なのかもな、さすが領民に評判のいい公爵様だ。


 ちなみにその後、クレアからお祖父様がよくエッケンハルトさんに言っていた事でもあったと聞いた。

 先代からの受け売り……いや、受け継いだ考えってところかな。


「どうかした、タクミ君?」

「いや、なんでもないよ」


 ちょっと考え込み過ぎてしまっていたのか、不思議そうなユートさんに首を振る俺。

 そんな俺に、ニヤリと口角を上げたユートさん……これは、嫌な予感が。


「これからも、タクミ君は色々と変えていくんだろうねぇ。あ、一番はクレアちゃんを変えていくかな? そりゃもう、男女として……タクミ君色に染め……ぶっ!」


 俺の予感は的中し、クレアと俺の関係をからかうような言葉を続けようとした時、救いは訪れた。

 いつの間にか近くに来ていたルグレッタさんが、手刀……またの名をチョップという鉄槌を振り下ろしたからだ。


「閣下、真面目な話をしていたと思ったら、すぐそれですか。たまにはふざけずにそのまま終わっても良かったのですよ」

「でゅふふ……だって、なんとなくむず痒かったからさー。僕、真面目な雰囲気が続くと体調が悪くなるんだよね」


 でゅふふて……結構な勢いのチョップだったのに、楽しそうなのはどうかと思う、もはやいつもの事だけど――。



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