第1277話 疲れていた理由は別にあったようでした



「まぁ、常に一緒にいてずっとクレアだけを見ているわけにはいきませんけど……」

「ほっほっほ、常に一緒にお二人でおられる姿も見たいものですな。ですが、確かにタクミ様の仰る通りで……旦那様の事を知った直後はともかくとして、すぐにまた笑顔に戻られました」

「やっぱり……」

「ですが……はぁ……あれ程の眩しい笑顔と、表情に見合わないお叱りを受けていますと、やはり少々老体には堪えるものがありましてなぁ……」


 セバスチャンさんに詳しく聞いてみると、クレアは結局ずっと怒っていたわけではなく、すぐにまた朝食時のような状態になったらしい。

 ただそれでも、口から出る言葉は怒り……というか注意や叱るためのものだとか。

 昨夜の様子から、クレア自身が皆に見られていて恥ずかしいとか驚きはあったにせよ、怒っている様子は全然なかったからな。

 使用人さんから気にされていた事も、わかっていたんだと思う……花瓶に付けたレースのリボンもあるし。


 ただ、叱る中で俺に関する話もかなりの割合で出ていたから、この部屋に来たセバスチャンさんから疲れているような印象を受けたのは、胸やけ気味だったみたいだ。

 そりゃ、説教の傍らでのろけも並行されたら、疲れた顔にもなるか……俺としては嬉しいやら恥ずかしいやらだが。

 あと、それで老体に堪える理由はよくわからない。

 とりあえず、これからは覗き見のような事はせず、そっと見守る事にしますとセバスチャンさんから言われて今回の話は終わった。


 俺とクレアが、誰かほかにもいるのに見せつけるような事をしなければ大丈夫だって事だな、多分。

 ……まぁ、なんというか……今朝みたいに、二人の世界に入っちゃいそうだから気を付けよう。

 あんまり自信はないけど……多分これは、クレアも同様だと思う。


「ライラさん、もう少しだけ体力回復薬は考える必要があるかもしれませんね……」


 謝罪に来たセバスチャンさんが退室した後、部屋で寝ているレオ、リーザ……ついでにフェヤリネッテを見て呟く。


「かも、しれません。私からミリナに伝えておきます」


 同じく、レオ達を見たライラさんも俺と同意見のようだ。

 寝ているレオ達は健やかで気持ち良さそうなのはいい事なんだけど、想像以上に眠気を誘発する効果が表れているようだ。

 レオなんて、飲んですぐは特に眠気は感じないみたいな事を言っていたのに、いつの間にか丸くなって寝ていたし……薬とは関係なく昼寝かもしれないけど。

 リーザやフェヤリネッテからも、どれくらいの眠気が来たのかなど起きたら聞き取りする必要がありそうだ。


「……いえ、俺から言いますよ。こういう事を伝えるのも、責任のうちの一つですから。それに、一緒に考える事も必要かもしれませんし」

「畏まりました」


 お願いしてばかりで、ミリナちゃんが大変かもしれないけど……運営する者として、そもそもの薬草を作った張本人として一緒に考える事も含めて、話をするのは俺でありたい。

 寝てしまう薬は扱い方次第で危険だ。

 薬草や薬を販売するうえで、真っ先に売り出さない物として安眠薬草が上がったくらいだからな。

 抗えない程じゃなくとも、強い眠気を感じて熟睡する……と考えると悪い使い方なんていくらでもある。


 少なくとも、誰でも買えるようにして広く売り出すのは控えた方がいいのは間違いない。

 他の薬草もそういった危険性がないか考えたが、安眠薬草程の反対はなく……ただ、『雑草栽培』の事を広めないために、そして大きく市場の混乱を招かないために薬という形で売り出すと決まったんだけども、


「とりあえず、調整ができるかどうか……できなければ、怪しい人には売らないとかですかね」

「そうですね……悪事を働く者に対しては、調べて捕まえ処罰する事になります。そもそもにそう言った使われ方、特にタクミ様の作った薬草を悪事に使われるのは許せません。販売する際には、注意深く相手を見定める必要があるでしょう」


 鋭い目になったライラさん。

 俺が作った薬草が使われる事が許せない、とまで言ってくれるのは嬉しいけど……ちょっと怖いので、レオかリーザを撫でて落ち着いて欲しい。

 今のところはまだ想像だけで、実際に使われたわけじゃないんだし。


 そもそも、リーザ達はともかく人間には深刻な眠気を催すわけじゃないのは、試したライラさんもわかっているはずだ。

 あくまで、もしかしたら使われるかもしれない……という可能性の話だ。

 まぁ、明日にでも売り出すわけじゃなし、詳細は今すぐじゃなくていいだろう。


「とは思ったけど……ちょうど、鍛錬する頃合いかな」

「そうですね」


 ふと机に置いてある時計を見て、いつも鍛錬する時間を少し過ぎているのに気付いた。

 急ぐわけじゃなくても、話すなら早い方がいいし……鍛錬の前にミリナちゃんに話すくらいならいいだろう。

 こういうことは早めに伝えておいた方がいいからな。


「じゃあ、ついでにミリナちゃんにも話しておきますよ。レオやリーザは、ライラさんに任せます」

「畏まりました。見守らせて頂きます」


 寝ているレオ達は任せておけば大丈夫だし、ライラさんならリーザが起きてもぐずる事はなさそうだ……起きたらすぐに連れて来てくれるだろうからな。

 鍛錬に使っている木剣を手に取り、裏庭に向かう俺を見送るライラさんは……手がワキワキと動いていたので、見守っている最中はレオやリーザを撫でる気満々なんだろう。

 最近、特にリーザを起こさない程度に優しく撫でる方法を編み出したとか……まぁ、存分に撫でて癒されて欲しい。

 リーザ達も、撫でられるのは好きだからな――。



 ――ミリナちゃんと話し、いつも通りの鍛錬をティルラちゃんとこなし、起きてきたレオ達と合流したりとしているうちに、夕食の時間になった。


「クレアの方の準備は、進んでる? って、んん?」

「はい、明日にも終わる予定ですね。少し悩んで……タクミさん? そ、そんなに胸ばかり見られると……!」

「あ、いや! そういうわけじゃないんだ、変な意味はなくて……」


 夕食を食べながら引っ越し準備の進捗を聞く途中、クレアの胸元が気になって凝視してしまう。

 クレアの言う悩んでいるというのも気になるが、今は胸元の方が重要だ。

 いや、勘違いされているけど本当に変な意味じゃなくて……男として注目したい気持ちはあるけど、さすがに真正面からジッと見つめたりはしない。

 ……こっそり見ればいいってわけでもないけど――。



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