第1254話 告白失敗を覚悟しました
「……落ち着きましたか?」
「うん。ごめん、クレア」
「タクミさん、さっきから何度も謝られています。私は、気にしていないと言うと嘘になりますが……嫌ではなかったので……」
どれくらいだろう、数秒のようにも思えたし、数時間のようにも思えた時間を経て、クレアが前に回されている俺の手に触れ、そっと声を掛けてくれる。
ずっと、言葉にならない気持ちや衝動を抑えつけるように、クレアを抱き締めていた俺は、その頃にはようやく落ち着けていた……少し、ほんの少しだけだけど。
もう一度謝り、クレアから離れると少しだけ拗ねたような声。
さっきのように、首元まではっきりと真っ赤になっていたのもおさまったようだ。
「タクミさん、さっき仰っていた事……本当ですか?」
「う、うん。もちろん本心だよ」
「……そうですか」
「クレア?」
俺に質問したクレアは少しだけ考えるような間の後、ゆっくりと振り返った。
「どうですか、タクミさん。似合っていますか?」
「も、もちろん! 想像していた通り……いや、想像以上に似合っていて……と、とても奇麗だ」
クレアは俺に微笑みかける。
佇んでいるその姿は花瓶にある薔薇すらも霞む程で、月明かりの儚い光に照らされたネックレスは緑色の綺麗な光を放っているようにも見えた。
「このネックレスの飾り、とても奇麗ですね」
「え、あ、うん。その……薔薇が淡い色になるだろうから、はっきりした色がいいかと思ったんだ」
ネックレスの花を象っている飾りは、エメラルドのような鮮やかな緑色の宝石でできている。
この世界の物で、よく見ると地球のエメラルドとは違う輝きでもあった。
はっきりとした濃い色が、クレアの胸元で主張するように輝いており、とてもよく似合っている。
「……タクミさん」
「は、はい!」
自分の胸元にあるネックレスを持ち上げて見ていたクレアが手を降ろし、スッと顔を上げて俺を見据える。
真っ直ぐ俺を見つめて声を掛けられ、体をビクッとさせて直立不動になって返事をした。
緊張してしまったのは、さっきの事があったからだろう。
衝動にかられたとはいえ、急にとんでもない事をしてしまった……怒られても仕方ないと思う。
できれば、嫌わないで欲しい……と、都合のいい事も考えてしまっているけど。
「先程の言葉、タクミさんの本心でいいのですよね?」
「も、もちろん。クレアに言った言葉は、全て本当に俺が心の底から思っている事……です」
語尾が頼りなく丁寧になってしまうのは、後ろめたさのせいだと思う。
「そうですか……ふふふ」
「クレア?」
「いえ、すみません」
俺の言葉を受けて、少し視線を外したクレア。
何か声を漏らしたというか、小さく笑ったような気がしたけど、気のせいか?
「タクミさん……花器にお花、それとこのネックレス。そして何よりも、タクミさんの言葉が私にとって、素晴らしいプレゼントです」
「え……? あ、じゃぁ……?」
改めて真剣な目を俺に向けて話すクレアに対し、にわかに希望のようなものを感じた。
俺の都合のいい考えかもしれないけど……。
クレアの気持ちはわかっている、なんて調子に乗ってあんな事をしたら、嫌われたって仕方ない……告白する時の失敗で、両想いだったのに成立しなかったなんて話も、何度か聞いた事があるくらいだ。
「でも、急に後ろから抱き締められて……とても驚いたんですよ?」
「あ……うん。ごめんなさい……」
真剣な目はそのまま、咎めるように言うクレアに対して思わず謝る。
そりゃ、いきなり後ろから抱き締められたら驚くよなぁ……クレアは、ネックレスを付けてくれるとしか考えていなかったんだし。
それこそ、痴漢行為と言われてもおかしくないし、この場にヨハンナさんがいれば剣で叩き切られていたかもしれないくらいだろう。
「……でも、それだけタクミさんがと思うと、嬉しい事です。私にとっては驚き以上に幸せな……」
「クレア……?」
「はっ! んんっ……い、いえ、ナンデモアリマセン」
今度は俯き、何やらモゴモゴと言っているクレア。
よく聞き取れず、様子を窺うように声を掛けるとハッとなって軽く咳払い。
視線をさまよわせながら、カタコトのように話す。
「タクミさん、私を驚かせた罰として……」
「は、はい!」
すぐにまた真剣な目……今度は睨むようにしながら、開いた右手をスッと振りかぶるクレア。
罰と言われたのもあって、何をされるのか悟る。
あぁ、やっぱり失敗したなぁ……俺を見る目の奥が、イタズラっぽい輝きを持っているような気がするのは、気のせいなんだろう。
「……目を閉じて下さい」
「はい……」
クレアの指示通り、ギュッと目を閉じる。
続いて来るはずの衝撃……突然抱き締めた事に対する罰として、平手打ちが来る事を予想して体を硬くする。
これは、俺が失敗してしまった事への罰なんだから甘んじて受けるしかない……と……。
「……」
「……え?」
ふわりと、何かが動く風を感じた瞬間、ほのかな花のような香りを感じたと思った瞬間、体に柔らかな感触。
平手打ちどころか、ふわりと……いや、ギュッと何かに捕まるような感覚。
「タクミさん、ありがとうございます。私も、私もタクミさんの事をお慕いしております……!」
「え、ク、クレア……?」
平手打ちを覚悟していた俺に訪れた感覚に続いて、クレアの言葉。
訳がわからなくなり、思わず目を開けた。
「ふふ、タクミさんの目が開きました。……さっきのお返しです」
「え? あ……えぇ!?」
開いた目に映ったのは、俺を正面から抱き締め、見上げながらイタズラっぽい目で見上げるクレアだった。
何がなんだかわからず、驚いて声を出してしまう。
「……タクミさん、細身に見えるのに意外と体が硬いんですね?」
「あ、いや……それはまぁ、鍛錬をして鍛えているから……」
それと、平手打ちに備えて身を固くしていたせいもあると思う。
って、いやいや、そんな風に会話している場合じゃなくて!
「ク、クレア? これは一体……」
「だから、さっきのお返しですよ? タクミさんだけなのは、ズルいです」
「お返し……」
つまり、俺が後ろから抱き締めた仕返しとして、クレアが正面から俺を抱き締めているというわけで?
えーっと、うーんと……。
そういえば、さっきお慕いしているとかって言っていたような……? お慕いってなんだ? 押したい? いや、押すどころか抱き締められているし。
身長差とか体格差もあって、クレアが抱き着いていると言った方が正しいかもしれないけど、でも……いや、今はそんな事を考えている場合じゃなくてだ!
覚悟していた事とは違う突然の出来事に、俺の頭の中は混乱という言葉が相応しい状態に陥っていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます