第1120話 着飾ったクレアを初めて見ました



「タクミさん、お待たせしました」

「クレア。あんまり待っていな……その恰好は……?」


 少し待つと、準備を終えたクレアが階段を降りて来て玄関ホールへ。

 そちらを見ると、一瞬だけ言葉が止まってしまった。


「変でしょうか? 私もランジ村の薬草畑で共同の運営をします。公爵家の娘として、タクミさんの横に立つ者として、変な恰好はできませんから」


 階段を下り切ったクレア……いつもはドレスではあるけど、機能性を意識しているのかある程度動きやすい恰好なんだけど、今は貴族令嬢という言葉がそのまま当てはまるように、着飾っていた。

 髪もアップにして後ろで結び、あまり身に着ける物を増やさないクレアにしては珍しく、髪留めだけでなく髪飾りやイヤリング、ネックレスなどをしていた……ちなみに、髪飾りは以前俺がプレゼントしたやつだな、大事にしてくれているようで嬉しい。


「そ、そうなんだ。うん、似合っているよ。凄く綺麗だ」


 いつもと違う煌びやかな雰囲気に気圧されながら、ちゃんと褒めておく。

 これが正式な場に出る時のクレアか……派手な雰囲気の貴族令嬢といえば、縦ロールことアンネさんだけど、あの人とは違って落ち着いた本物の麗しいお嬢様、といった感じだ。

 いや、アンネさんがお嬢様ではないとか、麗しくないとかって言うわけじゃないんだけど。

 ともかく、失礼かもしれないけどクレアの素材がいい事はわかっていたし、それが今輝いていると言っていいだろう。


「わぁ……やった、やったわ! タクミさんが綺麗だって!」

「はい、クレアお嬢様はいつもお美しいですが、今日は一段とお美しゅうございますよ」


 俺に褒められて、顔を綻ばせたクレアが無邪気に喜ぶ……こういう所は、いつものクレアっぽく感じて安心するな。

 ちょっとだけ、俺がよく知るクレアとは別人のような感覚だったのが、一瞬で霧散した。

 少し後ろから付いて来ていたメイドさん、メイド長さんも微笑んで頷いていた。

 ……メイド長さんの言う通り、お美しいという言葉が本当にぴったりだ。


 振り向いた時、背中が割と開いていたりと、いつもより肌を見せている部分が多いので目のやり場に困ってしまうけど。

 正直に言うと、ドキドキする……いや、ドギマギの方が正しいかな?


「クレアお姉ちゃん、すごく綺麗だなぁ」

「姉様、綺麗ですねぇ」

「ありがとう、リーザちゃん、ティルラ」

「公爵家として、新しく始める事であり、正式な場にもなりますからな。旦那様にお見せできないのは残念ですが」

「仕方ないわ、お父様までラクトスに集まるわけにはいかないもの」


 今日は、薬草畑で働く人達が全員ではないにしても揃う場。

 公爵家としても共同運営するクレアとしても、正装するべき場なんだろう……俺も一応、一張羅というか仕立ててもらった服を着ているからな。

 エッケンハルトさんなら、クレアの晴れ舞台! とか言って駆け付けたり、見たがるだろうとは思うけど、そこは仕方ない。

 まぁ、あの人ならこの話をしたらランジ村でパーティでも開いて、クレアに着飾ってもらおうとしそうだけど。


「それじゃあタクミさん、ラクトスへ向かいましょうか?」

「そうですね……皆も準備ができたみたいですし、出発しましょう」

「行こー」

「ワフ!」

「キャゥ」

「ちょっと緊張してきました……」


 クレアに言われ、玄関ホールに集まった皆を見渡して頷く。

 ティルラちゃんだけは何やら緊張しているみたいだけど、クレアと違ってその場にいるだけなので緊張する必要はないんだけどなぁ。

 まぁ、畏まった場と考えての事だろう、ティルラちゃんもドレスではないけど、一応正装しているし。

 今回ラクトスに行くのは、俺やリーザとレオ以外にも、顔見せでもあるので俺が雇う使用人さん全員……アルフレットさん、ウィンフィールドさん、キースさん、ジェーンさん、チタさん、ライラさん、ゲルダさん、ミリナちゃんと……ついでにヴォルターさん。


 それから、公爵家側としてクレアとティルラちゃんやシェリーに、セバスチャンさんとメイド長さんを始めとした、屋敷の使用人数名だ。

 メイド長さんは、クレアと一緒にランジ村に行くようになっているらしいので、セバスチャンさん以外はランジ村に行く予定の使用人さんだな。

 あと、護衛としてフィリップさん、ヨハンナさん、ニコラさん他数名……こちらも、フィリップさん達はランジ村に行く事になっているらしい。

 特に、ヨハンナさんが絶対クレアに付いて行くと、自分から申し出ていたとか。


 人数が多いので移動は馬車数台と馬、それからフェンリル達にも協力してもらう。

 まだラクトスに行くだけだから、荷物とかは少ないけど……大所帯の大移動といったところだ。

 エッケンハルトさんがランジ村に行った時よりは、ちょっと少ないかな? あの時はフェンリル達がいなかったけど。


「「「「行ってらっしゃいませ、クレアお嬢様、ティルラお嬢様、タクミ様方!」」」」


 いつも通りの、使用人さん達の揃えた声に送り出され、屋敷の外に出る。

 アロシャイスさんなど、屋敷組になった人達の声も聞こえたな……やっぱり練習しているんだろうなぁ。


「……フェンリルもそうだけど、こうしてみると壮観だなぁ」

「並んでいるねー」


 玄関を出て、さらに門を出た先に馬車や馬、フェンリル達が整列して待機していたのを見て、感心する。

 隣にいるリーザも楽しそうだ。

 フェンリル達が並んでお座りしているだけでなく、大きめの馬車数台、馬も十頭以上が並んでいる。


「えーっと、リーザとティルラちゃんはレオに乗って……俺はクレアと馬車か。――チタさん、お願いします。レオも頼んだぞ?」

「はい、畏まりました」

「ワフ!」


 チタさんと一緒に、リーザ達はレオの背中に乗って移動。

 クレアはドレス姿では馬だけじゃなく、フェンリルに乗るのも一苦労なので馬車に乗る事になっている。

 正装して、レオやフェンリルに乗っているクレアというのも、ある意味勇壮でいいのかもしれないけど、無理はするべきじゃないからな。


「わーい、ママー!」

「レオ様、よろしくお願いします!」

「ワフワフ~」


 伏せをするレオに喜んで乗るリーザと、緊張を引きずっているティルラちゃんが声を掛けながら背中に乗った。

 あちらはレオだし、チタさんもいるから任せておけば大丈夫だろう。

 他にも、馬に乗る人や馬車に乗る人等々、それぞれに別れる。

 俺とクレアは同じ馬車、一緒にライラさんとメイド長さんも乗っていた――。


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