第1032話 チタさんはもう一度乗りたいようでした



「アルフレットさん達、少し顔色が悪かったんですけど……」

「セバスチャンさんはともかく、ヴォルターさんやエミーリアさんまで、走って行っちゃいました」

「もしかして、何か試練のようなものが……!?」


 なんとなく気恥ずかしい事を考えている俺とは別に、フェンやリルルに乗るのを躊躇っている、後発の使用人候補さん達。

 ウィンフィールドさんがアルフレットさん達の様子を心配そうに見つつ、ジルベールさんは屋敷に走って行った人達を窺っているようだ。

 それと、最後のキースさんの心配は杞憂というか勘違いというか……試練なんてありませんからねー。


「試練なんてありませんよ。ただフェンリル達に乗って、走ってもらうだけです」

「そうですよ。顔色が悪かったのは、きっと緊張し過ぎて疲れちゃったんだと思います」

「さぁさぁ、乗って下さーい!」


 ライラさんが俺の代わりに否定しつつ、ゲルダさんやミリナちゃん、屋敷の使用人さん達と協力して、アルフレットさん達の時と同じように、背中をぐいぐいと押している。

 妙に楽しそうなのは、さっきと一緒だ。


「あ、あの……タクミ様!」

「ん……チタさん?」


 皆の様子を眺めつつ、そろそろレオに乗っておくかと思っていたら、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、目を輝かせたチタさんが……アルフレットさん達とは違って、元気そうだ。


「わ、私ももう一度乗せてもらえませんでしょうか?!」


 両手を前に持ってきて握りしめ、勢いよく声を出すチタさん。

 頬が紅潮しているのは、クレアとは違ってフェンリル達に乗った、もしくはもう一度乗りたい感情からの、興奮とか期待とかそういうものだろう。


「チタさん。えっと、さっきも乗りましたけど、大丈夫ですか? いや、その様子を見ると大丈夫なんでしょうけど……」

「まったく問題ございません。むしろ、もっとフェンリルに乗れた方が、体の調子も良くなります!」

「いや、さすがにそれは言い過ぎだと思いますけど……」


 快適に乗れるとはいえ、ただ座っているのと違ってフェリー達が走ると、乗っている方も少しくらいは疲労するはずだ。

 風は遮ってくれていても、揺れているし。

 ただ、チタさんに限っては精神的には元気になれる……のかもしれない。

 さっき乗った使用人候補の人達の中で、一番楽しんでいたのは間違いないからな。


「まぁ連続で乗っちゃいけないというわけではないので、構いませんけど」

「ほんとですか!? さっきは、背中のエミーリアさんがエンジェルフォールをしないかと心配で、あまり楽しめませんでしたし……ありがとうございます!」

「ははは、もしエンジェルフォールをされたら、大変でしたからね。チタさんの背中も、リルルの背中も……」

「ほんとですよ、全くエミーリアさんったら……」


 背中で気分が悪く、いつ戻すかわからない人がくっ付いていたら、思いっきり楽しむのは無理だっただろうな。

 頬を膨らませながら、エミーリアさんの事を考えて溜め息を吐くチタさんはしかし、嫌っているわけではなさそうだ。

 体質だから、仕方ないと考えているんだろうな。

 ともあれ、本来はフェンリル達に慣れてもらうための催しだから、楽しみたいと考えるチタさんだと、少し趣旨がズレてしまっているけど……まぁ、構わないか。


「それじゃ……レオに……」

「ち、チタ! こちら、こちらに乗りなさい! フェリーの背中は私一人だから、チタが乗れる余裕はあるわよ!」

「クレアお嬢様、よろしいのですか?」


 チタさんをレオに乗せてみようか……と考えて伝えようとすると、それ遮って少し離れているフェリーの背中から、クレアが大きく手を振りながら叫んで呼んだ。

 あっちも、まだクレアしか乗っていないから、確かに乗る余裕はある。


「構わないわ。……むしろ、タクミさんと一緒に乗る方が、私は気になるし……リーザちゃんもいるけれど、レオ様やフェンリル達に懐きそうなところ、タクミさんは気に入りそうなのよね……」

「……クレア?」

「な、なんでもありません、タクミさん」

「ワフ……」

「んー?」


 チタさんに頷きながらクレアが答えた後、何やらブツブツ呟いていたのは、距離があったからよく聞こえなかった。

 首を傾げる俺に、慌てて首を振るクレア。

 レオはなぜか溜め息を吐いていた……聞こえていたんだろうけど、クレアが何を言ったのかをレオに聞くのは反則な気がするな。

 あと、リーザの方は聞こえなかったらしく、クレアの方を見て首を傾げていた。


「それじゃ、チタさんはクレアと一緒に乗って下さい」

「はい、ありがとうございます! クレアお嬢様も、ありがとうございます!」

「え、えぇ」

「お礼なら、フェリーにも」

「もちろんです。フェリー、ありがとうございます。それと、よろしくお願いしますね?」

「グルゥ!」


 トコトコと歩いてフェリーの顔の前に行って、深々とお辞儀をしながら感謝とお願いをするチタさん。

 それにフェリーは任せろとばかりに頷いて鳴いた。

 ふむ、やっぱり楽しんでいるだけあって、フェリー達が怖いという様子は一切見られないな。

 怖がっていたら、お礼をするためとは言っても正面にはいけないだろうし……チタさんは、フェンリル達と相性が良さそうだ。

 ……フェンリル達側がどう思うかは、また別かもしれないけど、今のところは大丈夫そうかな。


「よし、皆乗ったみたいですね。ラーレには……ヨハンナさんか」


 ライラさん達に背中を押されて……というより、もはや運ばれてと言った方が早いくらいな感じで、フェンやリルルに乗せられた人達を確認。

 ラーレには、ティルラちゃんとヨハンナさんが乗り込んでいる……フィリップさんはどうしたんだろうと思ったけど、黄昏ているのを発見したから、この次に乗るんだろうな。

 でも、散歩はこれが最後のつもりで、フィリップさんはいつ乗るんだろう……? まぁ、そのあたりは後でわかるか。


「それじゃ、もう一度散歩に行きましょう。――レオ、頼んだぞー」

「ワフ!」

「わーい、お散歩だー。ママ頑張ってー!」

「ふふふ、フェンリル達に乗るのって、気持ちが良くて楽しいですね!」

「チタは本当にフェンリルを気に入ったのね。えぇ、私も楽しいわ……私はタクミさんと一緒なのが、一番だけど……」


 チタさんがクレアの後ろに乗ったのも確認して、皆に声をかけて出発だ。

 リーザは……散歩って頑張る程の事じゃないんだけど、楽しそうに応援しているからいいか。

 レオの後ろをついて来る、フェリーの方からチタさんとクレアの楽しそうな声を、内容はわからずともなんとなく聞きながら、屋敷を離れて行った――。

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