第1386話 食事は大勢でと提案してみました



「えっと、ちょっと気になったというかこういうのはどうかなというのがあるんです。その、食事をする時なんですけど……」


 俺やクレア、エッケンハルトさんとユートさんが揃って食事をする中、ルグレッタさんや屋敷の使用人、護衛さん達は待っているだけだった。

 お世話をするための使用人さんの一部はともかく、全員が全員待っている必要はないと思ったんだ。

 それに、従業員さん達もそうだったみたいだけどせっかくの食事時なんだから、お互いの交流を図るためにも一緒に食べた方がいいのかなって。


「別邸にいる時からなんですけど、一緒に食事をするのって俺とクレア、それからエッケンハルトさんやティルラちゃんといった、一部の人じゃないですか?」

「ふむ、そうだな」


 俺の言葉に、頷くエッケンハルトさん。

 薄々だけど、何を言おうとしているのかわかっているみたいだ。


「あんまり効率とかを求めるタイプじゃないんですけど……それなら、使用人さん達とか全員で一斉に食べる事はできないかなって。もちろん、本当に全員一斉にというのは難しいとは思いますが」


 料理をする人、運ぶ人など、数が多いだけに本当の意味で全員が一緒に食べるというのは難しいのはわかっている。

 それに俺自身、こうした方が効率がいいから、とそれを追い求めるタイプじゃないけど……別けて食事をするくらいなら、できるだけ一緒に食べた方がいいんじゃないかと思う。

 今は、俺やクレア達が食べ終わってから他の人達が、という順番みたいになっているし、それも一斉に食べるわけではないみたいだから。


 予定が立てやすそうなんだよな、できるだけ決まった時間に多くの人が食べるようにしたら。

 クレア達がまず最優先で最初に食べて、その後は働く使用人さん達の手が空いた順番に食べる……みたいな状態になっているから。


「全員で、ですか……成る程……」


 クレアは、口元に手を当てて考えている様子。


「さっきエッケンハルトさんは、俺が決めていいとは言いましたけど……クレアもいますし、貴族としてのしきたりみたいなものとかもあると思うんで、できればでいいんですけどね」


 貴族なのだから、こうしなければいけないなんて理由があったら、俺の考えは採用できそうにない。

 屋敷には俺だけでなくクレアもいるんだから、全て俺が決めていいわけじゃないだろうし……まぁ、希望の一つだな。


「特に我が公爵家は、厳密なしきたりなどはないな。ある程度、義務や家訓のようなものはあるが……それも少ない。タクミ殿も知っている、シルバーフェンリルに対してだとか、権力を私欲で振りかざさないなどだな」


 公爵家初代当主のジョセフィーヌさんと、シルバーフェンリルの関係があって敬うというのは何度も聞いたし、レオにもそう接してくれている。

 権力をというのは、以前森の探索をクレアが強制に近い形で行った時に話してくれた事だろう。

 要は、必要な時ならともかく私利私欲で、公爵家という権力を振りかざしたりしてはいけない、自分の望みをかなえるためだけに立場を利用しない……とかそういう部分だ。

 食事に関わるあれこれっていうのはないみたいだな。


「使用人と雇い主……貴族とその他の者とをはっきりさせるため、客といった例外を除いて別けて食事をするのが良しとはされているな。まぁ、決まりという程ではない」

「古くからある慣習みたいなものだね。僕はあまり推奨していないんだけど……身分差というのができてしまうと、はっきりさせたがる者。自己顕示欲が強い権力者とか出て来るから。国土を別けて、貴族として領地を治めるのに必要と考えるのだっている。裁量権が大きくなれば、身分としての差がでるのも当然なんだけど……それも国として必要だったから」


 エッケンハルトさんの言葉を継いで、ユートさんが言う。

 確かに、誰かにその領地を仕切る人物となってもらい、円滑に治めるためには必要な事なんだろうな。

 その時点でも、治められている領民から見ても、その人の身分が自分達より上だとなる。

 全員が本当の意味で上下なく、身分差がない……というのは理想で幻想だから、国としてまとめたうえで存続していくためには必要な事だというのは俺でもわかる。


 日本でも表面上というか建前として身分差はなく、人権が保障されているけど、会社や学校、人が集まるコミュニティでは自然と上下関係ができたりする。

 ヒエラルキーという程大袈裟ではないかもしれないけど、上司と部下、先輩後輩などだな。

 さすがに、食事を別けて立場をはっきりさせるなんて事は、ほとんどないが。


「閣下の言う通り、必要な部分と身分を誇示する者とが合わさり、慣習になってしまっているな。だからといって、それが決まりで絶対に必要というものでもない。以前この村でも行った宴会などでも、一部を除いて皆で飲み食いをしたくらいだからな」

「さすがに、全てでタクミ君の言うようにってのは難しいしできないけど、ここでくらいはいいんじゃない? 使用人や護衛、それ以外の人と近いと……まぁ、悪い事もあるけどいい事だってもちろんあるから」

「なら、食事は皆と一緒に食べる……全員は難しいけど、できるだけって事で。時間を決めて食べるように、の方がいいかな?」


 国とか貴族の全てを変える、なんて大それた事は考えていない。

 この屋敷で……俺の周囲で必要な時以外は皆で食べたい。

 人数が多いから、一度にというのは難しいだろうから、時間を決めて食べるようにした方がいいか。


 それなら、食べるのを忘れる人も少ないだろうし、予定も立てやすく料理を焦ってかき込んでといった人も減るんじゃないだろうか。

 これまで、そういった人がいたのか見ていないからわからないけど。

 でも、よく働いている姿を見かける使用人さん達は、そういった事もあるんじゃないかと思う。


「クレアは、どうだろう?」


 性格上、大丈夫だろうなと思いながらクレアにも聞く。

 俺一人の意見で、押し通すべき事でもないからな……エッケンハルトさんとユートさんが、妙に真剣な雰囲気を出しているけど、重要な案件という程でもないけども――。



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