第1042話 まずはアロシャイスさんの話を聞きました



「大した事を聞きたいわけじゃないんですけど……まずはアロシャイスさんからかな。えっと、さっきフェンに乗っていた時、ヴォルターさんを脅していましたよね?」

「お気づきになられましたか……お恥ずかしい」

「まぁ、あれだけあからさまだったら……」


 暴れるヴォルターさんをおとなしくさせるため、後ろ側に乗っていたアロシャイスさんがヴォルターさんに、ボソッと呟いた言葉。

 おかげでヴォルターさんがおとなしくなってくれたけど、妙な迫力があったし、あれは完全に脅しと言えた。

 まぁ、セバスチャンさんが以前見せた表情などを見ていなかったら、気付かなかったかもしれないけど。


「昔取った杵柄と言いますか……あまり大っぴらに話す事ではないのですけど……」


 アロシャイスさんが話してくれた事、それはシャロルさんも同様に、今回使用人候補として来ている人達の一部にも関係する事だった。

 それは、関係する人はつまり元々孤児だったという事。

 アロシャイスさん、キースさん、ジルベールさん、シャロルさん、チタさんの五人が孤児らしい。

 キースさん、ジルベールさん、チタさんはそれぞれに事情があれど、幼少期のほとんどが孤児院で過ごしたのだとか。


 アロシャイスさんとシャロルさんは、それぞれ別の場所だけど、孤児院に入る前はスラムの出身との事だ。

 シャロルさんがいたスラムは、公爵家の本邸近くの街らしく、今ではスラムの影も形もなくなって治安が良くなり、その過程で孤児院に入る事になったらしいけど……アロシャイスさんは……。


「私がいたスラムは、公爵領とは別の領地にある街でした。同じ国ではありますけど、一概にスラムと言っても治める領主によってその内情は大きく変わります」

「そんなに、ですか?」


 アロシャイスさんが、暗い表情で話すスラムでの暮らし……それは、リーザの話を聞いている時と同じか、それ以上に過酷な内容だった。

 武器を使っての喧嘩は当たり前、隙を見せれば食べ物も何もかもを奪われる……唯一奪われないのは命くらいだとか。

 しかも、街そのものの治安も悪く、誰かに怪我をさせた程度では保護される事もないし、まともに食べ物を盗めるような店もない、盗みがいけない事だとか悠長な事を言っていられる場所ですらなかったらしい。


 一応、申し訳程度に衛兵が治安維持をしているので、殺しをしてしまえば捕まってしまうため、住民の自制が少しだけあるという。

 話を聞いている限り、同じ国内での話とは思えないけど……領主貴族による政策はそれぞれで大きく違うので、場所によって同じ国とは思えない程、様相が変わるのだとか。


「あの頃、なんとか一人で食いつないでいく中で、人を脅す事も覚えました。ただ、はったりを言うくらいですし、公爵領に来てからは必要はなくなって、不必要な時には脅しませんが」

「そういう事だったんですね。昔の経験で、慣れているように感じたんでしょう」

「侯爵領に来てから、スラムが少ない事や治安の良さには驚きました。そして、逃げてさまよっていた私を、街の人達は排除するのではなく、孤児院に入れて保護まで。私のいた街にも孤児院はありましたが、お金が必要でしたし」

「孤児院にはいるために、お金が?」


 孤児を保護して育てる場所なのだから、本来保護するべき子供相手にお金を取るのはおかしい話だ。

 クレア達から聞いた話では、領主貴族が孤児院を運営する義務を持っていて、管理しているはずなのに……もしかして、貴族が逆にお金儲けとか考えて?


「貴族側からの運営費が、あまり多くなかったんだそうです。それで、孤児院に入っても質素な暮らししかできず……スラムよりはマシかもしれませんが、それでも自分の食い扶持は自分で稼ぐような状態だったらしいのです。私は街そのものから逃げ出してしまったので、本当の内情まではわかりかねますが……」


 話を聞く限りでは、孤児院から貴族にお金が流れて……という事ではなさそうかな、多分。

 公爵家はお金に余裕があるので、孤児院への援助を多めにしているらしいけど、アロシャイスさんのいた場所の領主貴族は、あまり余裕がないのかもしれない。

 そのあたりは、貴族によって違うだろうし、運営方針とかもあるからなんとも言えないか。

 アロシャイスさんが子供の頃だから、大体二十年くらい前だろうし、今俺があれこれ考えても仕方がない。


「そういう事だったんですね……」

「そうして、孤児院から公爵家に仕えさせてもらえたのです。身命を賭して、仕えると決めております」


 アロシャイスさんの言葉に、シャロルさんやチタさんもコクコクと頷いている。

 セバスチャンさんの言っていた通り、孤児院から公爵家で雇った人は、本当に忠誠を誓ってくれているようだ。

 公爵領の孤児院はそれぞれ、ちゃんとした教育や暮らしをしているらしいので、そういった部分の感謝と、孤児だった自分を雇ってくれた事への感謝が相俟って、そうなるのだろう。


「でも、それなら俺に雇われるのは嫌なんじゃないですか……?」

「問題ございません。旦那様から直々に、これからの公爵家にとってなくてはならない存在である方、と言われております。タクミ様にお仕えする事は、公爵家への恩返しにも繋がると考えておりますから。実際、ここに来てシルバーフェンリルのレオ様だけでなく、複数のフェンリルを従えているタクミ様を見ると、旦那様のお言葉も納得できます」

「その通りです。シルバーフェンリルを敬うべきは、公爵家に関係する者なら誰もが知っています。それを従え、さらにはご自身もギフトを扱う事ができる……」

「国や公爵家が、さらなる繁栄を極めるためにも、タクミ様は重要な存在だと考えております」

「……そこまでは、さすがに大袈裟だとは思いますけど。納得してくれているのなら、良かったです」


 公爵家に忠誠を誓っている人が、俺に選ばれて仕えるようになるのはどうなんだろう? と思って聞いたら、三人共頼もしい返事が返ってきた。

 さすがに、俺一人で公爵領だけでなく国全体に重要な影響を、というのは大袈裟な気がしたけど……好意的に思ってくれていると考えよう――。



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