第1253話 本命のプレゼントも渡しました



「……そうだったんですね。屋敷の者達にも、お礼を言わないと」


 リボンの事を聞いたクレアは、改めて目を細めて微笑み、愛おしそうにレースを撫でる。


「そうだね。おかげでこうして、クレアを喜ばせる事ができたよ」

「もう、タクミさん……今日はいつもと違って、恥ずかしい事ばかり……」

「嫌かい?」


 なんというか、いつもの俺はどこに行ったのか? と疑問に思ってしまう程グイグイ行ってしまうけど……。

 皆からの応援と、俺自身の意気込みがあるからだろう……普段の俺なら、誰にでもこんな事を言っていないし、言えない。

 緊張感もちょうどいい感じだし、多分昼に長距離を走って戻って来てから鍛錬をやった事で、疲れて力が抜けているおかげかもしれないな。

 今日は、『雑草栽培』は使ったけど薬草は何も自分に使っていないから。


「……そんなわけ、ないじゃないですか。嬉しいに決まっています……」


 クレアは、俺が渡した薔薇の花で顔を隠すようにしながら、小さく呟いた。

 照れているらしい。


「それから……」

「……え? まだあるんですか?」

「実はこっちが本題というか……」

 

 もう一度、テーブルの下に手を伸ばして、隠してあった物を取り出す。

 キョトンとした様子のクレアだけど、俺としてはこれからが本番だ。

 花瓶や薔薇は、これまでの感謝を込めたプレゼントで、待たせてしまった事のお詫びでもある。

 渡す直前、ランジ村に行ってからとクレアが言っていたように、俺に対して我慢していた事があったのかもしれないし、その謝罪も込めてだ。


「クレア、これを」


 俺からクレアへ、隠していた物の布を解いて中にあった箱を開けて見せる。


「綺麗……こ、これもタクミさんが?」

「うん。薔薇の花は、これまでの感謝とかを込めて。で、こっちは俺の気持ちを込めて……」

 

 箱の中に入っている物を見て、感嘆の息を漏らすクレア。

 それは、飾りが花が咲いている形になった宝石のネックレス。

 雑貨屋でありながら、高級品のコーナーにあった物から選ばせてもらった……まぁ、いくらかかったかなんていうのは、野暮な話だ。


「クレア、後ろを向いてくれるかい? あ、花はテーブルに置いておこうか」

「あ、は、はい……」


 ずっと花瓶を持っているのもと思い、テーブルに置いてもらうよう促して後ろを向いてもらう。

 箱から取り出したネックレスを持ち、そっとクレアに後ろからかけて付ける。

 慣れていないながらももたつかず、スムーズに行ったんじゃないだろうか……このために、リーザからもらったネックレスで練習したからなぁ……。

 さぁ、ここからが一番の正念場だ。


「クレア。そのままで聞いて欲しい」

「はい……」

「この世界に来て、クレアと出会って、大変な事もあったけど……でも、ほとんどが楽しい事ばかりだった。それは、セバスチャンさんやライラさん達のおかげでもあるけど。一番は、いつも一緒にいてくれて、一緒に考えて、一緒に話をしてくれたクレアがいたからこそだと思う」


 ネックレスを付けたクレアが、振り向かないようにお願いしつつ、後ろから言葉をかけて行く。

 卑怯かもしれないけど、このままの状態でクレアに聞いて欲しかった。

 正面から目を見ると、思いが溢れて言葉になるか怪しかったから……。


「クレア……その……好き、です。許してくれるのなら、これからもどうか、一緒にいて下さい。一緒に、色々な物を見て、笑って、話をしたい……です」

「タ、タクミさん……」


 さすがに、決定的なセリフはたどたどしくなったし、妙に丁寧な言葉に戻ってしまった。

 けど、俺の想いをちゃんと言葉にして伝えているつもりだ。


「もしかしたら、クレアにはもっと相応しい人がいるのかもしれないけど……」


 これは、余計な事とわかりつつも俺の心の中にある、自信のなさだろう。

 以前よりは大分マシになっている実感はあるけど、思わず口を突いて出てしまった。


「いえ、いえ……そんな。タクミさん以上に相応しいと思える人なんて……それどころか、私の方が相応しいかと……」

「クレアは、すごく魅力的な女性だよ。魅力的過ぎて、俺にはもったいないって思ってしまうくらいなんだから」

「……そ、そんな……」


 俺の言葉を聞いて、肩を震わせて俯くクレア。

 後ろからなので表情などはわからないけど、もしかしたら泣いているのかもしれない。

 ……泣かせてしまったら、後でエッケンハルトさんとセバスチャンさんが怖いな……なんて、二人の顔が思い浮かんだ。

 でも、今は余計な事なのですぐに打ち消す。


「だから……だから……えっと……その……」


 続く言葉が出ない。

 言おうと思っている事、言いたい事はいっぱいあるのに、言葉が口から出て来ない。

 あぁ、クレアだけじゃなくて、俺も震えていたのか……。

 ラクトスまで走った時よりも、全身が疲れ切って息をするのすら面倒だった時よりも……ずっとずっとクレアの事を考えている。


 クレアの事しか、考えられなくなっている。

 なんでだろう……思いを伝えようとして、実際にクレアに伝えているからだろうか。


「タ、タクミさん?」


 俺の様子に、疑問の声を上げるクレア。

 その声を聴いた瞬間、頭の中……いや、心の中で何かが振りきれた気がした。


「ごめん、クレア!」

「きゃっ!」


 逆らい難い衝動、抑えきれない衝動に突き動かされて、謝りながらクレアを抱き締める。

 悲鳴を上げるクレアには申し訳ないけど、こうしないと俺の中で何かが爆発しそうだったから。

 ……何が爆発するのかは、俺もわからないけど。


「ごめん、驚かせてしまったし、嫌かもしれないけど少しだけこうさせて欲しい……」

「い、いえその……私としてはむしろ、いえ、あの……その……」


 後ろから抱き締めたまま、もう一度クレアに謝る。

 月明かりと少しの照明でもはっきりとわかるくらい、クレアの首元が真っ赤だ。

 クレア本人も、いえあのというだけほとんど言葉が出てきていない様子……そりゃ、驚くのも無理ないよな。

 でも、本当にクレアには悪い事をしている自覚はあるし、申し訳ない気持ちもあるんだけど、しばらくこのままで話させて欲しい。


「……クレア、本当にクレアの事が好きだ。急にこんな事をして、嫌われるのは凄く凄く怖いけど……でも、こうしないと、こうしたいと思う程、クレアの事が好きなんだ」


 すごく自分勝手な事を言っているのはわかっている。

 急に後ろから抱き締めて、そうしておきながら嫌われたくないとも言っているようで……。


「……タ、タクミさん。その……私は……」

「何度も言うけど、ごめん。もう少しこのままで……」

「はい……」


 何かを言おうとするクレア。

 それを遮って、自分の気持ちを落ち着かせるためだけに謝り、少しだけ、ほんのひと時でも長引くように、お願いする。

 一つになった影がじっと動かず、ただただ静かに時が過ぎるのを待っているその光景を、月だけが優しく照らしてくれているような気がした――。



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