第1033話 散歩第二陣の様子を窺いました



 大体十分くらいだろうか、しばらく走ったあたりで初めてフェンリルに乗る人達の様子を窺う。

 見ただけで判断できない部分もあるので、話しかけたりしながらだ。


「ウィンフィールドさんとキースさんは、大丈夫そうですね?」

「は、はい。なんとか……」

「初めは、先に乗った人達の様子や、フェンリルに初めて乗るのでどうなるのかと思いましたが……いざ乗ってみると、馬より快適な事がわかりました」


 まだウィンフィールドさんの方は、恐る恐るといった感じだけど、キースさんの方は大丈夫そうだ。

 どちらも、騒いだり乗り物酔いになったりはしていないので、フェンリル達にもすぐ慣れてくれそうだな。


「ウィンフィールドさん、こんなに楽しいんですから、そんなに怖がらなくても」

「いや、恐怖心はほぼなくなって来ていますが、さすがに……本当にフェンリルに乗っている、という実感どころか、夢を見ているような気分ですから……」

「そんなものですかねぇ? 私は、先程リルルに乗りましたし、今回はフェリーに乗っていますけど……どちらも、ふわふわな毛が私達を優しく受け止めてくれて、気持ちがいいですよ?」

「それがまた、実感を沸かさせない要因なのですけどね……恐ろしい魔物だと伝わるフェンリルが、乗ってみるとこんなに快適だとは……」

「ふふふ、ウィンフィールドは快適さ自体は理解しているようね」


 走るフェンを、レオとフェリーで挟んでいる状態で、チタさんが俺とは逆からウィンフィールドさんに話しかけている。

 チタさんとしては、まだ慣れない様子……というより、楽しんでいない事をもったいないと思っての事のようだ。

 ウィンフィールドさんも、クレアが言うように快適さそのものは理解しているものの、フェンリルに乗る事に対する現実感のようなものが、あまり感じられないのかもな。


「まぁ、速く走れば今以上に揺れますし、快適さは薄れると思いますけどね」

「これ以上ですか!? いえ、確かに屋敷へ戻って来るのを見ていた限りでは、今よりも速かったとお見受けしましたが……これ以上ですか」

「今でも、馬を走らせるのと同等かそれ以上だと思いますが……そうですか。それなら、全力の馬よりも速く移動できるという事なのですね」


 現在は馬と同等くらいの速度で、散歩する感じだから、頼めばもっと速く走ってくれるだろう……レオやフェンリル達なら、喜んで走りそうだ。

 全力疾走だと、さすがに人が乗っていられないだろうけど、馬よりも速く走れると聞いて、キースさんは移動手段としての運用を思い浮かべたようだ。

 まぁ、意思疎通がそれなりにできて危険がなく、馬以上の速度で人が乗せられる……となれば、簡単に考え付いてもおかしくない事だしな。

 これまでフェンリルと対等に話せる機会がなかったから、その方法を考えなかっただけだ。


「そうです。そこから、今移動手段としてフェンリルに協力してもらえるよう、準備を進めています。まぁ、これはまだまだ実行段階ではないので、いずれ。先に詳しい話が聞きたいときは、セバスチャンさんとかに聞けば、教えてくれると思いますよ」


 セバスチャンさんなら、喜々として説明してくれるだろうというのは、想像に難くない。


「フェンリルを移動手段に……画期的と言えばいいのか、突拍子もないと言えばいいのか……」


 ウィンフィールドさんの方は、そこまで考えられなかったのか、驚いている様子だけど……このあたりは、フェンリルへの慣れ方にもよるかな。


「それじゃ、次はリルルの方だ。レオ、頼むぞ」

「ワフ」

「ママがんばれー」

「こちらも行きましょう、フェリー」

「グルゥ」

「クレアお嬢様の指示にもちゃんと従って……フェンリルは賢くて可愛いんですね!」


 ヴォルターさんが騒いでいた時よりも、フェンが楽しそうに走っているのも確認して、今度はリルルの方へ。

 クレアもフェリーへ指示を出して、一緒にフェンから離れていく。

 チタさんは、クレアの後ろではしゃいでいて楽しそうだ……すっかり、フェンリルに懐いたというか、大型犬を褒めているのに近い感じだな。

 もしかすると、俺のフェンリルに対する認識に一番近いかもしれない……いや、敵対したら危険な魔物って事は、一応理解してはいるんだけどな――。



「ジルベ……」

「タクミ様! 後ろのシャロルをどうにかして下さい……」

「うぇ? シャロルさんをですか?」


 リルルを挟むように、レオとフェリーが近付いて声を掛けようとしたら、ジルベールさんから遮られていきなりお願いをされた。

 何やらシャロルさんが問題のようだけど……首を傾げながら、ジルベールさんの後ろを見る。

 ……特に騒いでいる様子も、怖がっている様子も見れないから、何か問題があるようには見えないんだけど。

 片手でジルベールさんを掴みながら、もう片方の手は口元に持って行って何かを考えている様子ではあるけど。


「シャロルさん……? ジルベールさんがあぁ言っていますけど……何かありましたか?」

「タクミ様。このフェンリル……いえ、フェンリル達は何を食べるのでしょうか?」

「え、えっと……人間と食べる物は大きく変わらない、ですかね。オークの肉は好んで食べますけど」


 食べられない物があるって話は聞いていないし、いつも食べさせているのも、俺達が食べる物と同じ物をあげている。

 そういえば、犬に食べさせてはいけない物はどうなのかや、苦手な物とかはあるのかって聞いていなかったな。


「それぞれに好みの違いはあるみたいですけど……それがどうしたんですか?」


 フェンリルに乗って、散歩をしながら考える事じゃないような気がする。

 いや、もしかして人間を食料として食べるのでは? なんて考えたとかだろうか。


「フェンリルに乗せて頂いた事で、恐怖心は薄れましたが、どうしたらタクミ様のようにフェンリルが懐くのかと考えておりまして。従魔契約をしているわけではないと聞きますし……」

「懐かれる……俺の場合は、レオと一緒にいる事が一番大きな理由だと思いますけど?」


 シェリーもそうだけど、フェンリル達と出会えたのも正面からちゃんと話せたのも、レオがいてくれたからっていうのが大きい。

 フェリー達を見ていると、レオがいなかった場合でも襲われない気もするけど……実際にどうなのかはわからないからな。

 今は俺やレオからのお願いで、あまり人間を襲う事がないようにしてくれているのもあるか――。



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