第1362話 笑い袋には突っ込み役が必要でした



「はは、ははははは!! む、娘に、くふふ! 正確には娘の従魔だけど、それにぶふっ! 跳ね飛ばされて、フェンリルに助けられたと思ったら張り付、ぐっ、がは! げほ、ごほ! くくく……あー息が、お腹が……あははははは!」

「……ワフゥ」

「レオ、止めてみるか?」

「ワウワウ!」

「嫌か、そうだよなぁ」


 なんというか、笑い袋バージョンのユートさんは関わりたくないというか……何を言っても聞いてくれない気がして、レオも嫌がっている。

 確かに客観的に見たら、笑える部分も多かったかもしれないけど、それにしてもここまでツボに入るとは。

 どうしたものか……。


「あ……」

「ワフ……」


 ゆらりと、ユートさんの背後に近付く影。

 それを認めた瞬間、思わず声を出した俺とレオ……他の人達も何かを察したのか、一部のフェンリル達ですら、視線を逸らしていた。


「ぶ、ははは! がはっごふっ! お腹が、息が……」

「そのまま、永遠に息を止めてもいいんですよっ! 皆さんが困っているじゃないですか! それとうるさいです!!」

「んがっ!」


 相変わらず笑い続けるユートさんの背後に現れた影、大体は察しが付くと思うけどルグレッタさんだ。

 地面にくず折れて笑い続けるユートさんに対して、怒りの声と共に鞭を振るって思いっ切り頭をはたいた。

 って、鞭……? あぁ、馬用のを借りたのか……馬に乗っている護衛さんの一人が、手ぶらになっている。

 ユートさんは笑い声を収めて地面に倒れたけど、その表情は嬉しそうだから最初から狙っていたのかもしれない、意識もあるようだし、心配するだけ損だな、うん。


「侯爵様も、いつまでもフェリーに張り付いているのではなく、離れて下さい。フェリーも困っています」


 ルグレッタさんがそっとフェリーに近付き、エッケンハルトさんに声を掛ける。

 ユートさんに対しての怒気がまだ収まっていないので、俺から見てもちょっと怖い。

 こちらには向けられていないのにな。


「う、うむ。そ、そうだな、うむうむ」


 ぎこちなく、フェリーから離れるエッケンハルトさん……あぁ、動きがぎこちなく見えるのは、ルグレッタさんの怒気に当てられた事以外にも、体の痛みがあるのか。


「グルゥ……」

「驚いたでしょう? あぁいうときは、無理矢理引き剥がしてもいいのですよ?」


 ホッとした様子で鳴くフェリーを、優しく撫でる頃には、ルグレッタさんの怒気は収まっていた。

 俺達を含めた皆が困っているというよりは、フェリーが困っていたという方が重要っぽいな。

 ルグレッタさん、やっぱりフェンリル好き? ウルフを従魔にして悪事を働いていた奴らにも怒っていたみたいだから、狼好きとか? 犬好きに通ずる何かがあるのかもしれない。

 それはそうと……。


「一応、大丈夫ですか、エッケンハルトさん」

「一応というのは気になるが、まぁなんとかな。それにしても久しぶりだな、タクミ殿」


 痛みや調子を確かめるためか、左腕をグルグルと回しながらルグレッタさんとフェリーを見ていたエッケンハルトさんに声を掛ける。

 確認しなくても、平気そうなのは腕を回していた事以外にも張り付いたままだったので、わかっているからなぁ。


「はい。お久しぶりです。とりあえず、これを……と思いましたけど、傷とかはなさそうですね」

「いやいや、助かるぞタクミ殿」


 ともあれ、一応荷物の中から取り出して持っていたロエをエッケンハルトさんに渡……そうとしたけど、パッと見外傷がなさそうだから不要そうだなと、手を引いたら掴まれた。

 そのまま少し強引目にロエを受け取るエッケンハルトさん。

 まぁ、最初から渡すつもりだったからいいんだけど……。


「うむ、やはり切れていたか。さすがラーレ、カッパーイーグルと言うべきか」

「成る程、服に隠れていたんですね」


 多分、さっき腕を回して確かめた時に自分でも気づいたんだろう。

 左腕の袖を捲ると、肘と手首の間に一筋の赤い線が走っていて、そこから血が滲んでいた……ラーレに激突された時に切れたのだろう。

 ……服は切れていないのに、腕の一部だけは切れているのはどうしてだろう? という疑問より、あれだけの勢いで跳ね飛ばされてそれだけで済んでいるエッケンハルトさんへの驚きの方が大きい。

 人によっては、骨が折れていてもおかしくないくらいの勢いだったのに。


 あれか? コントとかギャグみたいなでき事だったから、大きな怪我はしないとかか?

 なんて考えが浮かんだけど、そんなわけあるはずがないか。

 単純に、エッケンハルトさんが丈夫で当たった瞬間に、飛ぶ方向に飛んで衝撃を和らげたとかそういう事だろう……そんな余裕があったかはともかく、それくらいはしてのけるくらいの達人だからな。

 あと、当たったラーレの羽毛が柔らかいおかげとでも思っておこう。


「ふむ、少々ぶつかった部分が打たれたような痛みが残るが、それくらいか。助かったぞタクミ殿」

「いえ……」


 手際よく、ロエの葉肉部分を露出させたエッケンハルトさんが、傷の手当をして再び体の調子を確かめる。

 打ち身のようにはなっているみたいだ。

 お礼を言われたけど、見た感じ傷よりも打ち身の方が痛いんじゃないだろうか? 平気な顔をしているから、問題はなさそうだけど。


「して、タクミ殿。久しぶりの再会を喜びたいのだが……」

「それは俺にはどうしようもありません。諦めて下さい」


 俺の後ろに視線をやって、動きを止めたエッケンハルトさん。

 そのこめかみからつつぅ……と流れる汗は、走って村から出てきた事や、ラーレに跳ね飛ばされたからではないだろう。

 とりあえず、懇願するような目をしてなにやら頼もうとしたエッケンハルトさんの言葉を遮って、無駄な抵抗はしないよう促す。

 俺には、止める事はできないんです……。


「まだ何も言っていないではないか。そう言わず、頼む……クレアを、止めてくれないか……」

「できません」


 それでも言い募るエッケンハルトさん。

 俺の後ろ……なんとなく不穏な気配が漂っている事や、エッケンハルトさんの反応から察していたけど、クレアがいるのだと思う。

 けど、ティルラちゃんを叱っていた剣幕を思い出すと……俺には何もできそうにない。

 素直に怒られるのが、一番楽な方法ですよエッケンハルトさん!



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