第1363話 なんとか無事に合流できました



「タクミさん、すみません。お父様がご迷惑を……」

「いやいや、俺は特に何も。ただ様子を見に来たくらいで……ロエもほとんど必要なかったみたいだし」


 後ろからの声に振り返ると、申し訳なさそうにするクレアがそこにいた。

 あれ、思っていたのと違う……もっと満面の笑みだったり、冷ややな目をして底冷えする声を想像していたのに。

 って、俺はどんな目でクレアを見ているのか。

 でも何度か見かけた事のある、クレアがエッケンハルトさんを叱る時は、大体そんな感じだったんだけど。


「はぁ……ルグレッタさんに感謝して下さい、お父様。ユート様もそうですが、あれで気勢が削がれました……」


 溜め息と共に、感情やらなにやらを吐き出したように見えるクレア。

 どうやらユートさんとルグレッタさんのやり取りなどで、起こる気力が萎えたらしい。

 先にティルラちゃんを叱っていたから、そのおかげもあるかもしれない。

 クレアって、わりと怒りが持続しないタイプだからなぁ、多分……それだけ、優しいって事なのかもな。


「む、お? た、助かったのか? はっはっは、クレアも以前とは違っているのだな!」

「……お父様は、私に怒られるのがお望みで?」

「い、いや。そんな事はないぞ? うむ。すまなかった」

「はぁ……」


 叱られないとわかって、急に元気になるエッケンハルトさん……余計な事を言わなけばなぁと思わなくもない。

 でもまぁとりあえず、事なきを得たってところかな。

 溜め息を吐くクレアは、もう怒ってはいなさそうだし。


 その後、ルグレッタさんがユートさんを引き立て……もとい、自分の乗っていたリルルに乗せ、エッケンハルトさんの護衛さんも合流して、セバスチャンさん達との挨拶を交わした後、改めてランジ村へと向かった。

 リルルに乗ったルグレッタさん、前にユートさんを乗せて後ろから抱き着くような恰好……あ、見てたらこっちに気付いて少しだけ距離を離していた。

 意外と、ルグレッタさんもちゃっかりしているなぁ、堪能したようで何よりだと思っておこう。

 エッケンハルトさんやクレアは馬車に乗るかと思ったけど、もう距離も近いしという事で、歩いて行くようだ、まぁ、数分程度の距離だからな。


 ちなみに、クレアに叱られたティルラちゃんは、すこしだけ落ち込んでいた様子だけど、エッケンハルトさんと再会して抱っこというか、高い高いみたいな事をされて喜んでいたので、気を取り直したようだ。

 ラーレはレオからも注意されたようで、コッカー達に慰められていたが。

 まぁ、大きな怪我はなかったにしても、人を……それも大柄な部類のエッケンハルトさんを跳ね飛ばすくらいの勢いだったんだから、注意はしておかないとな。

 事故はやっぱり怖い。


「それにしても、本当に大きな建物がありますけど……あれは一体なんなんですか?」


 ランジ村に向かって、レオに乗ったリーザを右横に、左横にはクレアとエッケンハルトさん、さらにティルラちゃんと並んで歩きながら、気になっていた事を聞いてみた。

 先にランジ村に行っていたんだから、知っているはずだし……そういえば、ユートさんも来ていたはずだし知っていてもおかしくないんだよな。

 でもユートさんから何も言われていないのは、重要じゃないからなのか。


 ラーレは反省中で、項垂れながらフェリー達と一緒に歩いている。

 セバスチャンさん達使用人さんは、馬車の御者や、何事かと様子を見ていた従業員さん、子供達に状況を話しているみたいだな。


「あれか? 驚いたろう、あれは宿だ」

「宿……? 宿ってその、旅人とか村に訪れた人が泊まる、あの宿ですか?」

「それ以外に宿があるかは知らんが、その宿だ」


 エッケンハルトさんが得意気に教えてくれるけど、宿……?

 俺の知っている宿と同じなのか確かめてみると、頷きが返ってきた。

 入り口付近で、ハンネスさんやロザリーちゃん達と思われる人達が、おろおろしているのがはっきりと見えるくらいの距離で、宿の全貌……という程大袈裟じゃないけど、全容が見えているんだけど。

 宿ってあんなに大きい建物だったかなぁ? いや、日本の大きなホテルとかよりは小さいけど、ラクトスで見た事のある宿に使われていたどの建物よりも大きいぞ?


 それこそ、ラクトスで上等な部類らしい大きめの宿が、三軒くらいすっぽりと入りそうなくらいだ。

 窓からして三階建てのようだけど、それぞれの階の縦幅が広いうえ、横にも大きい。

 レオが入っても、以前の屋敷と同じように歩きまわれそうな広さがありそうだ。

 よく見ると、村を囲んでいる木柵代わりのレンガ作りの壁は、以前来た時よりも広がっているみたいだから……村を拡大したのか。


 まぁ、村の周辺になにかがあるわけでもなく、改めて柵や境目を作るなら、簡単に拡張できるんだろうけど。

 でもあれだけの大きさの宿、どれだけの人数が入るのか……部屋数次第だが、少なくとも百人以上は楽に宿泊できそうだけど、そもそもそれだけを収容する意味があまり……。


「宿であの大きさって……あれは村の者達が?」


 クレアも宿と聞いて驚いている様子。

 ランジ村の人たちが作ったにしては、もう完成しているだろうと思われる宿は、規模が大きすぎる気がする。


「いや違う。以前にも言っていただろう……いや、言ったのはユート閣下だったか。ランジ村に宿が欲しいと」

「そういえば、そんな事も……」

「それでな、ついでだと思って作らせたのだよ。私もそうだが、閣下も村には来るようだったからな。広めの部屋でちゃんとした物を用意すれば、要人でも泊まれるだろう?」


 つまり、王侯貴族……要人が泊まるための部屋もある、というかそのために用意したとも言えるのか。

 エッケンハルトさんが作らせたのなら、あの大きさも納得だ。

 納得? いやまぁ、大きさが必要かどうかはともかく、突然現れたとさえ思うくらい早い期間で作れたのが、だな。


「……新しく作った屋敷に、お父様達が泊まれるだけの部屋は用意しているのですが」


 セバスチャンさん達と間取りを決めた時、別荘であるこれまでいた屋敷と同じように客室は用意してある。

 それに、特別室というかエッケンハルトさんのような貴族も泊まれるような部屋は、作ってもらっているから、宿は必要ないはずなんだけど。

 エッケンハルトさんとユートさん、事あるごとにランジ村に来そうな気配だったし、今こうして実際来ているわけだしな――。



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