第1041話 話を聞きたい人を選びました



「臆病であるがゆえ、精一杯の虚勢を張って威嚇をするのですよ。タクミ様と初めて会った昨日のように。ですので、私から注意とともに少々脅して、おとなしくするようにしたのですよ」

「……うーん」


 セバスチャンさんの言葉に、頭の中でチワワとか臆病だと言われている小型犬が浮かんだ。

 臆病だからこそ警戒心が強く、知らない人を見たら体を震わせながら健気に吠えたりする……。

 ヴォルターさんが健気だとか、チワワのような可愛らしさとは無縁だけど、男だし。

 もしかして、だからこそ書庫に引きこもって書物ばかり読んでいたのだろうか……? 本を読むだけなら、誰からも害される心配はないから、とか。


「まぁ、ヴォルターは放っておいて構いません。いずれ元に戻るでしょう。少々……フェンリルへの恐怖心が強くなっているようですが、直に慣れます」

「慣れそうには思えませんけど……わかりました。とりあえずはセバスチャンさんの言う通り、このままにしておきます」


 今俺が声を掛けたりしても、逆効果っぽいから……セバスチャンさんの言う通りにするしかないんだけど。

 これまで、レオやフェンリルと触れ合った人達のほとんどが、怖がらなくなってくれていたから大丈夫だと思っていたんだけど、ヴォルターさんにとって荒療治は逆効果だったか。

 また別の何かを考えておかないといけないかな?


「えーと……とにかくそういうわけで、フェンリル達は友好的で協力的なので、襲われる心配はありません。少なくとも、こちらから何かを仕掛けなければ、向こうからという事はないと約束してくれていますから。ここまでは、大丈夫ですね?」

「はい」


 ヴォルターさんの事で、言おうとしていた事とかが吹っ飛んでしまったので、とにかくこの場を締めるため、まとめに入る。

 俺の言葉にアルフレットさんが頷き、続いてヴォルターさん以外の使用人候補さん達が頷いてくれた。

 これで全てが大丈夫というわけじゃないけど、皆ある程度は慣れてくれただろう。


「それじゃあ……疲労回復の薬草があるので、あまり疲れはないかもしれませんけど……」

「すみません、タクミ様。少々よろしいでしょうか?」

「どうしましたか、ジルベールさん」

「その……疲労回復の薬草という物なのですが……」

「あぁ、これですか。そういえば、二度目の散歩に行った人にはまだ渡していませんでしたね……」


 ジルベールさんが手を挙げ、疲労回復の薬草に関して質問する。

 そういえばと、後の人達に渡そうとしてまだだった物を取り出し、見せながら説明。

 本にも載っていない、誰も見た事も聞いた事もない薬草で、既に食べて効果を実感できている人達も、ゴム茎以外にもあったのに驚いていた。

 ついでに散歩後発組の人にも、ついでに疲労回復の薬草を渡して効果を実感してもらう。


 フェンリル達に乗る事を喜んでいたチタさんも、はしゃいでいたから疲れていたんだろう、薬草を食べて感動していた。

 酷い疲れが完璧に取れる、という程の効果はないし、乗り物酔いに直接効果があるわけじゃないけど、こちらの話を受け付けない状態になっているヴォルターさん以外、元気になってくれたようだ。


「じゃあ、今日はここまでですね。特に今日やる事もありませんし……」


 他にやる事と言えば、鍛錬くらいのものだ。

 そちらは俺自身がやる事で、手伝ってもらうわけにもいかないので、使用人候補の人達はやる事がない。


「そうですね……チタさんと、シャロルさん。それからアロシャイスさんは、俺と一緒に」

「私ですか?」

「私も?」

「何か、お世話をする事があるのですか?」


 少し考えて、チタさんとシャロルさん、アロシャイスさんを連れて行く事にする。

 訓練にというわけではなく、とある紹介も兼ねてだ。


「ヘレーナさん……屋敷の厨房に行って、レオやフェンリル達の食べ物を頼もうかと。本当はチタさんだけと思ったんですけど、シャロルさんやアロシャイスさんから話を聞きたかったので。構いませんか?」

「はい、問題ありません」

「私も大丈夫です」

「畏まりました……何なりとお聞きください」


 フェンリル達も期待しているようだし、ご褒美をヘレーナさんに頼むためだ。

 裏庭に行くには屋敷の中に一度入らないといけないし、ついでなのもある。

 チタさん以外も連れて行くのは、餌付けなのかお世話なのか、よくわからないけど興味があるらしいシャロルさんと、ちょっと話を聞いてみたいアロシャイスさん。

 アロシャイスさんは、フェンに乗っている時のヴォルターさん相手にちょっと気になる程度だけど、チタさんとシャロルさんはフェンリル達のお世話を任せられそうだっていうのもある。


「他の人達は……」

「私が引き受けましょう。ヴォルターもいますから。それに、タクミ様の薬草販売契約の事も、教えておかないといけませんからな。お金の動きを知っておかなければ、補助もできません」

「そうですね。わかりました、お願いします」


 三人が頷いてくれたのを確認し残った人達に、休んでおいてもらおうと思ったら、セバスチャンさんが引き受けてくれた。

 確かに、選ぶかどうかに拘わらず、ある程度は教えておかないと使用人として、俺の補助はできないか。

 薬草販売契約に関しては隠す事じゃないし、屋敷の人達は皆知っているからな。


「私は、ここで魔物の後片付けを終えるのを待ちます。ティルラも行っていますし、報告を受けないといけませんから」

「わかりました」


 クレアは、屋敷の入り口でティルラちゃん達が戻って来るのを待つようで、薬草のおかげもあって回復したヨハンナさんが、いつの間にか待機していた。

 ティルラちゃんへの心配ではなく、屋敷の近くで起こった事だからだろう。

 残った疲労回復の薬草をクレアに渡し、後片付けに参加した人が戻って来て疲れていたら、食べさせてと言い残し、屋敷の中へ。

 多分、フィリップさん辺りは必要そうだから……。



「タクミ様、私達に聞きたい事とはなんでしょうか?」


 屋敷の中に入り、厨房へ向かう途中でアロシャイスさんから聞かれる。

 何を聞きたいのかなどを行っていなかったので、気になって仕方ないのかもしれない……チタさんはご機嫌だけど、シャロルさんはアロシャイスさんと同じように、俺を窺っていた――。



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