第1182話 ヴォルグラウを傷つけた魔法が放たれました



 セバスチャンさんと話していた時は、調子に乗って饒舌だったのに……今はずっと俺を睨むだけで、何も喋らないのが少し気持ち悪い。

 何か狙っているのか? それとも、戦いには真剣なタイプだったのか……。

 とにかく、何をして来るかわからないので視線を逸らさないようこちらも睨み返しておく。


「……」

「ん?」


 今まで閉じていたデウルゴの口が少しだけ開き、何かを呟いているようだ。

 だけど、こちらまで声は届かない……何を言っているんだ?


「では、始め!!」


 デウルゴの様子には気付かないまま、お互いの構えを確認した審判さんが開始の合図。

 それとほぼ同時、デウルゴが動いた!


「……スピアフレイムソードチェンジストレート」

「ま、魔法!?」


 構えはそのままに、後ろに大きく飛んだデウルゴは、場外になるギリギリの場所まで俺から距離を取り、呪文の詠唱を始めた。

 いや、開始の合図の前からもう始めていたのか。

 さっき、小さく何かを呟いていたのは、呪文の詠唱を開始していたんだろう。


「ちっ……!」


 舌打ちをし、体をいつでも動かせるようにする。

 魔力の気配みたいなものが、慣れてきたから少しだけわかる……俺に向けられている左手付近に、魔力が集まっているようで、詠唱が完成したら確実に魔法が放たれるだろう。

 今からデウルゴを追いかけても間に合いそうにない、だとしたら避けるか受け止めるかしかないが……。


「ストレートパワフルストロングペネトレイトショット!」

「っ! くお!?」


 デウルゴが力強く呪文を言い終えた瞬間、かざされた左手から赤い槍……十センチほどの火の槍が放たれる。

 真っ直ぐ俺に向かって飛んで来る火の槍。

 持っているのが木剣だし、防ぐのは危険と判断してすぐさま横に思いっ切り飛んで地面を転がった。

 避けて通過していった火の槍は、壁に当たる前に失速、地面に落ちる寸前で消えて行った。


 呪文の内容を意訳すると、強く強力な炎の槍を直進させて剣の代わりに射出して貫け……といったところか?

 とりあえず文法がめちゃくちゃというか、単語を並べただけだし長い。

 そりゃ、セバスチャンさんが魔法を実践で使うのは不向きだって言うよなぁ……だからこそデウルゴは開始前から呪文を唱え始めたんだろうけど。

 ただ俺には英語に聞こえたけど、本当は違う言語かもしれない可能性はある。


 文字とか、どう考えても英語じゃないし口の動きも多分違った、読唇術は使えないが。

 自己流なのかもしれないけど、炎と言うよりちょっと大きいくらいの火だったし、射出だとか貫くだとかを加えたうえにストロングだけでなくパワフルまで入れていたはずなのに、あまり強そうには見えなかった。

 先は鋭かったし、当たったら痛そうで熱そうだったから全力で避けたけど……あと、木剣が燃えたら負けになるだろうし。


 あ、そうか。

 ヴォルグラウに怪我をさせたのって、今の魔法か……怪我をした場所の周辺の毛が焼けていたのは、火の魔法だからだろう。


「避けたのは驚いたが、無様だなぁ! これで終わりだ!」

「っ! っとと!」


 頭の中で魔法の分析をしながら、避けて体勢を崩している俺に対し、デウルゴが追撃するため駆け込んで上段から剣を振り下ろす。

 ただ、距離が離れ過ぎていたのと、デウルゴの動きが思ったよりも遅かったので、なんとか体勢を立て直して立ち上がり、自分の持つ木剣で受け止める事ができた。


「何!?」


 いや、これくらいで驚かれても……鍛錬を真面目にやっていれば、今の追撃を防ぐ事くらいはできるようになる、はずだ。

 あと、リーザは別格としてティルラちゃんの方がもっと鋭い動きをする。

 それくらいでないと、オークとまともに戦って倒せないけど。

 とりあえず、デウルゴの剣を受けてみてなんとなくわかった事は、こいつはオークすら正面から戦ったら危ういだろうという事。


 だって、思いっ切り振り下ろしたからそれなりに重かったけど、ただそれだけ。

 よっぽどいい剣を使わなければ、オークですら少し怪我を負わせるだけで、反撃されてやられそうだ。

 やっぱり、ウルフの群れに勝ったってのは一緒にいた人達が優秀だったんだろうな。


「ちぃっ!」


 俺を押しきれないとわかったデウルゴは、再び後ろに飛んで距離を取る。

 また左手をかざして魔法を使おうという体勢になった……それしかできないのかもしれない。

 まぁ、火の槍は当たればそれなりに危険だろうし、痛くて熱いだろうから、もう使わせる気はない。

 こちらも同じように左手をデウルゴにかざし、使い慣れた魔法を発動。


「……ライトエレメンタル・シャイン!」


 デウルゴに向かって考えたけど、俺もこれしかできないのかな? と自嘲気味に苦笑しながら作り出した光の球を、以前やったように少しだけ指向性を持たせる。


「なっ!?」

「はい、これで終了っと!」

「あ……!」

「そこまで! 勝者タクミ!」


 光の魔法によって、しっかり俺を睨みつけていた目に照射されたデウルゴは、完全に目がくらんだようだ。

 顔を逸らし、硬く目を閉じたデウルゴにテクテクと近付き、木剣を弾き飛ばして衛兵さんが終了の合図。

 これで模擬戦は俺の勝ちで終了だ。

 ちなみに、他の魔法も使おうと思えば使えたけど……ブレイユ村に行く時ニコラさんに教えてもらったからな。


 デウルゴより確実に短い呪文で、先に発動させる自信はあった。

 けど、相手に向かっていく魔法と考えたら、危険な事が多いかなと思って光で目をくらませる事にしたんだ。

 だってデウルゴ、絶対魔法を避けられないだろうし……さっさと終わらせるんなら、使い慣れた魔法の方が良さそうだったからな。


「ぐぅ……目が……!」


 終了の合図後も、直接光の魔法を直視したうえに照射されて、悶絶しているデウルゴ。

 ヴォルグラウの怪我の痛み程ではないけど、これで十分に罰を与えただろう。

 まぁ、あくまで俺からというだけでこれから罰せられるだろうし、余罪については調べられて処罰されるんだろうけど。


「タク」

「あぁ、セバ……親父」


 しゃがみ込んで悶絶するデウルゴを見ていると、いつの間にか来ていたセバスチャンさんから声を掛けられる。

 思わず名前を呼ぼうとして、親父と言い直した。

 セバスチャンさん、ここに来られるって事はクレアからの追及はもう終わったのかな?

 そもそも、模擬戦が開始してからは追及どころじゃなかったのかもしれないけど――。



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