第1061話 クレアとキースさんから助言を受けました



「取り入ろうと考えてって事ですか……」

「悪く言えばそうなります。権力側の人間には付きまとう事ですよ。あからさまな商人などは、もっと持ち上げたり、特別だと強調したりもしますが」

「今回はハインやイザベルですから、そこまでの事はないのでしょう。何はともあれ、大きなお金が動きく気配を商人は察知します。そしてあわよくば……」

「自分達にも利益を……と考えるんだね。成る程……」


 まぁ、クレアやキースさんが言いたい事はよくわかる。

 お金を多く使ってくれる人を贔屓にしたいし、利益を上げるためにも必要な事でもある。

 お得意様になってもらうため、あの手この手で近付こうとする……というのは、日本でもほとんど変わらないからな。


「ですので、商人がどういう意図で優遇して来るのか……までは少し難しいですが、信じられるかどうかを見極める必要も、これからは出てくるかもしれません。商品が話しの通りの物か、騙すための物ではないかは見る必要がありますね」

「私や、執事……セバスチャンさんが付いていれば、そんな事はさせないでしょうが……絶対ではありません。タクミ様も、覚えておいて下さい」

「はい、わかりました。難しそうですけど……とにかく、商品を確認するくらいはしてみようと思います」


 ハインさんは信頼のおける相手だから、問題らしい問題はないけど、もし見知らぬ商人が近付いて来て、何かの取引を持ちかけられたらって事だろう。

 その見本というか、練習みたいなものだな、今回は。

 初対面から人を疑うっていうのは、中々俺には難しい事だけど……クレア達から言われた事は忘れないようにしよう。


「……とは言っても、私もこれらの事はカレスから教えられた事なのですけどね?」

「そ、そうなんだ」


 俺が深刻な表情をしてしまっていたのか、クレアが冗談めかして微笑みながら言う。

 場を和ませようと言うか、考え過ぎないように気を遣ったんだろう。

 人相手の時は特に、公爵家のご令嬢である事を自覚しているのは間違いないし、こういった事は以前から知っていたと思う。

 まぁ、深く考えるようになったのは、確かにカレスさんに言われてからかもしれないが。


「とにかく、ありがとうクレア。肝に銘じておくよ。キースさんも、ありがとうございます」

「はい」

「私などの言葉がタクミ様の助けになれば、喜ばしい事です」


 参考になる意見を聞けてありがたいと、二人にお礼を言う。

 微笑んで頷くクレアと、謙遜するキースさん。

 そうして、しばらく書類を見ながら見本を持って来てくれるハインさんを待った。



「はぁ……ふぅ……さすがにこれは少々骨が折れますな」

「大きいですからね、大丈夫ですか?」

「なに、これくらいの事、問題ありません……ふぅ」


 汗を垂らし、息を切らせたハインさんは、店員さんと二人がかりで机を持ってきてくれた。

 他の店員さんも、化粧台……ドレッサーや椅子など、現状で見せられる見本を持って来てくれている……さすがにベッドはないが。

 今俺達がいる部屋は、それなりの広さがあったはずなのに商品が並んで、かなり手狭になっていた。

 アロシャイスさんが、手伝った後に邪魔になるだろうからと、運んで来てくれた他の店員さん達と一緒に外へ出たくらいだ。


「ふむ、材質は悪くありませんね」

「そう、ですね……」


 見本に触れ、商品を確かめるクレア。

 俺も一緒に確かめているんだけど……思ったよりも上質な物が出て来て、実は驚いている。

 机は簡素な作りながらも、天板は滑らかで木がいいのか丈夫そうだ。

 椅子も同じく、丈夫な材質なのが触っただけでわかるくらいだな。


 値段からすると、ここまでの物が来るとは思っていなかった……無茶な使い方をしなければ、長年使えそうだ。

 しかも、それらは全て使用人さんや、雇用した人のための部屋に備え付けるための物。

 さすが、周辺に森が多くて木材が豊富なだけはあると、納得する。


「ん、これは……?」

「それは最近の流行を取り入れましてな。狼の意匠を施してあります。タクミ様の下で働く方達には、ちょうど良いかと」


 椅子の背中側……背板の外側を見ると、何かの生き物の姿が掘られていた。

 ハインさんに聞いてみると、レオの影響でラクトスにて流行っている、狼の意匠らしい。

 まぁ、確かに俺が雇った人達は日常的に、レオとかと触れ合う事が多くなるだろうし、いいのかもしれないな。


「ドレッサーや棚なども、良い物のようですよ、タクミさん」

「そうみたいですね」


 ドレッサーは白塗りで綺麗な鏡が付いていて、上品な作りだ。

 小さな引き出しがいくつも付いており、背もたれのない椅子もセットになっていた。

 セットの椅子は、革張りになっていて座板を取り外せるようになっていて、中を収納として使えるみたいだ……こういうの、スツールボックスって言うんだっけ?

 偏見かもしれないけど、何かと小物が増える女性が喜びそうな物になっている。


 他にも、服などを入れる棚はなども、机などと同じで丈夫にできている……ちょっと叩いたくらいじゃ、ビクともしなさそうだな。

 さすがに叩いて試したりはしないけど。


「これらに、要望があれば色を塗る事も可能ですよ」

「それは、色を統一したい人とか、こだわりがある人は嬉しいでしょうね」


 ドレッサー以外は、使われている木がそのままなので、今は色が塗られていない。

 さすがに追加料金が必要になるが、部屋を自分の思うように飾りたい人には、嬉しいかもしれないな。

 ちなみに、ドレッサーの方も革張りのスツールボックスも、色を変える事ができるらしい……人によって、同じ物を使っていても結構部屋の景観が変わりそうだな。


「まぁ、色に関しては使う人に決めてもらって……椅子は、狼の意匠があるのがいいですね」


 他にもいくつか、背もたれのないタイプやひじ掛けのないタイプなど、複数種類の椅子があるけど、やっぱり一番気に入ったのは、ハインさんお勧めの狼が掘られている椅子。

 座っている本人はあんまり見えないだろうけど、レオやフェンリル達を彷彿とさせる意匠がいいな。

 全て手彫りらしく、よーく見ると微かな差異があるみたいだけど、それもまた味があるとも言えるか。


「それじゃ、この机と椅子、棚をセットで……」

「はい、畏まりました」



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