第1058話 滑り止めの話をしました



 制作費用が少し上がってしまうが、ハルトンさんが言うにはクッションみたいな物を中敷きとして入れるのは、好評みたいだ。

 試作スリッパは布を重ねただけの物だったので、足を床に降ろした時、その感触がダイレクトに足裏へと来ていた。

 もし、ちょっとした小石でも踏もうものなら、固い感触が伝わって足裏を痛めてしまうだろうと思ったため、クッションを挟むよう提案していたんだったな。

 確かに、普段のブーツのような靴もクッションはないから、分厚い革があっても衝撃はそれなりに伝わって来るからなぁ……一応、革の靴も木の靴も中敷き代わりに布が入っているんだけど、薄いから衝撃はほとんど吸収してくれない。


「こちらは、スリッパを売り出して履いた者達の評判次第ですが、我々はこれから先、多くの靴に採用される仕組みになると踏んでいます」

「それ程ですか……」

「試作したスリッパを、私や店の者が家で履いているのですが、思いのほか足が楽になったのですよ。ただ……実際に履いて動いてわかった事もありまして……」


 足が窮屈になっていない、というのも重要だけど、衝撃を吸収するクッションは試した人達にも好評らしい。

 ただ、他にも気になる事があるのか、急にハルトンさんの表情が曇る。

 実際に履いてみないとわからない事ってあるから、そういった事なんだけど……と思って、ハルトンさんから話を聞くと、スリッパが滑りやすい事が問題だったらしい。


 クレアが試した時もそうだったけど、木の板を使った床でもやっぱり滑ってしまっていたとか。

 まぁ、滑り止めとか一切なく、ただ布を靴の形にしただけの物だから、仕方ない。


「それは、こちらでも把握していました」

「……他の靴には、滑らないような工夫がされているのですが……それをスリッパに使おうとすると、費用がかさんでしまうのです。それで現在煮詰まっておりましてな」

「それなんですけど、ちょっと考えていた事がありまして……」


 他の靴に施している、滑り止めのような処置はそれなりに費用が掛かる事らしい。

 まぁ、元々布に対しての処置じゃないからってのもあるだろう。

 スリッパが滑る事に関しては、クレアが履いた時に俺も把握していたし、実はちょっとした解決策も考えていた。

 ……これは、使用人候補の皆が来る前にできた物と、それから順調だったおかげだけど。


「キースさん、すみませんがあれを」

「畏まりました」


 荷物の一部を持っていてくれたキースさんに声をかけ、目的の物を出してもらう。

 最初から、ハルトンさんに見せるつもりで持って来ていた物だけど、向こうから話を振ってくれて良かった。

 もし他に、滑り止めをどうにかする方法があったら、無駄になったしな……他に活用法がある物ではあるけど。


「これは……なんでしょうか? 薄い……布ではありませんね?」

「それはゴムと言って、伸縮性のある新素材です」


 俺が……というかキースさんが持ち込んだ物は、最近新しく『雑草栽培』頼りに作ったゴム。

 あれから毎日、ゴムの樹液を溜める作業をしていたんだけど、順調に溜まり過ぎていて少し使ってみようと考えた。

 そこで、最初に考えたのがスリッパの滑り止めにしてはどうか? という事で……熱を加えると、レオ達におもちゃとしてあげた、俺のよくしるゴムになる事を利用。

 熱すると溶けて液体になるので、それを別の鍋に少量だけ分ける。


 冷まして固まると、鍋の底の形の薄いゴムができるので、それを適当なサイズに切るだけだ。

 大きさに関しては相談する必要があるけど、数ミリ程度の厚さで作ればゴムの樹液を使う量は少ないし、試してみたら耐久性も十分だった。

 フェンとリルルが咥えて引っ張り合っても、それなりに耐えられるのは……むしろ俺が知っているゴムより、耐久性に優れているかもしれない。

 ちなみに、厚さを一定にするのが難しかったが、決まった鍋の大きさに決まった量を計って入れる事で解決した。


「新素材……そんな物が……? 確かに、触った事のない触感です。おぉ、伸ばしてもすぐ元に戻るのですね」


 キースさんが机に置いたゴムを、手に取って見ながら感心しているハルトンさん。

 スリッパようにと考えて作った物だから、ゴムの大きさは長さ五センチ、幅一センチくらいの細長い物……少し不揃いだけど。

 耐久性もしっかりした物になっていて、色は黒……鍋の中で冷やして固めたせいで、鉄分か何かを含んでしまったのか、勝手に色は黒くなった……レオ達に作ったゴムボールは白だったのに。

 これは、熱した時の鍋とは別の鍋に入れて固めたらと判明しているんだけど、今は関係ないか。


「それを試作スリッパに縫い付けて試したんですけど、屋敷の床では滑らなくなりました」

「既に試しておられたのですね。これまでと違って滑らないのであれば、十分過ぎる物です。これがそんな効果を……」

「……まぁ、条件みたいなものはあるんですけど」

「条件ですか?」


 感心しきりのハルトンさんに、ゴムが滑らない条件を話す。

 本底……スリッパや靴の裏に縫い付けて試してみたら、確かに石の床では滑る事はなくなった。

 絨毯などでも同様だったんだけど、濡れている床だけはゴムを付けない時以上に滑ってしまう事だ。

 誰かがこぼした水の上に足を降ろしたら、想像よりツルッと言ってしまってそのまま転んでしまった……というゲルダさんの報告から判明した。


 まぁ、特殊な滑り止めがされていなければ、ゴムが濡れると滑るというのも知っていたから思い出せて良かったし、怪我もなかったようなんだけど。

 転んだのがゲルダさんというのがまた、なんというか定番化している気すらし始めている。


「成る程……ゴム、でしたか。そのような素材があるのであれば、他の物にもと考えましたが……」

「考えれば使える物はあると思いますけど、なんにでもというわけにはいきませんね」


 ちゃんと扱えれば他の靴や、それ以外にも使える方法はあると思う。

 階段の滑り止めとかも、ちょっと考えたりもした。


「ですが、ゴムは少し特殊な方法で作っているので、あまり数が作れません」


 スリッパくらいなら、一日でゴム茎を作る数を少なめにしていても、まだ少しずつ樹液を溜められるくらいだと思う。

 想像以上に耐久性があるおかげで、ハルトンさんに見せたゴム……ゴム板と呼ぶ事にしようか。

 薄いゴム板は裏庭で履いて、土や砂で擦れても大丈夫だ。

 まぁ、経年劣化とか長く履き続けているとどうなるかは、まだわからないが――。



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