第1040話 一人だけ逆効果だった人がいました



「セバスチャン、すぐに人の用意を。魔物が屋敷に近付いて来ていたわ」

「魔物が……畏まりました。すぐに討伐に向かわせ……」

「あぁ、魔物自体はフェンリル達とラーレが倒したので、大丈夫ですよ。オークとトロルドでした」


 魔物の事を伝えるクレアに、セバスチャンさんが頷いて人員の手配をしようとするのに、補足しておく。

 レオがいるし、フェンリル達やラーレがいるので、魔物がすぐに倒されていた事に納得し、討伐ではなく片付けをする人員に切り替えて向かわせるようにしてくれた。

 フェリーとフェンが凍らせている事も伝え、オークを運ぶための荷台やトロルドの処理をする人をそれぞれだ。


「フィリップ、行きますよー?」

「ティ、ティルラお嬢様。加減はして下さいね……?」

「それはラーレに言って下さーい。――ラーレ、行きましょう!」

「キィー」

「……大丈夫だろうけど、災難だなぁ」


 後片付けに向かう人達とは別に、ティルラちゃんがフィリップさんをラーレに乗せて、先に出発。

 付近に他の魔物がいる可能性を考慮して、周囲を見回るためだ。

 まぁ、感覚強化の薬草を食べたレオが、周囲には他に魔物がいないと保証してくれたので安心だけど、その後に近付いて来ているかもしれないからな……倒したオークとかそのままだし。

 空を飛んで行くラーレを見送りながら、フェンリル達の散歩が終わったために、もう乗る必要がなかったフィリップさんが乗せられたのに同情した。


「ほぉ、そんな事が……」 

「そうなのよ。毅然として、レオ様だけでなくフェンリル達にも指示を出して。的確に魔物を倒していたわ」


 空を見上げる俺の後ろでは、人員の手配を終えたセバスチャンさんに、クレアが魔物と戦った時の事を話していた――。



「さて、全員フェンリル達に乗り終えたわけですが……どうでしたか?」

「凄かったです! 最後に魔物を圧倒した戦いは、特に! フェンリル達も可愛いですし、安全な事もわかりました!」

「うんうん、そうですね……」


 やたらと褒めたがる、クレアやセバスチャンさんを止めた後、リーザやレオと一緒にフェンリル達には裏庭に行って休んでもらい、俺は屋敷の前で使用人候補さん達を集めて感想を聞く。

 一人、まだ顔色が良くなっていない人もいたけど、疲労回復の薬草をライラさんが渡してくれたのもあって、体調が悪い人はいないようだ。

 その中で、特にチタさんは興奮した様子で、フェンリルに乗った時の事や魔物と戦った時の感想を言っている……両手で拳を作る程で、熱意のようなものはよく伝わる。


「タクミ様、私は魔物とのを見ていませんが……話されていた通りフェンリル達が言う事を聞き、危害を加えないのはよく理解できました」

「レオ様だけでなく、フェンリル達を複数従える方がいる、といった驚きはありますが……チタも言っているように、安全なのですね」

「フェンリルならば、馬と違って魔物と遭遇しても圧倒できるのであれば、これ程心強い事はありません。……まだ、恐怖心が全て拭えたわけではありませんが、少しずつ慣れていきたいと考えます」

「タクミ様が凄い方で、旦那様がわざわざ私達を用意するのも納得しました」


 アルフレットさんを始め、他の人達からも感想を聞く。

 最初からあまり怖がってなかったチタさんはともかく、他の使用人候補さん達もおおむねフェンリル達に対する恐怖心は薄れている様子だ。

 一部、俺を称えるような意見があったりもしたけど。

 レオもそうだが、フェンリル達を従えているわけじゃないんだよなぁ……これは、追々わかってもらえばいいか。


「先程の魔物と戦う前、お肉の話をしていました。やはりフェンリルはお肉を好むのでしょうか?」

「まぁ、好みはお肉を使った物ですね。お肉しか食べないわけではないですけど」


 シャロルさんだけは、まだ餌付け的な考えをしていたようだった。

 チタさんと一緒に、フェリー達の食事のお世話を任せるのもいいかもしれない。


「ある程度、皆さん慣れてくれたようですね。……一人を除いて」

「戻って来て、屋敷に駆け込んでからずっとこうなんです。私達が何を言っても、聞いてくれません……」


 ただ一人だけ、頭を抱えて座り込んでいる使用人候補……ヴォルターさんを見る。

 その人はセバスチャンさんと同じように、一度目の散歩を終えてすぐ屋敷に駆け込んでいたんだけど、俺達が戻って来る前に他の使用人候補さん達に連れ出されたらしい。

 でも、抵抗して座り込んで……結局玄関口から動かなくなってしまったんだとか。

 顔色が良くなっていない唯一の人だな。


「うぅ……フェンリル怖い。馬より速く走っておいて、それが散歩だなんて。しかも、屋敷に戻る時には駿馬よりもよっぽど速かった。なのにあまり風を感じず、馬よりも揺れないなんて……。しかも、屋敷で父さんに続いて出す物を出して気分を落ち着けている間に、魔物を倒したとか……あんなの、人間がどうにかできる存在じゃない。本を読みたい……本を読んで落ち着きたい。本なら、どんな事であってもただの物語や伝承に過ぎないのだから。何者を害する事はないのに……」


 何やら、ずっとブツブツ言っているヴォルターさん。

 俺だけでなく、他の使用人候補さん達が呼びかけても、ひたすら両手で頭を抱えて座り込んでいる


「はぁ……やはりこうなりましたか。魔物と戦った報告が、止めでしたかな」

「セバスチャンさん? ヴォルターさんがこうなる事、わかっていたんですか?」

「ここまでになるとまでは……ですが、恐怖心を膨らませるだろうなとは予想していました」


 ヴォルターさんをどうしたものかと見ていると、セバスチャンさんが溜め息を吐きつつ話しかけて来る。

 父親のセバスチャンさんは、最初からある程度の予想はしていたらしい。


「こうなると少々長いのです。ヴォルターは、どうしてこうなったのか……とても臆病でしてな」

「臆病?」


 ヴォルターさんは俺との初対面の時、品定めするような視線や、セバスチャンさんに注意されるまで丁寧な話し方すらほとんどなかった。

 そこから考えると、臆病な性格とは思えない……。

 いや、今目の前でフェンリルに怯えて頭を抱え込んでいる姿は、確かに臆病な人と言えるんだろうけど――。


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