第1294話 遅れて合流した人もいました



「え、あ、はぁ……わかりやした。えっと、ティルラ様ですね? あっしの事はさんを付けて呼ばなくても結構ですぜ。なんというか、背中がかゆくなるんで……」

「では、ニックで! えっとですね……」


 丁寧に呼ばれるのはあまり好まないニック……まぁ、性格や見た目から想像は付くか。

 ともあれ、思った通りスラムの話を始めたティルラちゃん、ニックも真剣に答えて行っているようだ。

 同行者の中にいるアロシャイスさんを、アルフレットさんに呼んでもらって一緒にニックの話を聞くよう頼んでおく。


「ちょ、あまりくっ付かれては……」

「ふふふー、それがニコラさんの護衛時の姿なんですね。クレア様のお屋敷にいた時とも違って凛々しくて素敵です。クレア様とタクミ様のように、私達も……」


 エメラダさんと一緒に合流して挨拶を終えていたコリントさんは、護衛さん達の中からニコラさんを発見してまとわりつい……いや、話しかけている。

 コリントさん、すっかり押せ押せモードだなぁ。

 一部の護衛さん達から羨ましそうな視線が向けられているのは……ニコラさんは気付かない方がいいかもしれない。

 視線を向けているうちの一人、護衛さん達をまとめる立場にあるはずの人はというと……。


「……何故だ、何故ニコラばかり……さっきは、ほとんど俺に注目する視線もなかった」

「当然でしょう、先程のはクレアお嬢様とタクミ様のお披露目です。レオ様やフェリー達もいるのに、フィリップさんに注目が集まるわけがありません」

「くっ! こんな色男がいるというのにっ!」

「……そんな事を言っているからでしょうに、はぁ。あと、地が出ていますよ。これから街の外に出るのです。いくらレオ様やフェンリル達がいるからと言って、私達が気を抜いて良いわけではありません」

「おっと……そういうヨハンナも、クレアお嬢様達の馬車に同乗して随分と気を抜いていたようだが? エルミーネさんが漏らしていたぞ?」

「あ、あれは……目の前に仲睦まじいお二人がいるのです。念願叶ったあのお二人を前に、気を抜かないというのが無理というもの」


 ヨハンナさんと話して悔しがったり、落ち込んだりと忙しい様子。

 フィリップさん……半分くらいは冗談交じりではあるんだろうけど、同僚で同じ孤児院出身のニコラさんがモテている状況に、本気で悔しがっているような気もする。

 ランジ村に行ったら、相談に乗ってあげた方がいいかもしれないと考えるのは、俺にもクレアという恋人ができたからか。

 あとヨハンナさんには、俺とクレアを見ても気を抜かないようにお願いしたい……。


「遅れて申し訳ありません、タクミ様!」

「申し訳ありません!」

「ガラグリオさん、リアネアさん。いえ、出発までもう少しかかりそうですから、大丈夫ですよ」


 東門ラクトス内広場に、男女が駆け込んできてガバっと頭を下げる。

 合流予定で、まだ来ていなかったガラグリオさんとリアネアさんだ。

 この二人は、ラクトスではなく近くの村に別々で住んでいたから、ランジ村には後から来る予定だったんだけど、俺達が移動するのに合わせて一緒にとお願いされたかたちだ。

 なんでも、できるだけ俺の近くでお役に立つため……と言ってくれたんだが、怪我の後遺症を治した事をそこまで恩に着る事はないと思う。


「え、タクミ様とクレア様が!?」

「是非とも見たかったです!」

「いやでも、特別な恰好……はクレアがしていたけど、特別な事をしたわけじゃないんですよ?」

「「それでもです!」」


 遅れてきた二人は、俺とクレアがさっきまでレオに乗ってラクトス内を闊歩していた事を知って見たがった。

 エメラダさんも、荷物を運んだりとかがなければ見に行ったのにと、悔しがっていたっけ……あの人は、クレアとレオやフェリー達を見るのが目的っぽいけど。


「タクミ様のおかげで、先程のように走ってここまでこれたのです」

「そうです、その恩人であるタクミ様と、クレア様の晴れ姿……あぁ、何故もっと早く私は起きれなかったのか!!」

「楽しみにしていたからなぁ、俺もだが」

「ははは……」


 二人に詰め寄られながら、どれだけ見たかったかを力説される。

 ガラグリオさんとリアネアさんは、それぞれ別の村出身だけど俺達と合流して一緒にランジ村に行く事が決まってから、早めにラクトスに来て待機していたらしい。

 同じ俺に怪我の後遺症を治してもらった者同士で仲良くなり、同じ宿に泊まっていたんだとか……さすがに、部屋は違うみたいだが。

 けど移動日前日になり、楽しみになり過ぎて昨夜はよく寝られなかったため、二人共寝坊してしまったらしい……。


 遠足前の小学生か! というツッコミは、喉元まで出かかって抑えた。

 俺に会えるのが楽しみ……という気持ちは嬉しいけど、寝る時はちゃんと寝て欲しい。

 安眠薬草を渡しておいた方がいいのかな? と考えたけど、それはランジ村に着いて様子を見てからだな。


「タクミさん、お待たせしました」


 少し後、クレアがドレスを着替えて森に行く時と同じ格好になって戻って来る。

 後ろには着替えを手伝っていたんだろう、エルミーネさんもいた。

 東門の詰所の一室を借りて着替えたんだけど、ドレスはラクトスの人達に俺といるところを見せるためだったようだ。

 まぁ、これから数日間はランジ村に向かって移動するだけだから、動きやすい恰好の方がいいよな。


「やっぱりちょっと残念かな、ドレス姿のクレアは綺麗だったから。でも、今の服もそれはそれで活発的で可愛いと思うし……」


 ドレスの時は誰が見ても、貴族のご令嬢だと納得する気品のような物も漂っていて、正直なところ近付いて話すのも緊張するくらいだけど。

 皮製の胸当てのような物を身に付けてポニーテールになったクレアは、ドレスを着ている時や屋敷にいる時よりも活発的な印象だ。

 どちらもクレアに似合っているから、ドレスじゃなくなって残念な気持ちはあれど、両方を見られるのは役得なのかもしれないと思う。


「タ、タクミさんったら……もう。ですけど、ランジ村ではタクミさんが褒めてくれたドレスでずっといようかしら?」


 ちょっと失礼かもと感じつつも、関係が変わったからか特別に見えるクレアを見て考えていたら、何やら照れつつもチラチラと上目遣いをするクレア。

 もしかして、今の俺が考えていた事って……?



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