第1057話 ハルトンさんとスリッパの話を始めました



「私は嬉しいよ?」

「リーザはタイニーライトが好きだもんなぁ」

「雇い主が、直々に成果を認めて渡す物……と考えれば、値段とは関係なく喜ばれるかと」

「働きが認められている、と感じますから」

「……そんなものですかね?」


 リーザはともかく、確かに自分の働きが認められるのは嬉しい事だと思う。

 やりがいみたいなのもできて、一層仕事へのやる気に繋がるのかも……特別ボーナスとか、臨時収入や給料に反映されている方が喜ばれる、と考えている俺は、こちらではちょっと異質なのかもな。

 いや、もらえるならお金も多くもらった方が、喜んでくれるだろうけど。

 やりがい搾取、なんて事にならないよう気を付けないといけないが、何か成果に対するご褒美とか、考えておいた方がいいのかもしれない。



「お邪魔します……ハルトンさんはいらっしゃいますか?」

「これはタクミ様、ようこそいらっしゃいました。少々お待ち下さい」


 使用人候補の人達と話しながら、ハルトンさんの仕立て屋さんに到着し、チタさんとアロシャイスさんにレオを任せて中に入る。

 今はキースさんとシャロルさんが一緒にいるけど、キースさんは商売事に詳しいので来てもらったけど、シャロルさんは服飾にも興味があるらしく、今回はアロシャイスさんと交代だ。

 店員さんに迎えられ、すぐにハルトンさんを呼んでくれるようだ。


「これはこれはタクミ様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「ハルトンさん。スリッパの話をしようと思いまして。その後、どうですか?」


 店員さんに呼ばれてハルトンさんが出てきた。

 以前屋敷まで試作のスリッパを持ってきてくれたけど、あれから数日……様子見の日数としては短いかもしれないけど、見に行くって言っていたからな。

 進捗があるのかどうか、一応聞いてみる。


「タクミ様とご相談させて頂いたように、改良させて頂いております。ですが……」

「何か問題でも?」


 お店の隅にある机に向かい合って座りながら、スリッパの話。

 ハルトンさんと話し合った事は、それなりに活かされているようだけど、何か気になる事があるのか、思案顔だ。

 特に、制作の妨げになるような事は、話していなかったと思うんだけど?


「いえ、やはり女性の意見からは、足先を出す事に難色を示すものが出ておりますな……」

「そうですか……こちらでも、女性の使用人さん達からは足先を出したくない、という人が多かったですね」


 スリッパだから、蒸れない物をと思って足先を出せば……と思ったんだけど、女性からは不評の様子。

 実際、使用人候補の人達と話す傍ら、ライラさんが屋敷の使用人さん達に試してもらっていたんだけど、そこから上がってくる意見でも女性が足先を出すのは、というものが多かった。

 男性の方はむしろ、気軽に履いたり脱いだりできるし、動き回っても蒸れないので歓迎だったみたいだ。


「そうですか……それでしたらやはり。タクミ様、発案者であるタクミ様の許可を得られればなのですが……男女別のスリッパとして、製作してみようかと」

「男女別ですか。好きな方を買えるという意味では、悪くないですね。でも、製作費とかが上がってしまいませんか?」

「売れ行き次第なのは間違いありませんが、利益は少々下がってしまいますな。ですが、これから先長く売れる物として考えれば、利益が少し下がっても我々に利点はあります……」


 ハルトンさんは、男女別で作ればそれぞれの需要に答えられると考えたようだ。

 発案者の俺の許可というのは、多分一つの形ではなく複数の種類を作る事の許可が必要なんだろう。

 利益が下がってでも、ハルトンさん達に利点があるのなら悪い事じゃないと思うが……と考えつつ、スリッパの話に集中する。

 シャロルさんはその間、店内の商品などを見たり店員に質問したりしていた……女性だから、可愛い服とか綺麗な装飾に興味があるんだろうな、と思うのは偏見かな。


 キースさんは、特に意見はしないけど俺と一緒にハルトンさんの話を聞いている。

 こちらは、俺が変な契約をしないかとか、商売的な観点で見てくれているようで、ありがたい。


「ふむふむ、成る程……男女とはっきり決めずに……」

「多くの女性が躊躇したとしても、全てではありませんから……」


 ハルトンさんの話……利点とは、スリッパを売り出す事で利益が少なくともお店の名が売れる事……要は広告として利用する事だった。

 確かに、お客さんを呼び込むきっかけとして、新しい商品を安く売ると言うのは悪くないと思う。

 それならと、俺からも意見を出させてもらっている。

 俺の意見は、男女別と最初から区別して売り出すのではなく、足先を出すスリッパ、出さないスリッパをそれぞれ売り出して、お客さんに選んでもらえばいい。


 男女別、と最初から決めて売り出せば、もし女性で足先が出た物が欲しくても買いづらいだろうし、逆もしかりだ。

 販売機会を増やすためにも、どちらかと決めて売るよりはいいかなと思った、選ぶ楽しさもあるしな。

 そこから……まぁ、これは仕立て屋の本分ではないし、靴を作っている所と相談になるかもしれないけど、少し丈夫な物を作って、外履きでも使えるようにしたら、という提案もした。

 外履きと言っても、街中を歩いたりするわけじゃなく、ちょっと庭先に出るための物だ……屋敷だとよく裏庭に出るし、屋内用と屋外用の物を分けた方がいいだろうから。


「成る程……外と中で分けるのですね。費用を抑えて、普段履いている靴より安価にする事で、買いやすくもある、と……」

「外で履いた物を、家の中で履いていたら普段の靴とあまり変わらないですから。まぁ、靴よりは足が楽でしょうけど。床の汚れが減るので、普段掃除をしている人ほど、効果に気付きやすいと思います」


 靴より安価に、というのはスリッパを作る最初からほぼ実現できていた事だ。

 まぁ、布を重ねて使っているだけだから、木や革を使って足や足首、ふくらはぎなどを覆うように作られる物より、素材も少なくいからな。


「あ、そうでした。タクミ様に言われていた、足への衝撃を和らげる仕組みですが」

「どうでしたか?」

「これが、思ったより皆に好評でしてな。スリッパの売れ行き次第ではありますが、もしかしたら、他の靴にも採用されるかもしれません」



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