第1115話 酷い病ではないようでした



「ふむ、熱と聞いて一番に思い浮かんだのとは違う様子ですな。ラクトスやランジ村で広まっていた病とは違うかと」

「ティルラや、孤児院の子供達みたいに、咳をしていないわね。それじゃあ、ラモギでは?」

「おそらく効かないでしょう。あれは、あの時の病にのみ効果がある薬です」


 俺の診察をしてくれていたセバスチャンさん、自覚症状など問診もされての結論だ。

 確かに、以前俺が見た病に罹っていた人達は、発熱以外にも苦しそうな咳をしていた……ほぼ俺の知っている風邪の症状と同じだ。

 けど俺は、微熱があるだけで咳は出ていない。

 まぁ風邪の症状は色々あるから、本当に風邪じゃないとは言い切れないんだけど、熱と咳の症状がある病にしかラモギの薬は効かないとの事。


「全ての病を知り尽くしているわけではないので、確実な判断はできませんが……おそらく発熱をしているだけかと思われます。タクミ様、他に体のどこかがおかしいなどはありませんか?」

「えっと、熱が出ている関係でしょうけど、関節……体の節々が痛いくらいですね」


 精密な検査ができるわけじゃないし、セバスチャンさんは医者じゃない。

 けど知識が豊富だから、その判断は信用できると思う。

 聞かれて、寝転がった状態のまま手や足を動かしたけど、特に何かあるようには感じない……関節痛があるくらいだな。

 微熱程度だからか、食欲がなくなるほどでもない。


「単純に、疲れなどから来る発熱でしょうか」

「多分、そうだと思います。昨日は練るのが遅かったですし、ここ最近は考える事が多かったですから」


 寝不足が続いたという程ではないけど、使用人候補の皆を見たり気を遣ったり、雇う人の事を考えたりと休まる暇がなかったのは確かだ。

 日本にいた頃と比べたら、忙しいとまでは思わなかったけど……『雑草栽培』でラクトスへの薬草やゴムの製作もやっていたし、剣の鍛錬も続けていたからなぁ。

 気付かないうちに疲れがたまっていたのかもしれない。


「あ、でもそれなら、疲労回復の薬草を食べても効果がなかったのは……?」

「ふむ……はっきりとした事は言えませんが、タクミ様が薬草を食べた時には既に熱が出ていたのではないでしょうか?」

「確かに、体が重いと思ってからでしたけど……成る程、疲れは取れてもすでに熱が出ていたから、そちらには効果がなかったと」


 疲労自体は回復していても、体の不調を感じていたのが熱のせいで既に発熱していたんだったら、意味がなかったって事か。

 それなら、少し寝ていたり休んだりしていれば、熱も治まりそうだな。


「疲労回復の薬草その物が、どのように作用する物なのかまでわかっておりませんからな。もしかしたら、全然別の理由で、ギフトに関係しているのかもしれませんし」

「ギフトに?」

「あくまで可能性の話です。以前倒れられたように、ギフトを使う事でなんらかの影響が体にあるのでしょう。それが原因であるのならば、疲労回復の薬草が効かなかったのも頷けます」

「成る程……」


 ギフトの過剰使用などに関しては、なんとなくの感覚でわかってきている。

 けど、倒れないまでも疲労というか、ギフトポイントのような何かが減っていて、それが影響している可能性も考えられるのか。

 うーん、こればっかりは調べる方法がわからないし、ユートさんと再会した時に聞いた方が良さそうだ。


「それでセバスチャン、話しの通りならタクミさんは休んでいれば大丈夫なのね?」

「おそらくは。これ以上の発熱がない限りは、しばらくすれば治まる事でしょう」

「良かったわ……タクミさん、あまり無理はしないで下さいね?」

「無理をしているつもりはなかったんだけど、そうだね。心配をかけてしまってごめん」


 微熱があっても働き続ける程度、俺にとっては無茶だとは思わないんだけど……心配をかけてしまうのは良くない。

 ライラさんにも叱られたし、今は元気になるよう努めよう。


「持って来ていた薬草は、必要なさそうですな。少々勇み足でしたか……」

「いえ、俺のためと用意してくれたんですから、ありがとうございます」


 解熱剤も必要がなさそうなので、薬草や薬は必要ないという判断……屋敷内の薬草や薬をかき集めてくれたセバスチャンさんには、少し申し訳なさを感じつつも感謝をしておいた。

 一応念のために、ラモギの薬は強い物ではないので飲んでおく事になり、今日はもう何もせずに休む事になった。

 俺の様子を皆に伝えるため、セバスチャンさんは退室して、部屋にはお世話をするためのライラさん、心配してくれているレオとクレアが残ってくれる。


「ワフ」

「ありがとうございます、レオ様。――タクミ様、お水です」


 自覚する事で、余計に体が辛くなる……という事もあるらしいが、汗をかいていなくても喉がカラカラになっていた。

 こういう時はお茶ではなく、水が良いだろうと新しい水を持ってこようとするライラさんを止めたレオが、魔法で水を出してくれた。

 リーザが好きなやつだな……部屋の中で、と思ったけどレオが加減してくれているのか、流れるような水ではなくコップ一杯分の水が出て床を濡らしたりはしなかったようだ。

 

「……熱があるって自覚したからか、冷たい水が美味しいですね。ありがとうございます、ライラさん。レオも」

「ワウ」


 クレアに背中を支えられ、体を起こして受け取ったコップの水を飲むと、熱のせいか冷たい水が体に染みわたるように感じる。

 ただ、背中を支えられなければいけない程辛くはないんだけど……何かやりたい、と目で訴えかけていたライラさんとクレアを見て断れなかった。

 今は無理をする必要はないんだし、甘えられるうちに甘えておこう、少し照れくささはあるけど。

 ……相手がクレアだからなのか、ライラさんにお世話されるよりも抵抗感がないのは不思議だ。


「ふふ、少し不思議ですね。いつも私がタクミさんに助けられているのに、こうしてタクミさんを支えているのは」

「そうかな? まぁでも、確かに俺がクレアに背中を支えられるって事はなかったっけ。前に、枝を投げる時に俺が支える事はあったけど」

「もう、タクミさん……」


 クレアをいつも助けているどころか、俺がお世話になっている事の方が多いとは思うけど。

 微笑むクレアを見てなんだか気恥ずかしかったので、ちょっとだけからかってみた。

 ……弱っていても素直になれない男心、って事にしておいて欲しい――。


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