第1145話 治療のためのロエを作りました



「ちょっと治療のための物を持って来るから、リーザとクレアはそのままウルフを撫でていて。多分、怪我が痛むだろうけど、撫でていた方が気が紛れるだろうし」

「治療のための……成る程、わかりました」

「うん、わかったよパパ」

「ワフ」


 今いる場所は通りの真っただ中で、今は人が通っていないけどいつ誰が来るかわからない。

 隠れて『雑草栽培』でロエを作ろうと思ったわけだけど、丁度良さそうな場所を見つけたので、そちらに向かう。

 俺の言葉に頷いて、ウルフを撫でてくれているクレアとリーザ、それとここは任せてと言うように頷きながら鳴くレオ。

 あと、俺について来るエルミーネさん……って、エルミーネさん?


「エルミーネさん、クレアの所にいなくていいんですか?」

「あちらは、レオ様に任せました。おそらくタクミ様の方には目隠しが必要でしょうから」

「あ、ほんとだ。――ありがとうございます、助かります」


 見てみると、レオが尻尾をクレアの下に敷いていた……尻尾の敷き物か。

 エルミーネさんが言う目隠しは、俺の目を隠すとかではなく、他の人から見えないようにするって意味だろう。

 誰に聞かれるかわからないから、はっきり何をするか言わずに離れたのに、さすがだ。

 まぁ、クレアもレオもわかっていたようだけど。


「……よし、できた」

「いつもながら、鮮やかなお手並みです」

「ははは、まぁ完全に能力任せなんですけどね」


 手早く地面に手を突いて『雑草栽培』を発動、顔合わせの時にロエもどきを作ったから、そちらと間違えないように注意しながらだ。

 誰かから見られていないか、誰かが来ないかに注意を払ってくれていたエルミーネさんの言葉に、苦笑しながらできたロエを摘み取る。

 痛みに震えているはずのウルフを、早く治療してやらないとな……震えているのは、もしかしたらレオに対してかもしれないけど。


「お待たせ、クレア、リーザ……ティルラちゃん?」


 ロエを持ってウルフの所へ戻りつつ、声を掛ける。

 俺の服を被せられ、さらにレオに包まれるようにしながらクレアやリーザに撫でられているウルフは、相変わらず震えるくらいでほとんど動かない。

 意識ははっきりしているようで、目だけはオロオロと動かしていたり、痛みを訴えるように見えたりもするけど。

 その中で、いつものティルラちゃんならリーザと同じように、ウルフの心配をしているはずなのが、シェリーをギュッと抱いたまま真剣な目でウルフを見ていた。


「あ、タクミさん。な、なんでもないです」

「そう? うーん、そう言うならわかったけど、何かあったら俺やクレアに言うんだよ?」

「はい……」


 どうしたんだろう、ティルラちゃんがいつもの元気がない様子だ……クレアも同じくティルラを見て首を傾げている。

 とはいえ今はウルフの怪我の治療を優先すべきだし、無理に聞き出す事でもないかと考え、一応いつでも相談には乗るという姿勢を言葉で伝えるだけにしておいた。


「ヨハンナさん、すみませんけどこれを。俺はウルフの方を動かしますから」

「畏まりました」


 ティルラちゃんの事は気になるけど、まずはとロエをヨハンナさんに渡し、俺はクレア達の間に入ってウルフに手を伸ばす。


「クゥーン……」

「大丈夫。痛くは……いや、ちょっと痛いと思うけど、我慢して欲しい。すぐに痛くなくなるし元気になれるから」

「ワフ、ワウワウ」

「……キューン」


 こちらを見て鼻から声を出すウルフ。

 安心させるように、まずはクレア達と同じように背中を撫でる。

 レオからも、しばらくおとなしくされるがままにしておくように、というような事を言われ、もう一度鼻から高い声を出してウルフは目を伏せた。

 従わざるを得ない相手からも言われて、ある意味覚悟を決めたというか……むしろ色々諦めたような感じだな。


 ……諦める必要は何もないんだけど、まぁおとなしくしてくれるなら助かる。

 痛みを感じて暴れられてもいけないからな。


「クレアとリーザは下の方を持って……一先ずひっくり返そう」

「わかりました……ん」

「うん、パパ。――ちょっとごめんね」


 あばら骨の辺りの怪我なので、このまま伏せた状態じゃ怪我の具合も見れないし、ロエを使っての治療もできない。

 なるべく荒っぽくしないように気を付けながら、俺は前足付近、クレアとリーザには後ろ足付近を持ってもらって、お腹を見せるようひっくり返す。

 セント・バーナードよりも大きなウルフ……世界最大の超大型犬であるアイリッシュ・ウルフハウンドくらいか? 硬めの毛や見た目もそれっぽい。


 まぁ、あちらはウルフというか、狼から家畜などを守る犬だけど。

 とにかく、大きさもあってかなりの重量なので三人がかりでも、かなり重い……持ち上げるわけではなく、ひっくり返すだけならなんとかってくらいだ。


「キャン! バウ! グルルルル……」

「ワウ!」

「キャンッ!……キューン」


 体を動かしたからか、怪我をしている部分には触れないようにしていたんだけど、もしかしたら傷が開いたのかもしれない。

 痛みから甲高い鳴き声を上げた後、抵抗するように体に力を入れて硬くし、唸り始めた。

 けどすぐレオが注意するように吠えて、今度は悲鳴を上げて抵抗を諦めてくれた……痛くしてごめんな。

 何をされるかわからないから、レオに言われていても急な痛みで驚いてしまったんだろう。


「よしよし、ごめんな。……これは」

「っ……」

「痛そう、大丈夫?」

「スンスン……」


 裏返し、へそ天状態にすると露わになるウルフの怪我。

 浮き出たあばら骨も痛ましいけど、わかっていた事だ……だけど怪我は想像以上に酷い状態だった。

 クレアは絶句し、リーザは泣きそうな表情で労わるようにお腹を優しく撫でる。

 ウルフの方は痛みを我慢しながらも、レオの方へ視線を向けつつスンスンと鼻から息を漏らす。


「ヨハンナさん!」

「はっ! 血はあまり多く出ていないようです。おそらく、傷口が焼けているためでしょう」

「やっぱり、火傷ですか」


 ロエの表面をナイフで剥いていたヨハンナさんを呼び、一緒に診察。

 ウルフの怪我は、周囲の短い毛を巻き込んで黒く焼けており、そこから血が漏れ出している様子だった。

 ちょっとした火傷ならともかく、血が出る程の火傷って相当酷いんじゃ……? どうしてこんな怪我を――。


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