第1031話 乗り物酔いは大変そうでした



「よし、そろそろいったん戻ろう。レオ、皆に報せてくれるか?」

「ワフ!」


 屋敷から離れすぎないよう時々方向修正をしつつ、ある程度自由に走らせてしばらく、そろそろ交代をと思いレオに声をかける。

 走りながら屋敷へと方向転換しつつ頷いたレオが、一旦足を止めて顔を空へ向けた。


 アオォォォォォォォン――


 レオの遠吠えで、フェンリル達がこちらへと向かい、空を飛んでいるラーレは高度を下げながら屋敷へ。

 離れた仲間への連絡手段として、遠吠えって結構便利だなぁ。

 すぐ近くで聞いている俺は、耳がキンキンしているけど……今回は、前方ではなく周辺に響くように吠えたからだろう。


「大丈夫か、リーザ?」

「うん。パパが抑えてくれていたから大丈夫!」


 リーザは多分、俺より耳がいいからと思い、レオが吠える動作にはいった時から両手で押さえてあげていた。

 以前、ラーレがレオの遠吠えに当たって落ちそうになった時とは違って、こちらに向けられたものではないけど、大きな音でリーザが目を回しちゃいけないからな。


「よし、皆集まって来ているようだ。レオ、使用人候補の皆も少し慣れてきているみたいだから、屋敷へはさっきよりも速く走ってみよう」

「ワウー!」

「ママ頑張ってー!」


 ヴォルターさんやエミーリアさんには悪いけど、フェンリル達のストレス解消や、走る速度に少しでも慣れてもらうため、さっきまでよりも速く走ってもらうようレオに頼む。

 多分だけど、これから先執事やメイドとして雇った場合、フェンリルに乗る機会がそれなりにある可能性が高いからなぁ……。

 散歩の速度は、馬が走るのとあまり変わらないくらいだったけど、もう少し速いのにも慣れていてもらいたい。

 さすがに、ブレイユ村から帰る時程の速度は出さないけど。


「グルゥ、グルルゥ……」

「パパ、フェリーがもう少し走りたいってー。人を乗せて走るの、楽しいみたい」


 屋敷が近付いてきた頃、距離を近付けて走っていたフェリーがさらに近付き、訴えるように鳴いた。

 リーザの通訳によると、まだ走り足りないみたいだ……まぁ、やろうと思えばもっと長時間走っていられるんだろうから、まだまだ元気なんだろう。

 それと、人を乗せて走るのが楽しいと思ってくれるのは、いい事だ。


「フェリー、乗せる人を交代させてもう一度走るから、今は一旦戻ろう」

「グルゥ!」

「わかったってー。喜んでいるみたい」

「そうか。よろしく頼むぞ、フェリー。もちろん、レオもな?」

「ワフ!」


 まだ使用人候補の人達全員を乗せたわけじゃないから、散歩は続くんだと教えると、勢いよく頷くフェリー。

 背中に乗っているアルフレットさんとジェーンさんが、ちょっと顔色を悪くさせていたようなので、素直に聞いてくれて良かった。

 馬よりも快適に乗れるけど、まだまだ慣れ始めたばかり……食事が喉を通らなかったり、乗る前の恐怖心から疲れてしまったんだろうと思う。


 俺が慣れて欲しい、怖がらないで欲しいと思う気持ちが強すぎて、ちょっと無理をさせ過ぎたかもしれないな。

 とりあえず、戻ったらゆっくり休んでもらおう……まだ時折騒いでいるヴォルターさんや、チタさんの背中に顔を押し付けて我慢している様子のエミーリアさんもいる事だし。



「あ、セバスチャンさん。これ……」

「も、申し訳ありません、タクミ様。お話は後で……!」


 屋敷に到着し、フェンリル達に乗った使用人候補さん達を降ろしていると、近くに着陸するラーレ。

 その背中から、飛び降りるようにしたセバスチャンさんは、俺が声をかけたのを断って、口を押さえつつ屋敷の中へと走って行った。

 ちなみに、その後ろにヴォルターさんが付いて行っているのは、親子だなぁと感想を漏らせばいいのだろうか? あ、エミーリアさんもいたから、親子ってだけじゃないか。


「あら、セバスチャンにしては珍しいわね? まぁ、以前もこうだったから仕方ないのでしょうけど……大丈夫かしら?」

「ははは……しばらくしたら元気になると思いますよ。――ライラさん、セバスチャンさんが戻ったら、これを渡しておいて下さい」

「畏まりました」


 よっぽど切羽詰まっていたんだろう、セバスチャンさんにしては珍しい行動に、キョトンとしていたクレアは少しだけ心配な様子を見せる。

 苦笑しつつクレアに言って、渡しそびれていた疲労回復薬草をいくつかライラさんに渡す。

 気休めだけど、もしエンジェルフォールをしちゃって疲れてしまったら、必要だろうから。


「それと、フェンリルに乗った人達の中で、体調を悪くしたり疲れてしまった人がいたら、そちらにも」

「はい」


 今は、皆フェンリルから降りて人心地着いたのか、チタさんと屋敷へ走って行った人以外は門の近くでへたり込んでいる。

 酔ってしまった人はともかく、あちらの方は単純に緊張したりとかで疲れただけだろうし、疲労回復薬草が良く効くだろう。


「はーい、それじゃ次の人。乗って下さーい」


 なんとなく、遊園地のアトラクションを管理する人の気分になりながら、次に乗る人達を誘導する。

 今度は、フェンにウィンフィールドさんとキースさん、リルルにジルベールさんとシャロルさんだ。

 フェリーには、クレアが乗るようだ……って、クレア? フェリーにはウィンフィールドさん達を乗せようと考えていたんだけど、いつの間にか入れ替わっていた。


「クレアも、一緒に乗るの?」

「私だって、レオ様やタクミさんと一緒に、草原を走ってみたいんですよ?」


 躊躇している人達とは違い、楽しそうにフェリーへ乗っているクレアに、話しかける。

 すると、少しだけ拗ねたような表情をしつつ、そう言った。

 散歩程度だし、走るレオ達を見て楽しそうだと思ったのかもな……俺と一緒、ってところに力が入っていた気もするけど。


「人数に余裕はあるし、それじゃ、一緒に散歩しようか」

「はい!」

「わーい、クレアお姉ちゃんと一緒ー!」

「ワフー」


 残りは四人だから、フェンリル達に分乗すればクレアが乗る余裕はある……というか、誰かが余るくらいだし、問題ない。

 そう思って、クレアに笑いかけて一緒に行く事を決める。

 返事をするクレアは本当に嬉しそうで、頬が少し紅潮していた。

 レオと背中に乗ったままのリーザも、クレアが一緒で楽しそうで、何よりだ。


 クレアはレオやリーザだけでなく、俺と一緒で楽しんでくれるだろうか……いや、さっきも一緒がいいと言っていたし、楽しんでくれそうだな。

 俺自身も、先程までより楽しい気分になっているのは、きっと同じ理由なんだろうな……。



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