第1209話 フェリーが森へと戻って行きました



「グルゥ……? グル、グルルゥ!」

「……うん、わかった。ちゃんと待っているから」


 リーザに通訳してもらって、フェリーの体を撫でながら言う。

 少し自信がなさそうに六日? とも言っているようだ。

 これは昨日確認した時に、フェリーにとって日数という概念がよくわからなかったからだな。

 まぁ、時間や日、月や年と言った考えは人が暮らすうえで考えられたものだからな。


 こちらの世界でも地球と近い考えがあるとはいえ、森の中で他者と拘わらず生きてきたフェンリルには、わからなくても当然だ。

 とりあえず、日が出て沈んで、次にまた日が出ると一日だと大雑把に教えたところ、大体六回くらいそれを繰り返すくらいで戻れるだろうとの事だった。

 予定を聞いてみると、二日程度群れを探して、フェリーが休んだり準備に四日、これで六日だからもう一日必要じゃないか? と言ったら、最後の日に出発してその日のうちに屋敷まで戻れるから、という事らしい。

 森の奥、話を聞いている限りでは人の足だと数日はかかりそうなくらいなのに、半日程度で移動できるフェンリルはやっぱり凄いなと思った。


「戻ったら、皆でハンバーグだな? 食べた事のないフェンリル達にも、よろしく伝えてくれ」

「グルゥ!」


 これまでハンバーグに微妙な反応を示すのはいなかったから、大丈夫だろうと楽しみにしていてくれ、という意味で言ったんだけど。

 フェリーは、自分が食べると考えて嬉しそうに尻尾を激しく振りながら吠えた。

 背負っている風呂敷の中にも、ハンバーグが入っているのに……レオにとってのソーセージのようなものだろう。

 すっかり好物になっているようだな。


「ワフ!」

「グルッ!」


 レオからも、激励するように鳴いて意気込んで頷くフェリー。

 その後すぐに、森へと向かって走って行くのを皆で見送った。

 以前フェン達と競争するように、とんでもない速度で走って行った時とは違い、屋敷周辺の散歩をする時と同じくらいの速度なのは、人を乗せるのに慣れたからか。

 いや、風呂敷に包まれているハンバーグとかの、食料を気遣ってだな……フェリーにとっては、他の何よりも大事だからだろう。


「ちょっと寂しくなりますね……」

「大丈夫よティルラ。レオ様やシェリーもいるわ。それにほら……」

「ガウ」

「ガウゥ」

「あははは、そうですね。フェンやリルルは残ってくれるんですよね!」

「キィ!」


 走り去るフェリーの後ろ姿を見て、ポツリと漏らすティルラちゃん。

 そっとクレアがティルラちゃんの肩に手を添えて、見送りに来ていたフェン達の方を示す。

 鳴きながら寄り添うフェン達に、笑うティルラちゃんへラーレが自分もと主張するように鳴いていた――。



 森に一旦戻ったフェリーを見送ってから、さらに数日……予定では屋敷に群れのフェンリル達を連れて来る日になった。

 あれから、ランジ村へ向かう日が近付いていく中、準備やその他で大忙し……と言う程ではなかったけど、ある程度忙しなく過ごしていてあっという間だったな。

 まぁ、持って行く物の確認とか、裏庭の簡易薬草畑の様子を見たり、鍛錬をしたりするくらいか。

 一応、ミリナちゃんと各種薬の調合法をセバスチャンさんから借りた本で学んだり、ずっと続けている初歩的な調合を手伝ったりもしていた。


 あと、簡易薬草畑の方も、俺達が屋敷を離れてからも規模はさらに小さくなるけど、長く存続させるように多めに薬草を作っておいたり、ラクトスやその周辺に卸す薬草なんかももちろん作っていた。

 それから従業員さんの名前も全員覚えて、今はクレアが雇った人達のリストをもらってそちらの人の名前を覚えるのに四苦八苦していたりもする。

 ……意外と、整理して考えるとそれなりに忙しい毎日のような気がするなぁ。

 無理をしている気は全くなく、食後のティータイムなどでものんびり過ごさせてもらっているし、睡眠時間を削っていないんだけど。


 以前疲れから熱を出した時から、ライラさんを始めとした俺側の使用人さん達による体調チェックというか……動き過ぎていないかのチェックが厳しくなっていた。

 おかげで、体の不調などは全くなくて健康そのものだ、ありがたい。

 クレアもそれなりに忙しそうにしていたんだけど、合間を縫ってティルラちゃんと一緒にいる時間を増やしていた。

 今は、もうあまり勉強をしろとか、そういう事は言っていないみたいだな……ティルラちゃんが以前にも増して、勉強に打ち込んでいるからかもしれないけど。


 そのティルラちゃんは、勉強に鍛錬に遊びにと、毎日元気に過ごしている。

 体調が戻ったリーザも一緒になってはしゃいでいる事も多かったけど、昨日ははしゃぎ過ぎたのか廊下の調度品を壊してしまい、メイドさんから叱られていたりもしたけど。

 もちろん、リーザも悪かったので俺も一緒に謝った。


 ただ、俺やクレア以上に色々な事をやって、毎日忙しなく過ごしているティルラちゃんだけど……何やら使用人さん達と話している事が多くなっている。

 従業員さんを見送りに行った時みたいに、何か驚かせるような事を考えているのでは? と今からクレアとはなしていたりもして……まぁ、成果を見せてもらう時を待とうと思う。


「ふぅ……! よし、こんなものかな。……ヴォルグラウも、随分皆に馴染んだな」


 フェリーが戻って来る予定日という事で、屋敷の外でのハンバーグ調理とフェンリル歓迎会のための準備。

 簡易的な竈を作り終え、息を吐いて体を伸ばした。

 そんな時、フェン達やラーレと一緒にいるヴォルグラウが見えて、目を細める。

 仲良くやっているようで、すっかり馴染んだみたいだ……少し離れた場所で、ヴォルターさんが仲間に入りたそうに見ているけど。


 ……相変わらず、フェンリル達が怖いんだなぁ、向こうは別にヴォルターさんもウェルカムなくらい友好的なのに。

 数日前に、セバスチャンさんと一緒にラーレに乗って空を飛んだせいで、特に近づきがたいのかも……。

 セバスチャンさんはチューインガムのおかげで酔う事は少なくなったけど、初体験だったヴォルターさんは色々と大変な事になっていたからなぁ。

 フェンリルに乗る以上に、トラウマを植え付けてしまったかもしれない――。



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