第1035話 招かれざる客が近付いているようでした



「どうかしたのですか、タクミさん、レオ様?」

「あぁ、クレア。レオが、魔物の気配を感じ取ったらしいんだ」

「魔物ですか……レオ様?」

「スンスン……ワフワフ、ワウゥ」

「うーん、さすがに距離があるからわからないか。えっと、クレア。多分オークっぽいけど、他の臭いや気配も混じっているから、はっきりとわからないらしい」


 速度を落としたため、先に行っていたフェリーが戻って来て、クレアに声を掛けられる。

 クレアが窺うようにレオを見ると、完全に停止して顔を上に向け、鼻を引く付かせるレオ。

 だけど、距離が離れているのと混じっているために、はっきりとはわからないらしい。

 という事は、オーク以外にもいるって事か……オークが他の魔物と共同で動くとは考えにくいけど、何かしらあるのかもな。


「ガウ?」

「ガウゥ?」


 レオが止まり、フェリーも同じく止まったのに気付いて、フェンやリルルも様子を見に近付いて首を傾げた。


「フェリー、フェン、リルル。レオが魔物の気配を感じ取ったみたいなんだけど……レオがはっきりわからないから、フェリー達にも無理か」

「グルゥ……」

「ワフ!」


 それぞれに声をかけ、これだけフェンリルがいれば何か……と一瞬考えたけど、レオにすら判別できなかったのだから、フェンリル達にはもっとわからないだろうと途中であきらめる。

 実際、フェリーはレオと並走していたのに、今も魔物の気配には気付いていないようで、すまなさそうにしているからな。

 レオが当然だ、と主張するように鳴いているが、そこは慰めてやった方がいいと思うぞレオ?


「魔物……ですか?」


 リルルの背中から、声を上げたのはシャロルさん。

 硬い表情と声は、魔物の気配と言った俺の言葉を聞いたからだろう。

 同じく、他の使用人候補の人達も表情を硬くしている。

 平気そうなのは、俺以外にリーザとクレアくらいか……これは肝が据わっているとかではなく、レオやフェンリル達と一緒にいる事の安心感からだな。


「はい。んー……すみません、一度皆フェンリル達から降りてくれますか? フェリー達、頼む。レオも。ほら、リーザも俺と一緒に」

「ワフ」

「はーい」


 皆に声をかけ、素直に従って伏せをするフェンリル達とレオ。

 リーザを抱えて一緒に降りて、他の人達が降りるのを待つ。


「クレア、シェリーやリルルと一緒に、使用人候補の皆をお願いできるかな?」

「わかりました。いざという時のタクミさんは、本当に頼りになりますね」

「いや……そんなんじゃないと思うけど。魔物がいるとしても、レオ達がいるから緊張感はほとんどないし……」


 正直、どんな魔物が出て来ても怖くないとすら思っている。

 最強らしい、シルバーフェンリルのレオだけでなく、フェンリル達に、上空ではラーレが飛んでいるからなぁ。

 とにかく、危険がないようにクレアと使用人候補の人達は、シェリーとリルルに任せる。

 ……シェリーは、走り過ぎてまだ疲れているみたいだけど……まぁ大丈夫だろう。


「確かに、それもそうですね。本当なら、緊張しないといけないのかもしれませんけど。――それじゃ皆、リルルの後ろに。タクミさんとレオ様達が対処しますから、安心して見ておきましょう」

「よ、よろしいのでしょうか、クレアお嬢様?」

「すぐに屋敷へ戻り、護衛兵士達に救援を求めるべきでは……?」

「クレアお嬢様もいますので、ここは真っ先に離れる方が……」

「何を言っているんですか、ジルベールさん、キースさん。それにウィンフィールドさんも。ここにはレオ様とフェンリル達がこんなにいるんですよ? 国一つ二つの軍隊よりも、過剰な戦力です」

「そうですね、多分今のここがこの国で一番安全な場所です」


 頷いたクレアが使用人候補さん達に声をかけ、リルルの後ろに下がる。

 使用人候補さん達はそれぞれ、男性陣は戸惑いつつ逃げるべきだと考えているのに対し、女性陣はあまり不安を感じていない様子……さっきまで、表情を硬くしていたのに。

 いざという時、肝が据わっているのは男性より女性の方なんだなぁ……なんて考えつつ、しゃがみ込んで地面に手を触れる。


「えーっと……ん、よし。レオ、これを」

「ワフ。もっしゃもっしゃ……ワゥ」

「ははは、美味しくなかったな、すまない。後でご褒美に一杯美味しい物を食べような?」

「ワフ!」


 手早く『雑草栽培』を使い、感覚強化の薬草を作って摘み取り、状態変化で最適な効果を出すようにしてから、レオに食べてもらった。

 感覚強化の薬草は苦みが強くて、レオにとっても美味しくない物だけど、素直に食べてくれたレオを褒めつつ撫でて、ご褒美をあげる事を決める。

 協力してくれているフェンリル達にもだし、今日はレオ達の好きな物が多く食卓に出る事になりそうだ。


「どうだ、レオ?」

「ワフ……スンスン。……ワフワウ、ワフワフ!」

「んーと、オークとトロルドが争っている、って言っているね」


 感覚強化の薬草を食べさせ、改めて気配や臭いを探ってもらうと、鼻をスンスンさせていたレオがわかった事を伝えるように鳴き、それをリーザが通訳。


「ありがとう、リーザ。そうか、オークとトロルドか……」


 オークもトロルドも、お互い他種族を見れば襲い掛かる魔物だから、どちらが先かはともかくとして偶然出会って争い始めたんだろう。

 だとすると、放っておいても問題なさそうか……?


「ワフ、ワフワフー」

「こっちに向かっている、だってー」

「争っているんじゃなかったのか? なんでこっちに……」

「ワウー。ワフ、ワウワウ!」

「そうか……オークの数が多いんだな」


 レオが言うには、俺達がいる方向へ向かってオークがトロルドを追い立てているらしい。

 魔物としてはトロルドの方が強いんだろうけど、オークの数が多くて優位なんだとか。

 わざわざ戦う必要もないので、何もなければ放っておいても良かったんだが、こっちに向かっているとなれば話は別だ。

 レオやフェンリル達なら、さっさと離れられるだろうけど……俺達の後ろには屋敷があるから。


「さすがに放っておいたら、屋敷近くまで来そうだな。その前に発見されて、護衛さん達がなんとかするだろうけど。とにかく、放っておかずになんとかする方がいいか」

「ワフ」

「グルゥ!」

「ガウ!」

「皆やる気みたいだしな。オークがいるって事は……フェリー、今日は新鮮なお肉が食べられるかもしれないぞ?」

「グルゥ、グルルゥ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る