第1276話 妥協案を出しておさめました



「……今後は、もう少し穏便に。というか、できるだけ俺やクレアがわからないように見守って頂けるとありがたいですね」

「邪魔をするな、とは申されないのですか?」

「いやー……それは無理だとわかっていますから」


 いつもレオやリーザと一緒にいるし、誰にも見られずにクレアと密会……というのは無理だろう。

 そもそも、内緒にする関係じゃないし、見せつけたいわけじゃないが隠すような事はしたくない。

 それでクレアに、嫌な思いなんてさせたくないからな。

 俺もクレアもこれから先……これまでもだけど、周囲に使用人さんが多いのが当たり前なんだから、そもそも隠す事自体が不可能だ。


「それに……」


 そう言って、おとなしくベッドの横でお座りしていたレオに近付き、手を伸ばす。


「どうされたのですか?」

「いや、ちょっと……レオ、少しそのままで」

「ワフ」


 詳しい説明は見てもらえればわかると思い、こちらを見て首を傾げるセバスチャンさんには適当に誤魔化してレオに声を掛けた。

 そして、レオの体に手を伸ばし、柔らかい体の毛に手を触れさせて……いた!


「ちょ、ちょっと! いきなり何するのよう! 痛いじゃないのよう!」

「ごめんごめん、ちょっと無理矢理になっちゃった。痛くするつもりはなかったんだけど……」

「フェヤリネッテ殿、ですか」


 レオの毛をかき分け、手探りで探し当てたのは妖精のフェヤリネッテ。

 引っ張り出す時、レオのとは違うモコモコな毛を無理に引っ張ってしまったからか、痛がらせてしまった。

 フェヤリネッテ、レオの毛にしっかり捕まっているもんだから……というか、コッカーについばまれた時やレオに飛ばされてスーパーボールよろしく跳ねていた時は、あまり痛そうな様子は見られなかったのに、引っ張られると痛いのか。

 覚えておこう……役に立つかわからないけど、ゲルダさんにイタズラした時のために。


「フェヤリネッテが、こうしてずっと見ているので……人間の男女に興味があるみたいですし、観察されていて」

「成る程……既に見ている者がいるから、他の者が見ても同じだと」

「そう言う事です」


 だからといって、じっくりと使用人さん達に観察されるのは恥ずかしいし止めて欲しいけど、俺やクレアが気付かないくらいで見守られるくらいなら問題ない、多分。

 それくらいならクレアも許してくれるだろうし、使用人に囲まれて過ごして来ているから、わかってくれると思う。


「例に出すのに、わざわざ私を引っ張り出さなくてもいいじゃないのよう……」

「いやだって、呼んでも出て来なかっただろう? 体力回復薬を飲んで寝ていたし」

「……バレているのよう」


 昨日ラクトスまで行った時から、ずっとレオに取りついていたフェヤリネッテ。

 レオ自身は気にしていないようだし、潰さないよう気を付けてもいるみたいだけど……フェヤリネッテは観察するといいつつ、レオの毛に包まれるのが気持ちいいらしく、昨夜も部屋に戻って確認した際にも健やか寝息を立てていた。

 自前のモコモコの毛があるのにと思わなくもないが、それとこれとは別なんだろう。

 余談だったな……。


「あ、レオ様が飲まれた時に……」


 俺の言葉に、バツの悪い表情をするフェヤリネッテ。

 ライラさんは体力回復薬と聞いて、思い当たった様子……セバスチャンさんはさすがに、よくわからないといった表情だけど。

 レオの口に体力回復薬を流し込んだ時、横からこぼれた少量の液体。

 近くで見ていた俺には、それが床に到達せず途中で消えたのを見ていた……レオとずっと一緒にいた、フェヤリネッテがわざわざ姿を消して、こぼれた液体を飲んだんだろう。


 ちなみに、フェヤリネッテのモコモコの毛は湿っているのが、見てすぐわかる程で……姿を消せる事とあの場面を見ていたらなんとなくわかる。

 確実にレオの口から液体がこぼれたはずなのに、床が塗れていなかったし、汚れなどを気にする使用人さんなら今のフェヤリネッテを見ればわかるだろう。

 まだ眠そうに眼を擦っているし。

 体力回復薬には眠気を誘発する効果があり、体の小さいフェヤリネッテにはレオがこぼした量で十分だったんだろう……姿を消した状態だと周囲がはっきり見えないので、頭から被ってしまったようだけども。


「こうして、フェヤリネッテがレオの毛を気に入ったのか……本当に観察する気があるのかは疑問ですけど、最初から見られているようなものですから。昨夜のように覗き見したうえで、俺達にバレるようにしなければってところですかね」

「成る程……畏まりました。今後のクレアお嬢様とタクミ様のご関係は、密かな楽しみとして見守らせて頂きます」

「密かな楽しみにされるのも、恥ずかしいですけどね……」


 セバスチャンさんに苦笑して、とりあえず今回の事はこれで終わりとする。

 元凶のエッケンハルトさんはともかく、一応は指示を受けただけのセバスチャさんをこれ以上責めるのは気が咎めるから。

 ……俺やクレアに怒られる事も、セバスチャンさんなら織り込み済みで楽しんでそうではあるけど。


「あ、そういえば」

「どうしたのよう。って、いい加減離して欲しいのよう!」

「あぁ、ごめんごめん」

「まったくなのよう……」

「ワフゥ」


 ふと思い出し、声を漏らした俺にモコモコの毛を掴まれたままのフェヤリネッテが、ジタバタとして抗議。

 眠気は覚めたらしい。

 手を離すと、ブツブツ言いながらもふわりと飛んで、またレオの毛に張り付いたのは……本当に気に入ったらしい。

 それはともかくとして。


「本当にクレアは、セバスチャンさんに怒ってばかりでしたか?」

「と、言いますと?」

「いえ……今朝の様子やレオ達からの祝福の事を考えると、いくらエッケンハルトさんの事があったとしても、クレアが怒ってばかりというのもあまり想像できなくて……」

「さすが、ご慧眼ですな。クレアお嬢様の事をよく見ておられます」


 俺の疑問に、苦笑いを漏らして認めるセバスチャンさん。

 今朝の様子……ティルラちゃんにおかしいとまで言われた、一口食べるたびに笑みを漏らしていた事。

 さらに、レオやフェンリル達からの祝福を受けた事などを考えると、怒りでいっぱいにはならないんじゃないかと思った。

 これがまだ俺が告白する前、とかならともかくな――。



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