第1180話 シェリーがフェンリルの子供だとバレました



「も、申し訳ありません。シェリー、落ち着きなさい」

「こらシェリー。気持ちはわかるけど、おとなしく……」

「キャウ! キャウ!」

「な、なんだこいつ……ウルフの子供? いや、少し違うか?」


 慌ててセバスチャンさんが謝り、俺もシェリーに注意するけど……聞く耳を持たず、右前足をタン! タン! と机に打ち付けながら、デウルゴに対して吠えている。

 よっぽど、ヴォルグラウに対するデウルゴの考えや言葉が気に食わなかったんだろう。

 だけどシェリー、俺やセバスチャンさんじゃ何を言っているかわからないんだ……。

 ただいきなり実力行使で、デウルゴに飛びかからなかった事だけは褒めてもいいかもしれないけど。



「バウ、バウワウゥ……」

「あん? 落ち着けシェリー親分……だと? へぇ、こいつこんな小さななりをして、ヴォルグラウの親分なのか?」

「え……」


 興奮しているシェリーを宥めるように、立ち上がったヴォルグラウも声をかけている。

 従魔契約をしているデウルゴは、ヴォルグラウが何を言っているのかわかったようで、シェリーに注目。

 シェリー、いつの間にかヴォルグラウから親分って呼ばれるようになっていたのか。


「と、とにかく落ち着けシェリー。今話しているところなんだから……な?」

「キャウゥ……グルルルル……」


 親分って呼ばれている事に驚いている場合じゃないと、机に乗ったシェリーを抱き上げて宥める。

 それでもシェリーは、デウルゴを見て歯を剥き出して唸り続けた。

 まぁ、怒りたい気持ちはわかるけど……。

 初めてシェリーを見つけた時は、軽々と抱き上げられるくらいだったのに、今はちょっと重く感じるな……なんて、シェリーの成長に感慨深くなっている場合でもない。


「……そいつ、なにもんだ? ウルフの子供、じゃねぇよな? ヴォルグラウがウルフの子供に対して、親分なんて言う訳ねぇからな」


 興味を持ったのか、まじまじとシェリーを見るデウルゴ。

 敵意を剥き出しにしているのに、ジッと見る事ができるのはそういった感覚に鈍感なのか、それとも興味が勝っているからなのか。

 どちらにしても、デウルゴがこういう時だけ妙な鋭さを発揮するのは止めて欲しい。


「えっと、シェリーは……」

「先程申しました、知り合いから譲られた魔物の子供で……」


 どう話したものか、シェリーを宥めるために撫でながら困る俺に変わって、セバスチャンさんがさらりと説明してくれる。

 表情は平静を装っているけど、困っているのが雰囲気で伝わる。

 デウルゴにフェンリルの子供だって知れたら、面倒な事になりそうだからな……こんな事なら、シェリーはクレア達と一緒にいてもらった方が良かったかもしれない。

 今更だけど……でも、そうしたらそうしたで、隣の部屋で話を聞いて怒り、壁を破壊して乱入とかもあり得ただろうから、難しい。


「魔物……種族は? ウルフじゃないんだろ?」

「……」


 セバスチャンさんも俺と同じ考えのようで、デウルゴにフェンリルだと知られたくないんだろう。

 質問に対し、黙っているだけだ。


「ヴォルグラウ、答えろ! あの魔物は何者だ!」

「バウ!? バ、バウゥ……バウ、バウバウワウ」

「な、なんだと!? フェ、フェンリルの子供だってのか!?」


 ヴォルグラウに対して、命令を叫ぶデウルゴ。

 驚いたヴォルグラウは、項垂れて嫌そうにしながらもシェリーの事を答えてしまったらしい。


「あぁ……」

「従魔契約をしたままでしたからな……仕方ありません」

「グルルルルル……」


 相変わらずデウルゴに対して唸り続けているシェリーを抱いて、バレてしまったと顔をしかめる俺に、溜め息を吐くように呟くセバスチャンさん。

 これは面倒な事になりそう……かな?


「最終手段は、レオに頼んでさっさと契約を解除してもらう、ですかね?」

「そうですな……ですが、レオ様をあやつに見せたくもありません。できれば、話しをして解決したいのですが……さてはて、デウルゴがシェリーを見てどう出るかですな」


 驚いているデウルゴを尻目に、セバスチャンさんと小声で内緒話。

 面倒ならさっさとレオに頼む最終手段の提案だけど、セバスチャンさんはデウルゴをレオに会わせたくない様子。

 俺もわりと同感ではある……ヴォルグラウに対する扱いから、レオだけでなくフェンリル達にも会わせたくないくらいだ。


「……リーザと一緒に、留守番してもらっていた方が良かったですね」

「キャゥ!? キャウ、キャウ!」

「いや、抗議しているようだし、気持ちもわかるんだけど……」


 俺の呟きに、ようやく唸るのを止めたシェリーは、俺を見上げて抗議するように鳴く。

 怒る気持ちはわかるんだけど、もうちょっと我慢して欲しかったなぁ……親分と呼ばれている事からして、ヴォルグラウの事を部下とか舎弟のように考え、その部下を大事にするのはいい事だと思うけどな。

 ヴォルグラウとの従魔契約が解除された後なら、致命傷にならないくらいで蹴り飛ばしても良かったんだけど。

 あ、シェリーが怒りに任せて蹴り飛ばしたら、それだけで致命傷か。


「ふ、ふふふ……ははははは! フェンリル、フェンリルか! 成る程成る程……」

「……」

「グルルル……」


 急に笑い出したデウルゴ。

 今度は何を言うのかと警戒する俺とセバスチャンさん……シェリーはまた唸り始めた。

 しかし……手足を縛られた状態で笑っていると、あまり恰好付かないな。


「おい爺さん、金貨百枚はいらねぇ。その代わり、そのフェンリルの子供を寄越せ」

「なっ!」

「なんだって!?」

「キャウ! グルルル……」


 まぁ、そう来るだろうな……なんて頭の片隅で考えていた事を、そのままデウルゴが要求。

 驚いてはいるけど、むしろ本当にそんな要求を簡単に変えるとは、という方が大きい。

 セバスチャンさんの方は、爺さんと呼ばれた事の方に驚いているみたいだけど。

 シェリーは、俺に抱かれながらも「嫌!」と言うようにプイッと顔を背けた後、また唸る……忙しいな。


「子供だからまだ大して強くないんだろうが、むしろ好都合だ。なんせフェンリルだ……成長すれば、ヴォルグラウなんて目じゃない魔物になるだろうからな。反抗的な態度も、従魔契約をしてしまえばおとなしくなる」

「は、はぁ……」


 気の抜けた声が、セバスチャンさんから漏れる。

 俺は危ういところで口を閉じて出なかったけど……気持ちは同じだ……つまり、こいつ何言ってんだ? というのが素直な感想だった――。


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