第1119話 思わぬ体験をしてしまいました



「タ、タクミさん。ど、どうですか?」

「う、うん。柔らかくて、気持ちいいよ?」

「や、柔らかい……!」


 迂闊な返答をしてしまったと思うが、言葉を選んでいられる余裕が今の俺にはない。

 現在、俺はベッドの上で正座したクレアの膝というか太ももというか……そこに頭を置いている状況だ。

 要は膝枕をされている状態だな。

 どうしてこうなったのかというと、またジェーンさんの入れ知恵にセバスチャンさんも加わったのが原因らしい、と夕食時に話していた内容をリーザから聞いて判明。


 しかもなぜか、他の使用人さんや部屋にいたライラさん達も、クレアの行動を受け入れる態勢……生暖かい視線のまま、部屋を出て行った。

 ……一応、ライラさんは何かあった時のために、部屋のすぐ外で待機してくれているらしいけど。

 今部屋には、使用人さん達と同じく生暖かい視線を向けるレオ。

 それと、よくわかっていないながら邪魔してはいけないと感じたらしく、レオに抱き着いたリーザが残っているだけだ。


「「……」」


 クレアもそうなんだろうけど、恥ずかしくて視線を合わせず、無言の状態が続く。

 今更なんだけど、熱がある時にあーんとか膝枕とか、逆に熱が上がってしまいそうな事をしていていいんだろうか?

 健康面としては、問題ないのかもしれないけど……。


「そ、そろそろ、タクミ様もリーザちゃんも、寝ないといけない時間ですね!」

「あ、う、うん。そうだね!」


 恥ずかしい状態に耐えられなかったのか、クレアが言って膝枕が終わる。

 ……何の時間だったんだろう? という疑問は空の彼方にポイしておこう。

 残念なんて思ってもいない、なんて事は思わない。

 だって、本当に柔らかかったし温かったし……。


「ひっ……!」

「クレア? どうかし……」

「あ、足が……」

「あー、うん。そうだね、どうなるよね」


 ベッドから降りようとして、足を床に付こうとした瞬間、クレアが短く悲鳴を上げる。

 どうかしたのかと聞こうと思ったら、クレアが涙目でこちらを向いた。

 慣れない正座だったからなぁ……膝枕なんてしたら、お守りを載せているようなものだし、痺れるのも無理はない。


「クレアお姉ちゃん、ここが痛いの?」

「リ、リーザちゃん……や、やめて……~~!」

「リ、リーザ。クレアは今触らない方がいいから、止めような?」

「そうなの? わかったー」

「ワフゥ」


 俺に訴えかけた後、足をさすっていたクレアはリーザに興味を持たれて……というか、怪我をしたとでも思ったのか、リーザの量てがピトっと足に触れた。

 止めようとしたクレアの言葉は遅く、声にならない声を上げて痺れに耐えるクレア。

 さすがに俺のためと思ってやった事が原因で、これ以上はかわいそうなのでやめるようにリーザに言うと、素直に手を離した。

 レオは、そんな俺達を見て溜め息を吐いていた……なんとなく妙な雰囲気になりかけていたけど、リーザもいる状況だとこれくらいが一番らしい雰囲気だなと思った。



 少しして、足のしびれが治った後、部屋に戻るクレアを見送ってライラさんが代わりに入室。

 もし寝ている間に、容体が変わらないか見る必要があるとの事で、ライラさんはこの部屋にお泊りする覚悟らしい。

 以前も、ランジ村に行く前日にお泊りする事はあったけど……さすがにジッと見られている状態で寝るのは……。


「ふわぁ……」

「ゆっくりお休みください。リーザ様やレオ様も」

「はーい」

「ワフ」


 思わず出た欠伸は、寝不足だからだろう……見られたままで寝られないと思っていたけど、意外と大丈夫そうだ。

 リーザやレオは、ライラさんがいる事を気にしないのか、リーザを中心にして丸まったレオに包まれて、ライラさんから毛布も掛けられて、一緒に寝る態勢に。


「ありがとうございます、ライラさん。これからも、迷惑をかけると思いますが……」

「はい、お任せください、タクミ様。これからもお傍でお世話をさせて頂きます」


 熱があるせいもあるんだろう、リーザやレオ、ライラさんが傍にいてくれる安心感のようなものを感じながら、沸き上がる睡魔に身を任せる。

 リーザやレオにやってくれた事に対してか、自分のお世話に対してなのか、はっきりしないままお礼を言って、夢の世界へと旅立つ。

 ライラさんの言葉はもう意識の外でほとんど聞こえなかったけど、なんとなく頷いてくれた気がした――。



 思わず、熱を出してしまってから約一週間、またラクトスに行く事になったので朝食後に準備をして玄関ホールに集まる。

 熱の方は、寝て起きた翌日にはほとんどがっていて、『雑草栽培』を使ったり、鍛錬をしたりは禁止されたけど、特に問題なく復調した。


「いよいよですな」

「そうですね。本当に、俺の下に付いて来てくれるか、不安ではありますけど……」

「ほっほっほ。レオ様を従え、ギフトもあり、そして他にはない発想をされるタクミ様です。何も心配される事はございませんよ」

「はい。私もお手伝いさせて頂きます」

「そうですね……ありがとうございます、セバスチャンさん、アルフレットさん」


 俺が漏らした不安を、セバスチャンさんが笑い、アルフレットさんが頷いて吹き飛ばしてくれるようだ。

 今日は、ラクトスに行ってランジ村で雇う人達の中から、が揃う場になっている。

 まぁ、遠くてどうしても来られない人はいるみたいだけど、そういった人達は個別に連絡と、また会う機会を設けるようにしたんだけど。

 熱が下がってから、アルフレットさんやライラさんだけでなく、雇う使用人さん達全員で何度も会議を開き、雇用者を決めた。


 そして、ランジ村に呼んでも良かったんだけど、まずは面通しをするとの事でこちらから伝令を差し向けて、ラクトスに集合してもらった。

 ランジ村での家もほぼほぼ完成しているらしく、ハインさんやイザベルさんのお店で買った物の搬入も、行われているし……いよいよという感じだな。


「リーザ、今日はデリアさんも来るからな。一緒に遊んでもらうといいぞ?」

「デリアお姉ちゃん! やったー!」

「ワフワフ」


 自分と同じ獣人だし、懐いていたのもあって手を挙げて喜ぶリーザ……レオも尻尾を振って嬉しそうだ。

 デリアさんはラクトスに近い村にいるので、当然呼んである。

 まぁ、何度も直接話しているので、今更面通しする必要はなかったんだけど、連絡をしたら是非とも! という返答がきた。

 ちなみに、ペータさんやカナートさんも来るらしい……カナートさんは雇用者ではないけど、以前の事もあって挨拶をしたいらしい――。

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