第1144話 痩せたウルフは怪我をしているようでした



 何やら鼻を鳴らしたレオが、すぐにウルフから血の匂いがすると言って軽く吠えた。

 警戒というか注意する意味合いだったんだろうけど、俺も驚いて声が大きくなってしまい、ウルフを怯えさせてしまったようだ

 背中に手を当てて優しく撫でながら謝り、レオに注意しながら俺自身も反省。


「しかし血の匂いか……」

「痛い痛い、なの?」


 心配したのか、俺が撫でる手に合わせるように、リーザも一緒に撫で始めた。

 見た感じ、痩せているのと毛が多少汚れているくらいで、怪我をしているようには見えない。

 ウルフの周囲に血の跡があるわけでもなし、どうしてそんな匂いが……?

 レオが感じた事だから、間違いではないんだろうけど。


「……もしかして。ちょっと済まない……おっと。大丈夫、何もしないから。ちょっと調べさせてもらうだけだよ?」

「グルルルル……」


 伏せをしているウルフは、俺達から見える範囲で背中や顔、前足や尻尾の辺りしか見えない。

 もしかしたら体に隠れている後ろ足や、お腹などを怪我しているのではないか? と思って、探ろうとウルフの体の下に手を伸ばす。

 警戒したのか、牙を剥きだしにして唸り始めるウルフ……こう反応するって事は、何かあるな。


「ワフ」

「グル……っ! キューン……」

「よしよし。レオありがとうな。えっと……」


 レオが一鳴きする事で、唸るのを止めておとなしくなるウルフ。

 さすがシルバーフェンリルだ。

 レオにお礼を言いつつ、あまり刺激しないようゆっくりとウルフの体、伏せをして隠れている場所を手で探って行く。


「うーん足に異常はなさそうか……お腹も、特になし。……あ」

「キュー……」

「パパ?」

「これ……」

「血、ですね。タクミさん」


 後ろ足から順番に、探って行く……骨が折れているなんて事もなく、特に異常を感じずに何もないのか? と思っていた矢先、胸というかあばらのあたりに手が触れた瞬間に感じる、べっとりと濡れる感触。

 その感触を認識した瞬間、小さく鳴くウルフ……痛かったんだろう。

 リーザは俺やウルフの様子を見て、首を傾げて心配そうにしている。


 心の中で痛くしてごめんと謝りながら、手を探っていたウルフから引き出して見てみると、指先に真っ赤な血が付いていた。

 様子を見ていたクレアも、深刻な様子で呟く。


「胸のあたりを怪我しているみたいだ。それに、見た目以上に痩せているね……」


 怪我に触れる前、ウルフのあばら骨の形や数がはっきりとわかった。

 あくまで犬の基準ではあるけど、少し浮き出たくらいなら痩せ気味だな……程度の感想だけど、ゴリゴリした感触もあったし、指があばら骨、肋骨の間に簡単に入りそうなくらいだから、かなり痩せている。

 そして、前足の付け根近くまできた辺りで濡れた感触……怪我をした場所に触れた。


「痛いの……?」


 俺の言葉を聞いて、顔を歪めながらウルフを撫で続けて問いかけるリーザ。

 優しい子だな。


「酷い怪我なのでしょうか?」

「そこまでは、直に見てみないと……どちらにせよ、怪我を治した方が良さそうだ」


 リーザが撫でるのに習って、クレアもしゃがみ込んで優しく撫で始める……後ろでは、ドレスのスカート部分をエルミーネさんが持ってい地面にできるだけ付かないようにしている……ナイスアシストだ。

 ともかく、どうにかするには食べ物とかもそうだけど、治療をしないといけない。

 通りすがりに見つけたウルフで、特に俺達に関係があるわけじゃないけど……。


「ワフゥ?」


 レオからの窺うような視線と鳴き声。

 生まれたばかりで覚えているのかは怪しいとは思うけど、自分の状況と重ねたのか、なんとかして欲しそうにしている様子でもある。

 シェリーの時やリーザの時もそうだったけど、理不尽で不遇な状況に晒されているのを、見逃せないんだろう……これも、俺がレオを拾って色々手を尽くしたから、レオも優しくなれるのかもしれない。

 まぁ、若干以上の自惚れがあるけど。


「そうだよな。レオの時も状況は違ったけど、偶然通りがかっただけだったし。あの時は良くて、今回は何もしないなんてあり得ないよな」

「ワウ!」


 レオの嬉しそうな鳴き声。

 あの時は必死だったけど、今は落ち着いてなんとかできる方法がある。

 食べ物や飲み物はライラさん達が買って来てくれるのを待つとして、まずは怪我の治療だな。

 多くの血が流れているわけではないけど、あまり体温も下げたくない……よし。


「クレア、これをウルフに」

「タクミさんの服ですか?」


 着ていた上着を脱いで、リーザと一緒に背中を撫でているクレアに渡す。

 毛布とかじゃないけど、ないよりはマシだ。

 大型犬くらいあるウルフの体には、少し小さいかもしれないけど。


「血が出ているうえに、お腹を空かせているって事は体力を消耗し続けているから。触った時も少し体温が低く感じたし、温めた方がいいと思う」


 犬の体温は、人間より高い。

 ウルフはわからないけど、シルバーフェンリルになったレオやフェリー達も、俺達に比べると温かいから多分ほぼ同じ。

 さっき触って調べた時にその温かさはほとんど感じなかった。

 飢えからかそれとも血を流したからか、ともかく温めてやった方がいいだろう……とにかく温める方法を、と考えているとレオを拾った時の事を思い出すな。


「わかりました……でも、よろしいのですか?」

「あー、まぁこれくらい気にしている場合じゃないからね。ライラさん達には、後で謝っておくよ」

「わかりました。その時は、私も一緒に謝りますね」


 クレアが心配しているのは、俺の服が汚れないかって事だろう。

 まぁ、場合によって血が付く事もあるだろうし、ウルフや地面に触れて汚れてしまうのは覚悟の上だ。

 洗ってくれるライラさん達には、後で謝る事として……クレアもクスッとして、一緒にいてくれるみたいだ。


「ワフ……ワウワウ。ワフ」

「あぁレオ。そうだな、レオも一緒ならさらに温かいだろうな」

「ワフ」

「クゥーン……」


 クレアが俺の服をウルフの背中に被せるのとほぼ同時、ゆっくりと近付いてきたレオがウルフの体を優しく包むように丸くなった。

 多分、自分の体温でも温めようとしてなのだろう。

 ウルフは一瞬体を震わせたけど、レオが優しく声を掛ける事でなんとか落ち着いた。


「それじゃ俺は、えっと……」


 キョロキョロと辺りを見回し、良さそうな場所を探す。

 お、あっちは人もほとんど来なさそうだ……ウルフを今ここから無理に動かすよりも、俺がさっさと行ってきた方がいいだろう――。



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