第1121話 屋敷のメイド長さんと話しました



「エルミーネとこうして屋敷の外に出るのも、久しぶりね」


 ラクトスに向けて走り出した馬車の中、クレアがメイド長さん……エルミーネさんに話し掛ける。

 そうか、メイド長さんの名前はエルミーネっていうんだな、今更だけど覚えておこう。


「そうでございますね。クレアお嬢様が外出する際には、セバスチャンさんが同行する事が多いですから。それに最近は、もっぱらタクミ様とご一緒する事が多うございますね」


 微笑みながら答えるエルミーネさんは、ライラさんと同じ黒髪で似た雰囲気を持つ人物だ。

 顔とかはさすがに似ていないし、年齢も随分違うんだけど、ライラさんがそのまま年を取ったらこんな感じかな? とも思える、壮年の女性だ。

 女性相手に失礼かもしれないけど、屋敷の中ではセバスチャンさんに次いで、年長者だったと思う。

 まぁ、それでも結構離れているんだけど……俺やクレアの年齢からすると、親世代といったところかな。


「そうだ、ライラさん。メイド長への抜擢おめでとう。しっかりタクミ様のお世話をするのよ?」

「はい。エルミーネさんには、屋敷に来てから様々な事を教えて頂きました。その教えを忘れる事なく、タクミ様に誠心誠意お仕えいたします」

「何を言っているのよ。私もクレアお嬢様と一緒にランジ村に行くんだから、お別れみたいに言わないでね」

「そうでした。これからも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」


 エルミーナさんは、ライラさんがメイド長になる事を純粋に喜んでいるようで、顔を綻ばせている。

 屋敷のメイド長という立場だから、これまでライラさんに教える事も多かったんだろう。

 これからもランジ村で、俺やクレアがお世話になります。

 俺から見たエルミーナさんの印象は、世話好きな近所のおばちゃん風……だけど、多分それだけじゃなくセバスチャンさんみたいに優秀なんだろうな。


「あ、そうだ。エルミーネさん」

「はい、なんでございましょうかタクミ様?」


 ふと疑問に思った事があったので、エルミーネさんに俺から声をかける。


「ランジ村では、俺が雇うことになっている使用人……ライラさんとかがいて、クレアの方にも使用人がいる事になりますけど……変に複雑化する事になりませんか?」


 同じ家に、俺とクレアがそれぞれの使用人を抱える事になるからな。

 命令系統が複雑に……とまではいわないけど、変な軋轢になってしまわないか少し心配だったりする。

 メイド長だけでも、ライラさんとエルミーネさんの二人がいるわけだし。


「何も心配する事はございませんよ。ほとんどが屋敷の使用人。そして公爵家に仕えていた使用人です。最初は慣れない者も出るでしょうが、すぐに慣れるでしょう」

「そうですか、なら良かったです」


 問題ないようなら一安心だ。

 考えて見れば、職場が変わるくらいでクレアは相変わらず一緒にいるわけだし、これまでも一緒に働いていた人が多いから、特に衝突したり軋轢になったりはしないか。

 皆、ちゃんと教育されているうえ、公爵家に対して尽くそうとしている人ばかりだから。


「クレアお嬢様、屋敷で過ごすタクミ様を見ていてわかってはいましたが、お優しい方ですね? 私達のような使用人にまで、心を砕いて下さります」

「そうでしょう? 少し、心配し過ぎじゃないかと思うくらい、周囲の人々の事を気にかけてくれるのよ」


 笑みを深くしてクレアに言うエルミーネさん。

 何故かクレアが得意気だけど……俺としては特別気にかけたつもりはない。

 でもまぁ、使用人を雇う人はそれなりの地位にいる事が多いため、気にする人は少ないのかもしれない。

 尊大とか横柄になるとか、そういう意味ではなくな。


「いずれ私も、タクミ様にお仕えする日が今から楽しみです」

「え? いえ、俺にではなくクレアに仕えていますからさすがに……」


 本当に楽しそうなエルミーネさんだけど、使用人を増やさなければなんて事にならない限り、新しく雇うつもりはないんだが。

 そてにエルミーネさんはクレアの使用人で、しかもメイド長……そんな人を雇う機会はないと思う。


「タクミさん、同じ屋敷で過ごすという意味では? タクミさんも私も、ランジ村の新しい屋敷で過ごすので、タクミさんのお世話をする機会だってあるでしょうし」

「あぁ、成る程。そういう事かぁ」


 クレアに言われて納得。

 同じ場所にいるんだから、大枠で見ると俺に仕えるに近い状況でもあるって事か。

 さすがに、自分で雇っているわけじゃないエルミーネさんに、何かお願いするのは気が引けるけど……顔を合わせるのはもちろんの事、話をする機会はあるだろう。


「……お二人共、似ている部分があるのですね。微笑ましいですけれど、もう少しお互い積極的になった方が、周囲がやきもきしなくて済みます。――ライラも、苦労しますね」

「いえ、慣れていますから」

「え……一体どういう……?」

「二人共?」


 溜め息を吐くように言うエルミーネさんに、澄ました顔のライラさん。

 クレアと一緒に、二人を見ながら首を傾げてしまった。

 ……ラクトスに到着するまでの間に、エルミーネさんが言っていた事の意味を詳しく聞いてみると、俺とクレアが一緒になったらとか、そういうことを想定しての発言だったらしい。

 似ている部分って、そういう話に鈍感だとかそういう……クレアは赤くなって俯くし俺も恥ずかしいしで、突っ込んで聞くんじゃなかったと、ちょっとだけ後悔した。


 しかしあれだな……俺が熱を出した時のあーんや膝枕といい、何やら俺とクレアがというのは、すでに公爵家に関わる人達の中で公認されているような感じだ。

 いやまぁ、エッケンハルトさんからも色々言われているし、セバスチャンさんなんて最初の頃から画策している節があるから、今更かもしれないけど。

 はぁ……先延ばしにしていた事を、そろそろ決めないとなぁ……ランジ村での薬草畑を開始するのも、もうすぐだし。


 以前、エッケンハルトさんやセバスチャンさんに薬草畑を開始する前後で、答えを出すような事を言っていたからな。

 まぁ、顔を赤くしながら俯いて恥ずかしがるクレアは、着飾っているのを差し引いてもやっぱり可愛いな……とか、そんな事を考えている時点で、ほぼ答えは出ているようなものだけど――。



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