第1181話 何故か戦う事になりました



 シェリーは確かにまだ子供だから未熟らしいけど、それはフェンリル基準であって、人間と比べると十分に強い。

 というか、多分シェリーが本気で戦ったら、俺だけじゃなくフィリップさん達訓練された護衛兵の人達も敵わないくらいだ。

 全力で魔法を使えば、おそらく手も足も出ないだろうなぁ。

 そんなシェリーを見て、従魔契約ができるものだと考えているデウルゴが、滑稽に見えた。


 まぁ、実際にシェリーが戦うところを間近で見ている俺やセバスチャンさんだからこそ、そう見えるのかもしれないけど。

 あとそもそもに、従魔契約は解除だけでなく契約をする時も、お互いの同意が必要だ。


 ヴォルグラウの時は、デウルゴがどういう人物かわからなかったんだろうし、戦って負けたから生か死かといった状況だったから仕方ない。

 しかしシェリーは、デウルゴを嫌っているのは明白で……負ける事もあり得ないけど、従魔契約をする事も同じくあり得ないだろう。


「なんなら、俺が従わせてやろうか? フェンリルとはいえ、子供だからな。ヴォルグラウを相手にするより楽そうだ。ヴォルグラウも簡単にあしらえる俺が勝つのは、決まっている事だけどなぁ?」

「グルルル……キュゥ、キャウ!」


 もう本当に、こういう人間を調子に乗らせたらいけないんだな、と実感。

 見下すようにシェリーを見ながら、勝てる事を微塵も疑っていないデウルゴ。

 シェリーの方は、ならば戦ってやる! とでも言うように意気込んだ返答。

 いやいや、戦ったらデウルゴ死んじゃうから! 多分、事情を聞いたらレオも止めそうにないし……クレアも……あ、駄目だ、壁がミシミシいっている音が大きくなっている。


 頑丈な作りだから壊れないだろうけど、あっちの方から怒りの波動的な不穏な気配が伝わって来ている。

 ちなみに、それに気付いていないのはデウルゴのみで、俺やセバスチャンさんはともかく、ヴォルグラウは項垂れて壁の方を見ないようにし、衛兵さんはダラダラと冷や汗を流している。

 まぁ、公爵家のご令嬢を怒らせているのだから、衛兵さんとしては気が気じゃないだろう。

 ちなみにシェリーは、むしろ後押しされている様子でもあった。


「はぁ……仕方ありません。さすがに、シェリーを戦わせるわけにはまいりませんからな」

「ど、どうするんですか?」

「タクミ様、少々面倒だとは思いますが……申し訳ありません」

「え……?」


 小さく溜め息を吐くセバスチャンさん。

 何故か謝られた……何か考えがあるんだろうけど、え? 俺に関係する事なの?

 戸惑う俺を余所に、デウルゴに話を持ち掛けるセバスチャンさん。

 内容は驚くべき事だったけど、あっさり承諾するデウルゴ……えぇぇぇぇぇ! と、声には出さず心の中で叫んだ俺を、誰か褒めて欲しい――。



 ――はぁ、どうしてこうなったんだか。

 今俺達は、詰所内の広い部屋……大体十メートル四方くらいの室内訓練場にいる。

 壁は厚めの木の板で、足下は土が敷き詰めてある。

 雨の時や衛兵さんが自己鍛錬するための場所だとか……訓練などは基本的に、それぞれの詰所の外に運動場みたいなものがあり、そこで行われるらしいけど。


「こちらが木剣になります。大丈夫でしょうか?」

「まぁ、やれるだけやってみますよ。なんとなく、デウルゴが口だけであまり強くないってのはわかっていますし……なんとかなるとは思います」

「わかりました。もし危険な様子であれば、全力で止めに入ります」

「よろしくお願いします」


 木剣を持って来てくれた衛兵さんと話し、苦笑しながらも現実を受け入れる。

 向かいでは、数人の衛兵さんに監視されて暴れないよう注意されながら、拘束を外されているデウルゴ……向こうも、俺と同じ木剣を持っている。

 こうなった理由は、ひとえにシェリーのせい……だけでなくセバスチャンさんの提案があったからだ。

 あの後、シェリーの怒りの矛先を収めるためとデウルゴの要求との折衷案……と言えるかわからないが、それらを解決するための案として俺とデウルゴが模擬戦をする事になった。


 俺が勝てば、ヴォルグラウとの契約の解除。

 逆にデウルゴが勝てば、シェリーとの従魔契約の交渉権。

 自分が強いと信じて疑わないデウルゴは、ニヤニヤしながら承諾……すでにシェリーと従魔契約を結べるものだと思い込んでいる。

 ちなみに、デウルゴが勝った場合での交渉権というのがミソで、別に俺が負けたからといって確実に従魔契約が結べるわけじゃない。

 つまり、交渉するだけであってシェリーが嫌がって断る事もできるってわけだ。


 これに気付かず、二つ返事でセバスチャンさんの模擬戦の案を受けたデウルゴには呆れたが……同時に、さらりとこちらに有利しかない条件を出すセバスチャンさんが怖くもあった。

 あと、レオは最終手段なのでデウルゴに見せないために、外で待機。

 クレアやティルラちゃんは、入り口から覗き込んでいる……あ、セバスチャンさんにクレアが何か言っている。

 大方、どうして俺が戦う事になっているのかとか、そんな事を問い詰めているんだろう……俺も聞きたいくらいだ。


「二人共こちらに……」

「はい」

「……」


 審判役の衛兵さんが手を挙げている場所に行って、デウルゴと向かい合う。

 向こうはこちらを睨んで黙っているが、何を考えているんだろう。


「では、改めて。どちらかが木剣を取り落とす。有効と見られる一撃を当てる。木剣を突き付けて動けなくする。そして引いてある線の外側に出た場合は場外として負けと見なす。以上がルールだ」

「わかりました」

「……」


 模擬戦のルールは、基本的なものだ。

 行動不能になった相手に対して、追撃などは禁止されている。

 その他、木剣を持っていても必ずしもそれを使うだけでなく、素手での攻撃なども認められている……要は、やり過ぎない程度になら何やってもいいよって事だ。

 目に余る卑怯な行動は、審判役の衛兵さんが目を光らせているから注意されるだろうけど。

 これは、俺と言うよりデウルゴに対してのものだろう。


「二人共構え!」

「「……」」


 審判さんの声で、木剣をいつも鍛錬の時にやっているように構える。

 エッケンハルトさんに教えられた刀ではなく、ショートソードと同じ形の木剣なので、両手で持って右腰辺りに引いて斜めに構えて足を広げた。

 本当は……正眼の構えだったかな? あれに近い切っ先を相手に向ける構えが、こういう模擬戦の時には一番いいんだろうけど、デウルゴが何をして来るかわからないので、攻撃も防御もどちらもできるようにだ。

 対してデウルゴは左手を俺にかざし、右手に持つ木剣は頭の位置で横に倒している状態だった――。



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