第1252話 花を生けた花瓶を渡しました



「全部、任せるのはちょっとどころじゃなく情けないから。ちょっと待ってね……」

「え、えっと……タクミさん?」


 安心させるように声を掛けながら、テーブルの下に隠していた物を取り出す。

 急にしゃがみ込んで何かをし始めた俺を見たクレアは、戸惑った声を出していた。


「その……これ。これまでの感謝の気持ちと思って、受け取って欲しい」

「わぁ、綺麗ですね……」


 以前、髪飾りを渡した時にしどろもどろになり、セバスチャンさんに発破をかけられたのと同じにはならないよう気を付けて、取り出した物をクレアに渡す。

 それは、ハインさんの雑貨屋で買った白い花瓶に、『雑草栽培』で作った植物を切り花にして生けた物。

 さらにプレゼント用に赤いレースのリボンを結んである。


「これ、薔薇ですか? 見た事がない色ですけど」

「うん」


 生けてある切り花は薔薇。

 幾重もの花びらが重なっている薔薇の中心付近は黄色く、外側に向かう程淡く白くなっていっている。


「白薔薇なんだけど、完全に咲く前は少し黄色い花びらが残っているんだ。なんというか……クレアの髪の色に似ていて綺麗だなって」

「私の……」


 タイニーライトの色を選ぶ時にも言ったけど、輝くようなクレアの髪は明るい金髪。

 黄色にも見える時があり、俺の中では近い色という認識になっている。

 さすがに、全く同じような金色の花はないだろうから……というより思いつかなかったため、黄色い花弁を持つ薔薇になった。


「あと、その花の名前って、この世界ではわからないけど……俺の世界ではクレア・オースチンって呼ばれているんだ」

「クレア・オースチン……それってもしかして?」

「うん。クレアの事を思い浮かべてって言うと、ちょっと格好つけすぎかもしれないけど……でも、クレアにと考えたらピッタリかなって」


 クレア・オースチンという名前の白薔薇が地球にはある。

 花をプレゼントすると決めて、どういう花がいいかと考えた時にそういえばと思い出した。

 しかも、淡い黄色の花弁を付ける事でこれしかないと思ったくらいだ。


「あと……」


 さすがに格好つけすぎかとは思うけど、他にもプレゼントの意味をクレアに伝えていく。


「俺の世界には、花言葉って言うのがあるんだ。その花を贈る意味とかなんだけど……クレア・オースチンの花言葉は、『心からの尊敬』『約束を守る』『無邪気』だったかな」

「心からの尊敬に、約束を守る。それから無邪気ですか」


 個人的には、無邪気な笑顔がクレアに似合っていて一番魅力を引き出しているように感じた。

 心からの尊敬というのも、間違いなく本心だし、約束を守るはこれからに対する決意でもある。

 クレア・オースチンは白薔薇で、他にも花言葉はあるけど……さすがにこの場で「純潔」という花言葉は言えなかった。

 なんか気まずくなる気がするし。


「うん。それと、薔薇の数も。それは『あなたに出会えた事の心からの喜び』だね」

「……っ!」


 受け取った花瓶の薔薇を見ていたクレアが、目を見開いて俺を見る。

 渡した花瓶には五本の薔薇が生けてある。

 薔薇の送る数で意味があるから、リーザが最初に見つけた一輪挿しの花瓶を選ぶか悩んでしまったわけだ。

 花束ではなく、花瓶に生けてプレゼントしたのは、その方が俺らしい気がしたからって、自分でもよくわからない理由だけども。


「タ、タクミさん……」

「えっと、クレア。この場で言わせてもらうけど……その……本当に、クレアとこの世界に来て最初に出会えて、良かったって思ってる。そして、こうして一緒にいられる事も、これまででは考えられなかったくらいの幸運だよ」

「そ、そんな……それは私の方こそ」

「うん、クレアもそう思ってくれていると俺も嬉しい」


 真っ直ぐにクレアを見て、心からの気持ちを言葉にする。

 少したどたどしいような、それでいてくさいセリフになってしまっているのは、許して欲しい。

 こういう事には全然慣れていないから、加減ができない……いや、これから先慣れるつもりもないけど。

 ……クレアに対してなら、慣れるのもいいのか。


「あ、ありがとうございます。こんな……綺麗な花を。花に意味があるのは、初めて知りました……」

「こちらでは、ないのかもしれないね」


 両手で花瓶大事に持ったクレアが、薔薇の花を見つめながら呟く。

 花言葉は地球での文化だし、こちらの世界にはないんだろう。

 観賞用としても、花の栽培が盛んに行われていないようだからな……薬草とか、実用性のある植物の方が一般的なのかもしれない。


「ふふふ、私と同じ名前なんですね。なんだか、それだけで特別な花のような気がします」


 花を見て嬉しそうに微笑むクレアを見て、再び心臓がドキッと大きく跳ねる。


「もちろん、特別な花だよ。クレアのために作ったんだから」

「タクミさん……」


 こんなくさいセリフが言えてしまうのは、緊張や激しく脈打つ心臓の鼓動を誤魔化すためだろう。

 まぁ、俺が作ったのは事実だし……クレア・オースチン自体は、俺じゃないけど。


「花器に付いている、赤いレースのリボンも可愛いですね」

「あー、それは……」


 花瓶……クレアが花器と呼ぶ五本の薔薇が生けられているそれには、繊細な模様で編まれたレースのリボンが巻かれている。

 実はそのリボン、俺が用意した物ではなくセバスチャンさんから受け取った物だったりする。

 なんでも、俺が昨日使用人さん達と相談した後、使用人さん達の中から裁縫のできる人……男性も含めて大抵の人はできるみたいだけど、皆で編んだのだそうだ。

 今日はほとんど一緒にいた、ライラさんとかも参加していたらしいけど、いつそんな時間があったのか疑問だったりもする。


 俺が薔薇を作ろうとしている時、フラッと屋敷から出てきたセバスチャンさんが、屋敷の皆からと言って渡された。

 その際「何か渡すようであれば、それに結ぶのでもよろしいですし、クレアお嬢様の服の飾りとしてもよろしいかと」と言っていた。

 せっかくなので使わせてもらおうと、細長い花瓶の胴の部分に巻き付けて飾りつけをして、クレアに渡したってわけだ。

 結び方が蝶々結びになっているのは、俺が他の結び方を知らなかったからだけど……何度も失敗して結び直したのは余談だな。


 ダブルリボンにしたかったけど、やり方がわからなかったし無難になってしまった。

 けど、クレアが嬉しそうだから良かった――。



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